第16話(SIDE E)


「委員長、いつまでここでこうしているつもりだ」


「相手が動くまでだ」


 同じような会話をしたのは確か三日前か、と総司は指折り数える。現地人の高級将校、ディアデムとの会談から三日が経過していた。その会談後、総司達は再び軟禁状態に置かれている。


「一体いつになったら動く」


「判らない。正直、そろそろ動いてもいいとは思うんだが……」


 三日前の会談は成果らしい成果はなく、ほとんどただの顔合わせで終わっている。総司もディアデムも互いのことが信頼できず、進展よりも警戒を優先させ、ろくに身動きが取れなかったためだ。


「こっちの手札は限られている。あまり簡単に切りたくはない。訊きたいことは山ほどあるけど……」


「魔法帝国最後の皇帝だったか」


 その名が「ミシマ・ソウジ」だったという――先日の会談で得られた重要情報だ。他にも、クラスメイトの島本水無瀬が迷宮の外にいて、子供までいるという。


「一体どういうこと?」


「それは俺もあの男に、ディアデムに訊きたい。小一時間と言わず、二時間でも三時間でも問い詰めたい。ただ――俺達は最低でも二十年前にこの世界にクラス丸ごとトラック転生した……いや、コピーされて作り出された。今の俺達はその二次コピーなんじゃないかと思っている」


「二十年……」


 全く知らない間にそれだけの時間が経過したのだと――里緒や葵は呆然となっている。


「じゃあ、今仮に元の世界に戻っても二〇二三年じゃなく二〇四三年になってるってこと?」


「最低でもそのくらいは。下手をすると二〇五三年くらいになっているかもしれない」


 二〇五〇年ともなれば、四十代だった里緒や葵の父母は七十代。オリジナルの里緒や葵が四十代となっている。高校を卒業し、大学を卒業し、それぞれの仕事に就き、結婚し、子供が生まれ、その子供が今の里緒や葵と同年代となり――ちょうど、通訳の少女がそのくらいの年代だった。

 自分達がただのコピーなのだと、帰る場所などないのだと、理解はしていたつもりだが改めてその事実を突き付けられ、里緒と葵は暗い顔を俯かせる。一方匡平はそのような感傷をあまり抱いていないようだった。


「その二十年だか三十年だかの間に何があった? 何があってお前が皇帝にまでなっている?」


「そんなの俺が訊きたい」


 総司は憮然と言い捨てる。ただ、それでも乏しい情報から憶測を膨らませるに、


「最後の皇帝ってことは魔法帝国は滅亡したってことだ。一次コピーの俺は滅亡間際の敗残処理を押し付けられたんだと思う。そうでもなければ異世界からやってきた人間が仮でも何でも皇帝なんかを名乗れるわけがない」


 そうであったとしても、ただの一兵卒やその辺の庶民や奴隷が皇帝という地位を押し付けられるはずがなく、総司は旧魔法帝国でそれなりの立場にあったはずである。「それなりの立場」になるまで、なってから、彼が何をしたのか――


「それこそが今俺達がこうなっている原因なんじゃないかと思う」


「いいんちょ、何をしたわけ?」


「そんなの俺が訊きたい」


 総司はそれをくり返して肩をくすめた。


「でも、それを彼等に訊いても素直に教えてくれるかどうか。交換条件に何を要求されるか判らないし、それで手に入れた情報が正しいかも判断できない」


「じゃあどうする。このままずっとここで管を巻いているつもりか」


「こういう交渉は焦った方が負けだ。交渉を重ねて、信頼関係を少しずつ構築して、互いの妥協点を手探りで見つけていく……あまりに迂遠だけど近道なんかない」


 情報と武力の寡多で圧倒的に不利なのは総司達の方だが、彼等に対して唯一アドバンテージを得ていることがある――時間である。


「軍隊を動かすことには途轍もないお金がかかる……というのは古今東西も世界も問わない話で、時間がかかればそれだけお金も必要になる。これ以上余計な時間を遣いたくないと思っているのは俺達じゃなく彼等の方で、いい加減ことを進めようとしてもいい頃のはずなんだ」


 そして総司の予測通りに事態が動き出す――急展開となるのはこの直後のことだった。ただしそれば総司の予想とは全く違う形だったが。それはまず、悲鳴や怒号から始まった。遠方からそれが聞こえてくる。それがどんどんと近付いてくる。


「なんだ? 何が起こっている?」


 総司達は立ち上がっていつでも逃げ出せる態勢となった。歩哨は事態を把握できないまま、ただ「うごくな」と怒鳴ることしかできない。大勢の兵士が慌てて逃げて、総司達の前を通り過ぎていき、歩哨は目に見えてうろたえた。彼等は職務と保身の板挟みとなっている。が、そのうちに彼等も保身を優先させ、職務を放棄して逃げ出した。敵が眼前に迫ってきたからだ。

 見張りがいなくなったので総司達が通路へと飛び出し――目の前にいるのは、ゾンビの大群だった。見える範囲だけで百を超えるゾンビが動いていて、その全てが人間のゾンビだ。


「な……どうして」


 予想外すぎる事態に総司の思考が停止してしまう。それを見て取った若葉が代わりに、


「距離を置いて桂川の呪歌だ!」


「判った!」


 その指揮に全員が一斉に後退し、総司もまた反射神経だけで行動した。ある程度離れた上で里緒がバイオリンを演奏し、見える範囲のゾンビが全部まとめて爆裂した。


「ほとんどマップ兵器だな」


 その威力には関心よりも呆れの感情が先に立ってしまうが、そんな話は後回しだ。総司は魔法のカバンから魔法の杖を取り出し、


「炎よ!」


 魔法の炎が火炎放射器のように放たれてゾンビの残骸を舐めるように焼いていく。ゾンビ体液が消し炭同然となったのを確認し総司は前進、その後に若葉達が続いた。


「いいんちょすごい! 魔法が使えるんだ!」


「さすがは魔法帝国最後の皇帝」


「でも大丈夫なのか? こんな屋内で火炎攻撃なんて」


「問題ない。これは魔法の炎で酸素はほとんど消費しない」


 そうして迷宮の奥へ向かって走ること数百メール、総司達は大広間のような場所へと到着。そこでは何十という人間の兵士が何百というゾンビに包囲されており、ゾンビの数はさらに増えようとしていた。このままでは全員がゾンビと化すのも時間の問題で、その時間もさして猶予はなかったが、


「桂川、威力をしぼって呪歌だ!」


「や、やってみます」


 里緒の呪歌を行使し、ゾンビがのたうち回って苦しんでいる。動きを止めたゾンビに総司が火炎攻撃をして包囲網に穴を開け、


「こっちだ! 早く!」


 総司の誘導に従って兵士が包囲網を抜け出して逃げていく。全員の脱出を確認し、総司は「結界の宝玉」を設置して通路を塞ぎ、その上で兵士に続いて後退した。

 そうして迷宮出口近くまでやってきた総司達だが、ゾンビとの戦いは未だ継続中だった。その場にたむろしている兵士の中の、少なくない数がゾンビ化している。総司達とは違って真っ当な存在である彼等はゾンビ体液を浴びてもすぐにゾンビ化するわけではなく、だがそのタイムラグがあだとなった。つい先ほどまで仲間だった者がゾンビとなり、襲いかかってくる。それはまさに地獄絵図と言うべき様相だ。


「桂川、呪歌を。高出力で」


 総司の指示に従い里緒が呪歌を行使、覚悟していた総司達もただではすまず、何の心構えもなかった兵士達はなおさらだった。その場の全員がムンクの「叫び」のように耳を抑えて転げ回り、阿鼻叫喚としか言いようがない。だがその攻撃を受けたゾンビは、頭部が裂けて体液が噴出した。また、体液は浴びたがまだゾンビ化していなかった兵士も、腕や肩が裂けてそこから血とともに体液を噴き出させている。


「俺は体液を焼いて回る。みんなは兵士の手当てを」


 火炎放射器で除草をするかのように、飛び散ったゾンビ体液を魔法の杖で焼いて処理する総司。魔法の炎も魔法攻撃なのでゾンビ体液は飛び散ろうとするが、総司は火炎の範囲を大きく広げて包み込むようにして焼き、それに対処した。

 一方葵や里緒がコピーで増やした魔法薬を使って怪我人を治療していく。脳まで浸食された兵士は手の施しようがなかったが、そうでない兵士はゾンビ体液から解放され、まだ生きている。内部から裂けた身体は重篤だったが魔法薬の威力は絶大だった。重篤は重傷に、重傷は中軽傷に。思いがけず助かったことを彼等は大いに喜んでいる。

 そのうち汚染されたわけではなく普通に怪我をしただけの兵士も里緒や葵の治療を受けようとし、二人は惜しみなく魔法薬を使って治療をした。里緒と葵の美しさ、愛らしさは世界の壁を越えるようで――技術水準や生活水準の落差を考えるなら、里緒と葵の肌や服装の清らかさ、高級さ加減は兵士達からすればまさしく天使の部類だろう。治療を待つ兵士が行列を作っている。若葉と匡平はゾンビの後続と、不埒な真似に及ぶ兵士が出ないかを警戒し続けるが、結果としてその心配は不要だった。ただ、


「なんか……列が長くなる一方のような」


「どうも外から兵士が集まっているみたいだ」


 行列はいつの間にか長蛇となり、順番抜かしに端を発する諍いもあちこちで起きている。人が集まりすぎたことに総司は危機感を覚えるが手の打ちようがなかった。この事態を打開できるのは、


「ما الذي تفعله هنا! العودة إلى حيث يجب أن تكون!」


 何人もの軍人が怒鳴りながら兵士を蹴散らしている。服装と周囲の反応から判断するに、部隊長クラス・士官クラスの軍人だろう。上官に叱責され、兵士達はしぶしぶ解散しようとしていた。その兵士の波をモーゼのように割って、何者かがやってこようとしている。林立する兵士を真っ二つにして姿を現したのは、ディアデムとその護衛だった。

 その姿を認めた総司が前へと進み出る。ディアデムが同じように一歩進み出、両者が数メートル置いて対峙した。


「話がある」


「أنا أيضاً」


 ……それから少しの時間を置き、総司達とディアデムは迷宮の外、その出入口のすぐそばに設置された簡易天幕へとやってきていた。そこは前回の会談と同じ場所で、集まったメンバーも同一。総司達五人に対し、相手は通訳の少女も含めた四人である。

 彼等を前にし、総司はまず大きなため息をついた。


「……俺はあなた達を信用できなかった。こっちが持っている情報を全部渡してしまったら用済みとなって、殺されるんじゃないかと」


 そのあまりに率直すぎる物言いに若葉達が驚き、肝を冷やすが、総司は構わず続けた。


「だから出し惜しみをしていた。それはあなた達も同じだったと思う。でもその結果が今日のゾンビとの戦いだ……あなた達は獣人勢力と、敵対とまではいかなくても協力しているわけじゃなかったんだな」


「彼等と我々は、今は戦っていないが協力関係には程遠い」


 通訳の少女の口を介してディアデムが答える。


「獣人側にはゾンビ対策に必要なアイテムを渡したのに、まさかあなた達にそれが伝わっていない、なんて思いもしなかった」


 その言葉にディアデム達が眉を跳ね上げるが、その思いまでは読み取れなかった。総司の決意に満ちた瞳が、真っ直ぐにディアデムを見つめている。


「もう出し惜しみはなしだ。俺達が持っている情報は残らず全部渡す、その代わりにあなた達の協力がほしい。俺達の目的はこの迷宮の謎を解き明かし――最終的にはこの迷宮を破壊することだ」


「こちらの目的もまた同じだ。我々は手を結べるだろう」


 ディアデムの姿勢は真摯そのものであり、それを信じた総司は安堵のため息を漏らす。若葉や匡平、葵や里緒もまた同様だった。

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