第17話(SIDE E)
総司達がこの「永遠の楽園」と呼ばれる迷宮で――記録に残っているだけで三回目のリポップをし、探索を開始してから一八日目。この日、総司の情報収集は飛躍的な前進を遂げようとしていた。
総司は駆け引きを抜きにして、全ての情報をディアデムに委ねると決意。手に入れたアイテム、前回の自分から引き継いで作り続けてきた迷宮のマップを譲渡。さらには自分達が迷宮防衛のために作り出されたモンスターであることも含め、一切合切の情報を引き渡したのだ。
「こちら側の要求としては、まず通訳の子と無制限で話をさせること。次に彼女の母親、島本水無瀬にここに来てもらうこと。次に、迷宮から情報を引き抜くためにできるだけ高性能な魔法の杖を用意してほしい」
ひとまず思いつくのはこの三つで、その他の要望は必要に応じて都度出していくこととなるだろう。
「母は具合が悪くて、動けるかどうか……」
通訳の少女は顔を曇らせるが、それも含めてディアデムは「できるだけのことをする」と約束した。
そして今。最も簡単に対応できる要求を満たすため、彼女はここにいる。場所は迷宮内の、出入口に近い一室。先日来から総司達が軟禁されていた部屋である。数は減っているが兵士が引き続き部屋の前で立哨中だった。
その部屋の中で、六人が車座となってそれぞれ楽な姿勢となっている。総司は胡坐をかき、真正面で横座りをしている少女と向き合った。
「まず、君の名前を教えてほしい」
「アリアンと言います」
「そう、きれいな名前だね」
と笑う総司に彼女が恥ずかしそうにする。里緒と若葉がちょっと面白くなさそうな様子で、葵がにやりと笑う。匡平はそれらの感情の動きに興味深げな顔となり、総司はその全てに無頓着だった。
「君は何歳? 島本……君の母親は今何歳だ?」
アリアンは一五歳で総司達より二歳下、島本水無瀬は今四二歳だと言う。
「……二五年」
その呟きの意味は判る。だがそこにどれだけの、どのような思いが込められているかはアリアンには全く理解の外だった。
「君の母親は今何をしているんだ? 仕事は?」
「クールーでお薬屋さんを……母は水の魔法の祝福を持っているんです」
そう、と頷く総司。後で確認したところ、クールーは現在地から七
「君は自分の母親のことについてどれだけ知っている? どこから来たとか、前は何をしていたとか」
その問いにアリアンは顔を曇らせた。
「母は昔のことを何も教えてくれませんでした。わたしの父が誰なのかを訊いても答えてくれなくて……そう言えばわたしが小さかった頃、『自分が昔いたのは今から思えば、本当に天国のようなところだった』と言っていました。たとえば何百リーグ離れた場所でも空飛ぶ乗り物に乗って一日で行けたり、片手で持てる小さな魔法の鏡で離れた場所の人ともおしゃべりできたり、その魔法の鏡で世界中の歌や踊りやお芝居を好きなだけ見れたり……昔のわたしはそれを本当だと信じて疑わず、その国のお話が大好きで何度もせがんでいました。今から思えば子供だましのおとぎ話ですけど」
そう言って苦笑するアリアンに総司達は何とも言い難い顔となった。そのおとぎ話は掛け値なしの真実なのだが、それをこの少女に、この世界の人間に理解させるのはおそらくほとんど不可能だと思われた。
「それじゃ次にこの世界の歴史……魔法帝国がどうやって成立してどうして滅んだのかを教えてほしい」
「わたしが知っているのは母から聞いた、本当に大ざっぱなお話だけで……」
専門的な質問をされたアリアンがひるんだ様子となり、
「俺達はその『大ざっぱなお話』すら何も知らないんだ」
概要だけでいいことを総司が強調する。それでいいなら、とようやくアリアンがこの世界の歴史を語り出した。
「……この世界には人間の他にリザードマンやワーウルフ、オークやゴブリンといった獣人も住んでいますけど、ずっと昔は力の強い獣人に人間は奴隷のように扱われていたんです。豚や羊を育てるのも獣人への年貢で、自分達で食べることはほとんどできなかったと。飢饉で食べるものが何もなくなったときは人間が食べられることもあったとか」
総司はリザードマンやワーウルフの雑兵の姿を思い返した。若葉や匡平からすれば簡単に一蹴できる雑魚でしかないが、彼等は普通の人間の兵士よりずっと優れた身体能力と戦闘力を有していた。社会も技術も未発達な古代であれば人間が獣人に圧倒され、支配されていても特に不思議はない――逆に言えば、社会や技術が発達すればそれが逆転するということだ。
「獣人の支配に我慢できなくなり、知恵と力を集めて対抗しようとしたのが当時の魔法使いでした。百年近い長い戦いがあって、ついに人間は獣人から独立した自分達だけの国を作った――それが魔法帝国の始まりです」
魔法帝国は魔法技術を発達させ、獣人との力関係を対等から圧倒へと持っていき、最終的にはこれを完全支配し、逆に奴隷や被差別種族の立場へと貶めてしまう。当然獣人側は我慢できずに何度も反乱を起こすが魔法帝国軍はこれを容易に撃破し、帝国は盤石となり――その繁栄は千年に渡って続いたという。
「……最初のうちは魔法使いは勉強すれば誰でもなれるもので、庶民から元老院まで出世した例もたくさんあったそうです。でもそのうちに魔法使いは貴族となって、普通の人が魔法を使うことは禁止されて、魔法使いは魔法使いの家で生まれた者しかなれないものとなりました」
魔法使いイコール貴族となり、庶民が魔法を使えば最悪死刑。そうやって魔法という力の源泉を独占することで魔法帝国は千年に渡ってこの世界を支配し続けたのだ。だが、驕れる者は久しからず。魔法帝国もやがて斜陽の刻を迎えることとなる。
「……昔よりもずっと商業が発達して商人が力を持つようになって、あと大砲も作られるようになって軍人も力を持つようになりました。千年前とは社会が全く違ったものとなっているのに、魔法使いは千年前のままで人々を支配し続けている。そのせいで色々と問題が起きるようになって、やがて人々はこう思うようになります――『魔法使いはもう要らない』と」
徳川幕府は家康が定めた農本主義によって長らく日本を統治していたがやがて市場経済が発達し、農本主義が現実と齟齬をきたすようになる。それでも幕府は現実を認めず、農本主義の空理空論を現実に押し付け、そのせいで様々な矛盾や問題が発生し、最終的には幕府瓦解の主要因となった。おそらく似たようなことがこの世界でも起こったのだろう。
魔法使いは魔法使いだけで貴族階級を形成し、彼等の狭い世界を現実の全てだと思い込んだ。外に目を向けることをせず、自分達の力が相対的に低下していることも、自分達が存在意義を失っていることも知ろうとせず、千年前と同じ感覚で世界を支配し続けようとした。結局彼等は、彼等が認めようとしなかった現実から復讐されることとなったのだ。
魔法技術の発達が古代から中世へと時代を切り拓いたのと同じように、貨幣経済や科学技術の発達が中世から近世への幕開けとなった。そしてかつて世界を支配していた獣人が歴史の舞台から退場させられたように、魔法使いもまた主役の座を追われることとなった。もちろんその逆転劇は簡単に終わったわけではなく、実に半世紀にわたる戦いの末のことなのだが。
「帝都アマギールが陥落して住民が皆殺しになって、最後の皇帝が火炙りで処刑されて、魔法帝国は滅びました。それが一年前です」
「なるほど」
俺は焚刑で死んだのか、と総司は頷く。ただ、皇帝が帝都と命運を共にしても、元老院議員――帝国の真の支配者達はその道を選ばなかった。彼等は反乱軍の復讐の刃をかわすためにミシマ・ソウジと帝都を囮として生贄にし、その隙に逃げ出したのだ。そして逃げ込んだ先が、
「聖地フュルミナン――つまりは」
この迷宮だ。
「その元老院の連中が俺達をこんな目に遭わせている張本人ってことか?」
「迷宮の奥に隠れているそいつらを引きずり出してぶっ殺せばいいわけか。よく判った」
匡平と若葉がそう言って戦意と殺意をたぎらせている。が、総司が難しい顔をしているのを見て取り、里緒が問う。
「何か問題があるんですか?」
「問題というか疑問というか、すっきりしない。連中のやり方が」
「どういうところが?」
「いろんな点が中途半端だ。俺達を迷宮防衛に専念させたいのなら俺達もゾンビ化して、コピーしまくったゾンビで迷宮を埋め尽くせばいい。それをやらずに中途半端な情報だけ与えて自由にさせて、俺達が迷宮攻略を進めていても傍観しているだけだ」
その指摘に葵が「うーん、確かに」ともっともらしく頷く。
「何か別の思惑があるかもしれないってことですか?」
「おそらくは。……これは半分以上勘なんだけど、俺達に迷宮防衛をさせたいの同時に迷宮攻略もさせたいと思っているんじゃないかと考えている」
総司のその所感は他の四人にはすぐには受け入れられなかった。
「元老院が? そんな分裂症みたいなこと」
「元老院ってことは一人じゃなくて何人もいるってことだろう? 思惑の違う派閥が二つや三つあったって別に不思議はない」
「じゃあその別派閥はなんだってそんなことを」
「そこまでは判らないし、そもそもこれが正解だっていう確証もない。でももし、元老院の中に反主流派があって、彼等が俺達に迷宮攻略をさせようとしているのなら」
その筆頭は最後の皇帝、ミシマ・ソウジに間違いない――そこまで推測を進めた総司は頭を振った。
「情報が足りない、足りない情報で考察を進めても結論が明後日の方向にすっ飛んでいくだけだ。もっと情報が必要だ」
「すみません、何も知らなくて……」
そう恐縮するアリアンに総司は慌てて手を振った。
「そんなこと気にしなくていい。君のおかげで大分マシになったけど、俺達が常識も何も知らない子供みたいな物知らずだってことにはまだ変わりない。また色々と教えてほしい、この世界のことを」
「はい、喜んで」
そう言ってアリアンは花が咲いたような笑顔を見せた。
ディアデムがやってきたのはその翌日のことである。彼が護衛や副官を伴っていることは言うまでもないし、またアリアンも一緒にいる。
「タカツキ・キョウヘイで間違いないのだな」
副官のいかつい男が匡平を捕まえてその名を問い、匡平がそれを肯定した。副官は深い感慨に満ちた顔で匡平を見つめ、匡平は不快感を隠して「何か」と問う。
「……私は君と同じ名前の男を知っている。私にとってはかつての上官で、生命の恩人だ」
――魔法帝国最後の皇帝ミシマ・ソウジにはかつて二人の武将を従えていた。一人はトラヒメ・ワカバ、もう一人がタカツキ・キョウヘイ。だがタカツキ・キョウヘイは後に皇帝を裏切り、部下を引き連れて反乱軍に合流。最後の最後まで皇帝に従ったトラヒメ・ワカバと何度も死闘をくり返し、ついには両者は相打ちとなって果てたという……
ヴェロニクという名の副官の男はそんな話を物語り、一人すっきりした顔となっている。匡平とは若葉はその対極の、何とも言い難い顔だったが。
「今の俺にとっては知らない誰かの話でしかない」
と匡平は自分に言い聞かせるように言い、それはそれで正しいのだが、
「でも『皇帝ミシマ・ソウジ』『反乱軍タカツキ・キョウヘイ』という名の、その知らない誰かが何かをやって、その結果として今の俺達があるんだと思う。だから知らなきゃいけない、彼等が何をしたのかを」
総司はその決意を新たにしてディアデムと向き直った。
「いくつか確認したいことがあるんですが」
その要請にディアデムは「構わない」と頷く。
「この迷宮に元老院議員が逃げ込んでいると、あなた方は判断しているんですか?」
「無数の証人や証言があり、それを疑う必要はない。それに、君達もまた補強材料の一つだ」
「俺達が?」
「帝国が滅びる前、元老院は大陸中から評判の高い娼婦、腕利きの料理人を大勢集めていた」
その説明に総司が目を見張る。
「……もしかして、娼婦は何日間か変な機材で身体を調べられただけ。料理人には作れるだけのいろんな種類の料理を作らされただけ?」
その通りだ、と頷くディアデムは総司の頭の回転に満足しているような顔である。一方総司は忌々しげに舌打ちした。
「『永遠の楽園』……そういうことか」
この迷宮はデータさえあれば何でも、いくらでもコピーを作り出せる。それこそ極上の料理だろうと、美姫だろうと。元老院の連中はこの迷宮の奥で、コピーされた美姫をはべらせ、ご馳走に舌鼓を打ち、酒池肉林の日々を送っているのだろう。
「連中がいつまでもこの迷宮で満足しているとは思えない。いつまた帝国を再建するために動き出さないとも限らない。そうなる前に、奴等が力を取り戻す前に始末しなければならない」
「この迷宮は魔法使いの聖地だと聞いています」
「それと同時に連中にとっては力の源泉でもある」
このフュルミナンは大地から膨大な魔力が湧き出している場所だという。その量は事実上の無尽蔵であり、こんな土地は世界中探しても二つとして存在しない。魔法使いが獣人を圧倒し、魔法使いでない者を千年に渡って支配できたのも、このフュルミナンを抑えることで好きなだけ魔法を使うことができたからだ。
逆に言えばフュルミナンにアクセスできない獣人や庶民は地力だけで魔法を使う他なく、できることが非常に限られている――なるほど、と総司は頷く。元の世界でも夢物語な、魔法としか言いようのない技術を有するこの迷宮と、大砲がやっとの迷宮の外では技術格差が激しすぎると思っていたが、魔法使いが技術だけでなくエネルギー源も独占していたのならそれも腑に落ちる話だった。
フュルミナンには大地から魔法を汲みだす巨大な魔法陣と付属施設が地下に設置され、それは千年にわたって拡張工事が続けられてきた。フュルミナン地下神殿は神殿そのものが巨大な魔法陣であり、それを部分的に改造して設置されたのがこの迷宮「永遠の楽園」。正確には、迷宮部分は侵入者を迎撃するための施設であり、「永遠の楽園」は迷宮の最深部に存在するものと思われた。
この迷宮は魔法帝国の遺産であり――
「それを支配した者が次の覇者となる……?」
「我々は覇者となりたいわけではない。だが、獣人が覇者となることは避けなければならない」
ディアデムはそう言って肩をすくめるが、間違いなく獣人側も同じことを考えている。人間と獣人の同盟関係が薄氷上の代物なのも当然の話だった。
なお、かつて帝国から「反乱軍」と呼ばれたディアデム達の自称は「同盟軍」。その名の通りあらゆる種類の獣人と人間が参加した大同盟だ。このうち現在、帝国に代わって人間勢力を統治しているのが「共和国」。この共和国の迷宮攻略軍の、情報収集の現場指揮官という立場にあるのがディアデムである。元の世界の軍隊なら尉官か佐官あたりの、それなりの高級将校となるだろう。
「この迷宮こそが帝国最大の遺産だが、他にも残したものがないわけではない。連中は魔法技術を独占し、徹底的に秘匿し、帝都陥落時にはその一切合切を灰燼の中に叩き込んだが、それでもわずかに回収できたものがあった」
ディアデムがそう言っていくつもの荷物を部下に運び込ませ、総司の前へと並べた。
「使えそうなもの、使い方の判らないものを各地から集めさせた。他のものも届き次第ここに持ってこさせるがとりあえずこれらの使い方を調べてほしい。有用なら君にも貸し出そう」
「助かります」
と総司は早速それらの魔法遺物に解析の祝福を使用した。それら五つの遺物のうち、完全に壊れているものが一つ。何かの部品で単品では意味がないものが二つ。
「これは、魔法薬製造機ですね。この迷宮でなら使えると思います」
すごい、とアリアンが目を輝かせるがディアデムの反応は薄かったし総司もまた同様だった。確かに皆の役に立つ便利アイテムだが、迷宮攻略につながるものではないからだ。そして最後に残った魔法遺物――それは全体が水晶でできており、「結界の宝玉」とよく似た形だった。台座があって、台座と一体となった本体が宙に浮いているのは同じだが、本体は球ではなく丸みを帯びた立方体だ。そのうちの一面が他よりも多少大きく、その面は水晶ではなく鏡が貼られたようになっている。
「なんか、大昔のテレビみたい」
葵の言葉に総司達が一様に頷く。確かにそれは「水晶を削り出して作ったブラウン管テレビ」と言うのが一番判りやすいように思われた。
「本当にテレビかも」
と総司は軽い気持ちでそれに手を触れて解析をかけ、目を見張った。
「いや、もしかしたら……まさかこれ、魔法のパソコンか? 大当たりだ!」
喜び勇んだ総司が全力で解析を行使し、
――殺す殺暗いす死出しね死ね助け許さて出してない八つて助けてしや裂きにるら助けて思い知る殺しせてやててもう嫌何も見だ死にたいえない俺と同じ助け目に遭わ早く死せてやる出し殺すてらてにたここかいもう嫌だてもりない早く殺して飽き俺が足百回殺しこ獄だ何をこは地した殺してる絶対さないやに許殺し早くて
肛門から杭を突っ込まれて内臓を貫かれたような、圧倒的な嘔吐感。胃の内容物が一気に逆流し、咄嗟に手で塞ぐが間に合わない。殴られたようになりながらそのアイテムから離れ、吐しゃ物をこぼしながらその部屋の片隅に移動しようとし、その途中で力尽きてひざまずき、吐いた。胃の中のものを全て吐き、胃液を吐き、散々咳込む。
「いいんちょ、どうしたの?」
「大丈夫ですか?」
里緒や葵達四人にアリアンも加わって介抱し、何とか総司を落ち着せる。水を飲み、うがいをし、時間はかかったがある程度まで平静を取り戻した。なお撒き散らした吐しゃ物はスライムが自動で処理してくれている。
「大丈夫か?」
「ええ。すみません」
と謝る総司の顔は未だ青ざめたままである。
「その魔道具から何か呪いでも受けたのか?」
「いえ、違います。ただ……」
総司は深くため息をつき、首を横に振った。そうしながら説明の順番立てをし、まずリザードマンの魔法使いから譲り受けた魔法の杖を取り出した。
「魔法は杖があれば誰でも使えるものじゃない。魔法を使うにはそのための才能が必要で、何年も訓練をしなきゃいけない。加えて魔力があって初めて魔法を使うことができる」
それはディアデムではなく若葉達四人に対する説明だったが、ディアデムも黙ってそれに耳を傾けている。
「この魔道具は言ってみれば……誰でも魔法が使える魔法の杖だ。魔力という燃料は別途必要だけど、それさえあるなら誰でも魔法が使える。それに内部の魔法陣は自由に組替可能で、およそあらゆる魔法を行使できるだろう。もちろん使いこなすのは簡単じゃなく、相当の知識と訓練が必要だけど」
すごい、と瞠目する葵や若葉。
「魔法のパソコンがほしいって言っていたら本当に手に入ったわけか」
「ああ。そうとしか言いようがないアイテムだ」
それもコンピュータ黎明期、一九五〇年代か六〇年代に二〇〇〇年以降のパソコンが手に入ったようなもので、迷宮攻略に大きく寄与するのは間違いない――だが、
「それだけではないのだろう。そもそも普通のやり方で魔法が使えるはずがない。使えるとするなら」
ディアデムが一切の感情を排除して冷徹に問い、総司が答える。
「これの中には……人間の脳が丸ごと入っています」
一同が息を呑む。無反応なのはディアデムだけ……いや、彼は「なるほど」と首肯した。
「人間の脳を改造して魔法を使わせているわけか。しかもそれはまだ生きている」
総司は「ええ」と頷くがまた吐きそうになり口を抑え、里緒や葵がその背中をさする。それで話が有耶無耶となったが、ディアデムはそれ以上総司を追求しようとはしなかった。まるで、その答えを理解しているかのように。
人間の脳を丸ごと使って魔道具を作成する。それは悪魔の所業だが、それ以上に恐ろしく、おぞましいのは、その脳が生きている――意識が残っている。
少し想像してみる、その状況を――目も耳も塞がれ、手足を奪われ、真っ暗闇の箱の中に詰め込まれる。生きたまま棺桶に詰め込まれて埋葬されるようなものだが、それよりもさらに最悪だ。彼は何年もこの状態で生き続けており、死ぬこともできないのだから。自殺しようにも手足も身体もなく、噛み切る舌も存在しない。その脳内では憎悪と絶望と憤怒と怨嗟と悲嘆と殺意と破壊と、ありとあらゆる負の衝動が高速で渦を巻いている。それは千の刃となって理性やまともな思考を微塵にし、彼は完全に発狂していた。もはや言葉にならず、言葉も忘れ去った、汚濁と混沌の坩堝――
総司が解析で感じ取ったのはほんの一瞬、ほんのわずかの切れ端だけだがそれでも具合が悪くなるくらいだった。もし解析を続けたならその負の衝動に巻き込まれて自殺を図ったかもしれない。
「おそらくこれは、この迷宮の謎とつながっている」
そして総司達が地獄に堕ちた、その理由と――ほとんど根拠のないただの勘だが、総司はそれを確信していた。
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