第10話「次のステップ」

 三郎丸が光谷に完勝したことで、クラスメートたちの空気がすこし変わった。

 空気扱いされていたのに、ちらちら畏敬の念がこもった視線が向けられる。


 結局、模擬戦闘のあといつものグループに戻ってトレーニングとなったので、三郎丸は翌日ついついぽろっとこぼした。


「あんた、昨日までナメられてたんだよ」


 と綱島がストレートに言い放つ。


「陰キャってだけで自分より下だと思うバカいるもんねー」


 竜王寺がつまらないやつはいると同意する。

 

「印象だけで決めつける人にも困ったものです」


 本郷は何か実体験があったのか、いやそうにぼやく。


「まあ目立たなかったしね」


 三郎丸は仕方ないことだと受け入れている。


 見た目も勉強もスポーツも平凡以下で、コミュ力もない陰キャを高く評価する人なんて、いないだろうと思うからだ。


「あとは……」


 竜王寺、綱島、本郷というクラスでもトップレベルの可愛い女子たちと毎日いっしょにいるせいでは、という考えが三郎丸の頭をちらりとよぎる。


 本人たちの前で言うのは気恥ずかしいので、結局言葉にはしなかった。


「皆さんの世界でもいろいろあるのですね」


 と言ったオリビアの言葉は同情と共感が込められている。

 

「オリビア様も苦労してそうですよね」


 美人で王女で実力も備えているとなると、相当大変なのではないか、と三郎丸は気遣う。


「ええ。皆さんとの関係に集中できる分、いまのほうがありがたいくらいです」


 肯定したオリビアから疲れが見え隠れする。


「では気を取り直して、今日からより実践的な呪文の練習に入ります」


 だが、すぐに彼女は意識を切り替えて手を鳴らして宣言した。


「雷よ、荒ぶる力を我が身に宿せ【エタンセル】」


 彼女が呪文を唱えると雷光が全身を包む。


「これは中級呪文です。属性の力を全身にまとうことで、呪文使いの弱点である身体能力を向上させます。つまり皆さんにとって次のステップと言えます」

 

 と説明したオリビアは視線を三郎丸に向ける。


「この手の呪文を覚える前に、まさか槍使いに完勝するとは思いませんでした。ヨーヘイさんは理想的な呪文使いと言えます」


 賞賛たっぷりの言葉に三郎丸は照れて頭をかく。


「つまり三郎丸って呪文使いが槍使いと戦うための呪文を知らないまま、槍使いに勝っちゃったってこと?」


 綱島が目を丸くしてオリビアに問いかける。


「そうなります。覚える前に模擬戦闘をやるなら、いい勝負になると思ったのですが、わたくしの判断ミスでした」


 彼女は雷光をまとったままうなずいた。


「単に三郎丸くんがすごすぎるだけですよね、それ」


 と本郷が言う。


「ほんとね。勝つとは思ってたけど、光谷を寄せつけない一方的な展開になるなんて、あーしも意外だった」


 竜王寺も同意する。


「ヨーヘイ様こそ最大の英雄なのかもしれません」


 リリーがキラキラとしたまなざしで三郎丸を見つめた。


「えーっと、呪文使いしかいないって、バランスよくないと思うんですけど」


 三郎丸はきれいな女の子たちにこぞって褒められるという状況から気持ちをそらすために、オリビアに疑問をぶつける。


「おっしゃる通りです」


 オリビアは認めてから苦笑した。


「しかし、現状の実力に差が出ていますし、組み合わせの相性もありますから、わたくしのほうから提案はしかねます」


「たしかにあわないやつと組んでも意味なさそう。命も懸かるし」


 彼女の考えを最初に支持したのは竜王寺である。


「トラブルの種は避けたいですよね」


「同感ー」


 本郷と綱島にも異論はないらしい。


「えっと、つまりこの四人で組んで動くってこと?」


 三郎丸が困惑して聞き返すと、何言ってんのという表情の女子三人の視線が彼に刺さる。


「何か不満でもある?」


 竜王寺が形のいい眉を動かしながら聞いたので、


「いや、みんながいいなら俺は反対じゃないよ」


 あわてて三郎丸は返事をした。

 

「決まりですね」


 オリビアがニコリとする。

 男ひとりに女子三人という構図に何も感じないのか、と三郎丸は内心驚く。


 ここで自分が言うのは意識しすぎて気持ち悪く思われるかも、と考えて黙ることを選ぶ。


「では随時手本を見せますので、皆さんは練習をはじめてくださいね」


「雷よ、荒ぶる力を我が身に宿せ【エタンセル】」


 オリビアに促されてまずは綱島がまねをするが何も起こらず、彼女は舌打ちした。


「やっぱりいきなりはダメか。中級呪文だしなぁ」


「雷よ、荒ぶる力を我が身に宿せ【エタンセル】」


 次に三郎丸がやってみると、雷光が彼の体を包むが、数秒で効果は消えてしまう。


「おお、さすがじゃん」


 綱島は口笛を吹きながら拍手する。

 

「維持するのがかなり難しそうだ」


 三郎丸は自分の感覚を言語化した。


「実力者となると二十分くらいは維持できます。皆さんはまず一分を目指してください。安全が大きく増しますから」


 とオリビアは言いながら、水と火の呪文を見せていく。


「一分ですか?」


 本郷が首をかしげると、


「実力が拮抗していないかぎり、戦いは続かないですからね。魔の軍勢と戦うときは交代で休んでください」


 オリビアがにこやかに返答する。


「休む余裕がない場合は?」


 三郎丸は気になったので質問してみた。


「勝ち目がまずない状況です。そうなる前に逃げることが大事ですし、立派な作戦です」


 オリビアの言葉に彼はちょっと意外に思う。


「逃げてもいいんですね」


「逃げたら英雄じゃないって言われなくてよかったー」


 彼の同じ考えだったのか、竜王寺があっけらかんと笑った。


「そこまで動きを制限できるものではないですから」


 オリビアは苦笑する。


「勝てる状況で勝っておけば、逃げられない状況なんてめったにないと思います」


 とアイシャが言う。

 

「戦況はよくないけど、まだ余裕はあるんでしたっけ?」


 本郷が説明を思い出す。


「はい。皆さんの助力をいただければ、きっと逆転できると信じています」


 オリビア、アイシャ、リリーの表情には全幅の信頼がある。

 三郎丸としては背筋が伸びる思いだった。

 

「がんばろー」


 と綱島が気の抜けた声を出す。 

 


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