学校ノーサイド、そこにコケティッシュ

㈱榎本スタツド

第1話 「アイス食べたいなぁ、そうだ!」

 放課後になってしまった。


 もし普通の学校だったなら、今からは部活動の時間が待っているのだろう。でも、我が丸々高校には部活動というものが存在しない。

 つまり、放課後は自由時間と言うわけだ。


 転校してきたときは、自由時間が多いことを喜んだ。でも、チリも積もれば山となり、暇も募れば持て余す。

 血潮たぎる若き肉体が何かさせろと騒がしい。


 ふと財布を見る。


 バリバリ


 なかには500円玉が一枚。……これでは何もできない。

 やっぱり一刻も早くジャングルポケットの開発が待たれる。ポケットをたたくと二つになるどころか、3つになってくれたって構わないとさえ思う。


 貧乏が心を豊かにするというのは嘘だと思う。

 貧乏は人を呑気にさせるだけだ。

 現に、昔懐かしい童謡を口ずさむほどに、僕は暇をしていた。


「ポケットをたたくと500円玉二つ~♪」

「シュン君、ご機嫌だねぇ」

「いや、空元気だよ」


 貧乏に気をやられ、呑気に歌っていると、美少女が一人話しかけてきた。

 同じクラスの春田はるた春留香ハルカだった。

 名の通りの桜色の髪が目に優しい。紺のジャンパースカートから伸びた足が健やかな若木のよう。

 もはや体温と変わらない気温の中でもハルカは元気だった。


「ねぇ、いくら持ってる?」

「500円」

「よしっ、それじゃあ行こう!」

「どこに?」

「気分を上げに!」

「それ答えになってないって」


 そうして何も知らされぬまま、僕はハルカに腕を引かれていくのだった。





「ここは?」

「激安で有名なスーパーでございます」

「何故?」

「アイスを食べるためでござる」


 ハルカは腰に手を当て、空に向けてⅤサインをしつつそう答えた。

 白いの手のひらが太陽に透ける。薄い肌には確かに血が流れている。

 なるほどハルカも若き熱情を持て余していたのか、と思う。


「べつにスーパーまで来なくてもよかったじゃん」


 ちっちっちとハルカが舌を鳴らし、ゆびをふる。

 その仕草は僕に「こうかはばつぐん」で、僕は致命傷を受けたが、その代わりに心が潤った。

 そして「めのまえがまっしろになって」いて、気が付けばハルカの分もアイス代を支払った。



 ……アイス代を支払った⁉




「うーんおいしい!」

「なんでハルカの分まで……」

「安かったからいいでしょ? 半額だよ? それなら二人分勝ってもいつも通りだよ!」

「本当にそうだろうか?」

「そうそう!」


 なんだかハルカに騙されている気がする。

 いや、騙されている。 

 今、僕の手にはガチムチくんが握られている。

 定価の半額で40円。なのに僕は80円支払った。


 なぜか。

 それはガチムチくんを二本買ったからだ。

 しかし手元には一本しかない。


 なぜか。

 それはハルカが一本食べているからだ。

 だったら、僕には二本とも食べる権利があるのではないか。


 そう思った僕は、おいしそうにガチムチくん(コーラ味)を食べているハルカのもとに近づき、後ろからガブリ。無許可で一口食べてやった。

 甘味料たっぷりの甘いコーラ味とともに、涼感で口の中がいっぱいになった。

 虚を突かれた様子のハルカを見て、僕は誇らしげになった。


「ふっ、まだまだだな」

「あー! 一口欲しいなら言えばいいのに」

「おいおい、誰が買ったと思ってるんだ」

「それは貴方様でございます、ははー」


 芝居掛かった様子でハルカが頭を垂れた。

 ふむ、なかなか悪くない光景だ。

 それに一口とは言え、何も言わずに食べるのは少々やりすぎた。

 今さらになって不安になった僕は、手に持っていたガチムチくん(ソーダ味)の封を開け、ハルカに差し出した。


「ハルカも一口いいよ」

「えーありがと!」


ガブッ


「は?」


 ハルカは獣がごとく僕のガチムチくんにかぶりつき、僕のガチムチくんを歯で分離させた。

 そして、嚙んだら離さぬすっぽんのように、半分になったガチムチくんを木の棒から引っこ抜いた。

 僕のガチムチくんは半分以上の損傷を受けた。ガチムチくんは半身を失い、ムチくんとなってしまった。


むー! んへはい!!んー! つめたい!!

「ちょっと! 半分も食べていいなんて言ってないけど!」

わらしのひほふひはほれ!!わたしの一口はこれ!!

「んなわけあるかぁ!」 


 口いっぱいにガチムチくんを頬張ったハルカはバタバタと身悶えしている。

 氷菓子なのに欲張って食べるからだ。

 まさか半分も食べられるとは思っていなかったが、別に本気で怒っているわけでもなく、気を取りなおして僕はソーダ味を口にした。


 うん。悪くない。

 コーラは少し甘ったるい感じがした。けど、ソーダはより爽やかで、僕はソーダの方が好みかもしれない。


 しかし、そうやって味を確かめている姿が少し落ち込んでいたように見えたのだろうか、ハルカが少し申し訳なさそうな顔で、僕の肩をツンツンとつついた。


 僕は「ん?」と間の抜けた声とともにハルカの方を向いた。

 目を向けた先では、ハルカがベーっと舌を出していた。

 ベロの上には、口内の温度で半熟になったガチムチくんがいた。ピンク色の下の上に、赤褐色の氷がキレイに映えていた。


かへそうは?返そうか?

「いるかぁ‼」


 尚、ほんの一瞬だけ、「くれ」と言いそうになった自分がいたことは、紳士諸君との秘密にさせていただく。

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