第9話 何かを一生懸命やってると注目されている気になる






 放課後のグラウンド。


 本来なら運動部が使っているであろう場所だが、今日に限っては違った。



「というわけで、リレーの代表選手を決めますわ」



 体操着に着替えたクラスメイトたちの前で、宮代さんが宣言する。


 つまりは、そういうことである。


 毎年この時期になると、体育祭の競技の練習などでグラウンドを使えるようになるらしい。

 運動部から恨まれそうだが、どうやらそこまで心配する必要はなさそうだ。


 何故なら、私立神薙学園高校には各部が使える専有スペースがあるからとのこと。


 例えば水泳部なら、競技用プールが丸々備わっている別棟を使えるし、サッカー部なら完全屋内のフィールドを使えるとか。


 いくら私立と言っても限度があるだろ。


 なのでグラウンドを使っても文句を言う者はいない。

 一応、担任の先生に申請しておく必要はあるのだが……。



「うぇーい!! 青春だねー!! おっけー、私から教頭に言っとくー。むぐっ!! ぷはぁ!!」



 あの酒カス担任教師が断るはずもない。


 むしろ、体育祭に対してやる気満々なクラスメイトを応援している程だ。


 さて、話題は変わるが、何故うちのクラスがグラウンドでリレー代表選手を決めようとしているのか。


 その理由は至ってシンプルで……。



「なんや殺気立っとるわぁ」


「うちのクラス、やる気満々な人多いみたいだね」



 リレー代表選手決定戦に参加しない坂本さんと古神さんが、俺の隣に座って言う。


 そう、うちのクラスはやる気満々な人が多かった。

 布留川さん以外にリレーに出たいというクラスメイトが十五人もいたのだ。


 クラスのおよそ半分である。



「わあ、千里ちゃん速い!!」



 布留川さんが走る姿を見て、古神さんが目を輝かせる。


 たしかに、おそろしく速い。



「千里は頭は悪いけど、運動なら誰にも負けへんよ」


「あ、頭は悪いって言っちゃうんだ……」


「そらそうやろ? 思とることすーぐ口に出してまうし、人の心の機微にも疎い。うちはあれが大人になったらどうなるんか、今から心配やわぁ」



 そう言う坂本さんの表情は、心の底から楽しそうに笑っていた。


 ……笑顔が、怖い……。


 そんなことを話してるうちに、リレー希望のクラスメイトたちがタイムの測定を終えたらしい。


 一位は布留川さんだった。ちなみに、二位は宮代さんだ。


 布留川さんが笑顔でこっちに駆け寄ってくる。



「イエーイ!! 私、リレー選手になりましたー!!」


「おめでとう、千里ちゃん」


「ありがとー!! ふっふっふっ、これでめいめいの応援チアがあるんだから、もうリレーは勝ちも同然だね」



 そうそう。古神さんは応援チアをやることになっている。


 というか、二種目以上の競技に参加しない女子は全員強制参加だ。


 え? 男子は何もしないのかって? しないよ。グラウンドのすみっこでその様子を眺めるだけである。



「あ、そうだ。かずかずも走ってみようよ!!」


「え? いや、俺は……」


「100m走出るんだし、やっといた方が良いって!! ほらほら!!」


「ちょ、わ、分かったから、押さないで……」



 なんとなくクラスの流れに沿って、俺も体操着に着替えていたことが災いした。



「あ、えりえりー、タイマー貸してー」


「ええ、どうぞ」



 額から汗を流す宮代さんが、布留川さんの声に笑顔で応じる。


 しかし、俺の顔を見るや否や明らかに顔を顰めた。



「……貴方が計りますのね」


「えっと、う、うん……」



 露骨に嫌そうな顔をしなくても……。


 メンタルが豆腐、いや、水に晒したティッシュよりも脆い俺には結構刺さるんだが。


 そんな俺の心情などいざ知らず、タイマーを構えた布留川さんが声をかけてくる。



「かずかず、用意は良い?」


「あ、うん。大丈夫だよ」


「じゃあ行くよ。ヨーイ、ドン!!」



 俺は地面を蹴って、100mという距離を駆け抜ける。


 ああ、なんか周りから見られてる気がする。


 こう、あれだ。

 自分が何か一生懸命やってる時、無性に注目されているような気がするあれだ。


 ただの自意識過剰だと分かってはいるんだが、どうにもそんな気がしてしまう。


 運動は苦手じゃないけど、やりづらくて仕方がない。

 早く走り切って早々に退散しよう。


 そして、ようやく100mを走り切った。



「凄いッ!! かずかずめっちゃ速いじゃん!!」


「はぁ、はぁ、そ、そう、かな?」


「うん!! 私より遅いけど、13秒って凄いよ!!」



 ちょっと待て。布留川さんは何秒だったんだ?


 俺が布留川さんの身体スペックの高さに驚いていると、宮代さんが唖然とした様子で話しかけてくる。



「ま、まあまあ、ですわね。そのタイムなら問題無さそうですわ」



 どこか悔しそうな、認めたくなさそうな様子だった。


 ちらりとタイムを記録したノートを見れば、宮代さんのタイムは14秒。


 俺の方が速かったらしい。


 まあ、男と女では身体の成長速度が違うし、体格に差がある。

 俺と比べるのは少し違うだろう。


 ……俺より小柄な布留川さんのタイムは11秒を切っていたが。


 ちょっと待て。日本記録超えてないか?



「かずかず!!」


「ん? な、なに?」


「かずかずには光るものがある!! だから私が鍛えてあげよう!!」


「え? いや、遠慮し――」


「良いから良いから!!」



 その後、完全下校のチャイムが鳴るまで、俺は布留川さんにみっちりとしごかれた。


 ちなみに最終的なタイムは12秒。


 腕の振り方から足運びのコツまで、それはもう丁寧に教えられた。


 とても、スパルタだった……。

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電車で痴漢されそうな同級生の女の子を助けたら、クラスの二軍女子グループと仲良くなった件。 ナガワ ヒイロ @igana0510

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