第09話(SIDE B)
総司は魔法のカバンから魔法の鏡と、おにぎりや菓子パンといった食べ物を取り出した。そしてそれらの食べ物を魔法の鏡によってコピーして増やし、
「適当に食べてくれ」
と他の三人の前へと差し出す。説明はどうした、という顔をしながらも真っ先に若葉がおにぎりを手に取ってかぶりつき、葵や里緒もそれに続いた。
「……この魔法の鏡だけど、これ自体にはほとんど魔法的機能は備わっておらず、言ってみればただのスイッチだ。コピーしてものを増やす機能は迷宮全体で担っているものと思われる。水路の水には強い魔法が付与されている、って前に言ったと思うけど、原子一個、あるいは分子一個ずつに魔法的粒子が一個ずつくっ付いているような感じじゃないかと思う。炭素やカルシウムといった必要は材料は全部水に溶け込んでいて、やっぱりそれにも魔法的粒子……魔素とでも呼んでおくけど、それが付与されている。必要な素材を水路で輸送・供給して、魔素が原子なり分子なりを動かして組み立てて接合させて、3Dプリンタみたいにこれらのコピーを作り出しているものと思われる」
総司はコピーして増やしたコンビニおにぎりの一個を手に取り、それを握り潰す。おにぎりはそのまま投げ捨てられ、地面に転がるその残骸の周囲からスライムがにじみ出るように湧いて出て、ほんの数瞬でそれを溶かして食らってしまった。
「あのスライムはこの迷宮の機能の一部、迷宮の掃除係だ。取り込んだ物体の魔法的結合を解除することで、原子なり分子なりの素材の状態に戻してしまう。そうやってごく短時間で何でも溶かしてしまうんだ。回収された素材はまた水路へと送り込まれるものと思われる」
そこで説明を区切った総司は一同の様子を確認する。葵は素直に感心し、若葉は「それがどうした」という顔。そして一人顔色を悪くしている里緒は、総司が何を言おうとしているのかを察しているかのようだった。
「……スライムはリザードマンの死体も溶かそうとしていたけどなかなか溶けなかった。多分あのリザードマンの身体には魔素が含まれていなかったんだろう」
総司が改めて三人の顔をうかがうが、若葉や葵はやはりぴんと来ていない様子だ。総司は魔法のカバンからスマートフォンを取り出し、立ち上がってそれを踏み付けて壊した。壊したそれを部屋の片隅まで蹴って離すと、またスライムが湧いて出てスマートフォンを包み込み――瞬く間にそれを溶かして消し去ってしまう。
「――判るか?」
「ええっとつまり……あのスマートフォンも魔素が含まれたコピー品ってこと?」
「あのスマートフォンは俺がこの世界に来たときから、最初から持っていたものだ。でも結局、それもコピーだった」
若葉が苛立った口調で「何が言いたい」と問い、総司もまた「まだ判らないのか」と鏡写しのように感情的になった。
「最初から全部コピーなんだよ! 俺達のこの身体も含めて全部! 何もかもが!」
目を見開く葵は笑い飛ばそうとして失敗したような顔となっている。
「わたし達も……コピー?」
「あるいは元から、俺達はトラック転生なんかしておらずオリジナルは元の世界で普通に暮らしたままなのかもしれない。オリジナルの情報だけを抜き取られて、それを元に魔法の3Dプリンタで作り出されたコピー品、それが俺達なんじゃないかと思っている」
最初にこの世界にやってきたときにリザードマンにクラスメイト二五人を殺されたが、その死体はスライムによってごく短時間で処理されてしまっていた。
「俺達五人だけが例外だ、なんてどうして言える。俺達も、この身体も他のみんなと同じ、ただの魔法のレゴブロック。そう考えるべきなんじゃないのか」
感情としては全面的に反論したいが、その根拠が全くない。事実として受け入れるしかないと理解し――若葉が力尽きたように座り込み、そのまま胡坐をかいた。前髪をかき上げる彼女の顔は、怒りと絶望が半々となっている。
「おそらくこの迷宮はコピー機能に特化した、コピーの神殿だ。コピーを使ってあらゆる機能を無理矢理実現している。たとえばこの魔法のカバン」
総司は自分のカバンから菓子袋を取り出して収納し、誰かのシャツを取り出して収納し、長剣を取り出して一同に示した。
「まるでこのカバンに無制限の収納能力があるように見えるけど、それは見せかけだけだ。こうやってカバンに入れるときに」
総司が長剣をカバンの口から中に入れると、カバンの奥行きを無視して長剣は全てその中に納まった――ように見えた。
「この剣が一旦デリートされている。取り出すときにはいちいちコピー品を作り出しているんだ」
総司は再び長剣をカバンから取り出して一同に示し、再度カバンに収納する。
「この迷宮には俺達の所持品、俺達自身のデータが保持されている。それを元に、必要に応じてコピー品を魔法の3Dプリンタでプリントしているものと思われる」
ワーウルフの剣をカバンに収納しようとしてできなかったのは、その剣が魔法のレゴブロック製ではなく真っ当な物質だったから。簡単にデリートできないものだったから、なのだろう。
「あの……いいんちょ」
顔を青ざめさせた葵が総司に問う。
「前に言っていたよね、わたしの祝福を『あり得ない』って。それじゃ」
「このカバンと同じだ」
それだけを言い、総司は痛みを堪えるような顔を葵から背けた。葵の身体が震えている。
「……それじゃ、それじゃ」
「跳躍の祝福を使うたびに元の身体がデリートされて、コピーされた新しい身体が作り出されている。……昔の映画で『ハエ男の恐怖』っていうのがあるんだけど知らないかな」
一九五八年製作の古典SF、またはホラー映画で、一九八六年には「ザ・フライ」という題名でリメイクされている。
「その映画には『物質電送機』という発明品が登場する。物質を原子にまで分解して、電波に乗せて別の場所に送り込んで、その場所で再構成することで物質を瞬間的に輸送するって機械だ。『分解した原子を電波に乗せる』って設定が意味不明なんだけど、昔はその辺随分とおおらかだったらしい。この『物質電送機』を現実的に考えるなら、一方の場所に物質を原子レベルでスキャンできるスキャナを用意して、もう一方の場所に物質を原子レベルで構成できる3Dプリンタを用意して、一方のスキャナでデータを読み込んでもう一方でプリントする、って形になると思う。スキャンと同時に元の物質をデリートしたなら、見かけ上は瞬間移動したように思えるかもしれない」
「この迷宮がそれをやっていると?」
「スキャンするまでもなくデータは最初から保持されているんだろうけど、そういうことだ」
葵の顔から血流がなくなり、ほとんど土色だ。震える身体を両手で抑えようとし、それでも震えは収まらない。大量の汗と涙が一緒になって頬を濡らし、床に滴った。
「それじゃ『再生の巻物』も」
「怪我した身体をまるごとデリートしてコピーした新品と置き換えている。この迷宮にとっては怪我した部位だけを交換するよりそっちの方が簡単らしい」
若葉は足を持ち上げて以前怪我を負った場所を確認した。矢に刺された場所は傷跡一つ残っていない……ジーンズも含めて、全てが前のままだった。
海の底よりも重苦しい沈黙がその場を満たし、総司は窒息の錯覚に襲われた。だが話はこれで終わったわけではない。
「……ここからが本題で、覚悟してほしいんだが」
「今の話でまだ最悪じゃなかったの?!」
葵が思わず悲鳴を上げ、若葉もまた唖然としたような顔だった。里緒は本題の中身をもう判っているかのように、卒倒しそうになっている。
これから話す真実はこの上なく葵を傷付け、絶望させるだろう。だがそれでも、ここまで来て説明しないわけにはいかなかった。
「……俺も何かの間違いじゃないかと、何か思い違いをしていないかって散々検討したんだけど、何をどれだけ考えてもこの結論にしかならなかった――アイデンティティがつながっていない。断絶している」
葵はきょとんとした。若葉は目を瞬かせた。そして里緒は唇を噛み締め、身を震わせている。
「えっとごめん……意味が判らない」
「跳躍前の向日と跳躍後の向日は同一じゃない、別人だ。向日は跳躍のたびに毎回死んでいて、コピーされた新しい向日が作り出されているんだよ」
早口で一気に言い切る総司。その言葉の刃は葵を滅多切りにし、血まみれにするが、それは諸刃の剣だった。総司の心もまた斬りつけられ、大量の血を流している。
「どうしてそんなことが……」
「さっきオークの集団と戦ったとき、俺達が祝福を使うのを奴等はアイテムを使って妨害してきた。向日の跳躍も妨害されて、それでも跳躍したせいでエラーが生じた。普通なら向日が消えるのと再出現は完全に同時だけどそのときはタイムラグが発生した。元いた場所から向日が消えなかったんだ。そのせいでオークの攻撃の直撃を食らっていた」
「わたし……知らないよ、そんなの」
ああ、と総司が慨嘆する。それこそが「アイデンティティがつながっていない」という事実の決定的な証拠だった。
「そのタイムラグは多分一秒にも満たない時間だったと思う。でも向日の身体がオークの攻撃で潰されたとき、それを目の当たりにしたとき、俺の体感ではすごい長い時間が流れていた。殴られた方の向日自身にとってもそうだったのは間違いない。そのときどれだけ痛かったか、どれだけ苦しかったか、どれだけ絶望したかは、あの向日にしか判らない」
「でも……でも……」
葵が何か反論しようとし、何も言葉が出てこない。代わりに若葉が、
「でも、跳躍前と跳躍後で記憶が完全に引き継がれるならそれは同一と考えていいんじゃないのか?」
「オークのときの跳躍だけが例外だったと? じゃあ考えてみてほしいんだけど、たとえばここに魔法阻害の巻物があってそれを使っている。向日が跳躍しようとしてエラーが発生して、ここに二人の向日ができてしまった。それが完全に固定してしまって、どちらか一方が消え去る様子が全くない――この場合この二人は同一か?」
その問いに三人からの返答はない。だが誰も「同一だ」とは主張しなかった。
「その後一時間くらい経って巻物が効力を失って、祝福がちゃんと機能するようになった。そうしたら一方の向日が消えてしまった。この場合、消えた向日と残った向日は同一か? それを同一じゃないとするなら、どこからなら同一と考えるんだ? 一〇分か? 一分か? 一秒か? ゼロ秒か? ゼロ秒なら同一と見なすのか? それならゼロ秒と一秒の違いは? ゼロ秒と一時間の違いは?」
誰からも何も反論はない。ただ葵が「でも……でも……」と壊れたレコードのようにくり返しているだけだ。
「エラーのせいでこの祝福の本質が判りやすくなったけど、それ自体には何も変わりはない。タイムラグがゼロであってもアイデンティティはつながらないんだ」
「そっか……わたし何回も死んでたんだ」
葵が虚ろな顔と声でそう言う。まるで涙と一緒に魂も全て流れ去ったかのようで、今の葵は完全なる空虚だった。
「わたし……水に濡れるのが嫌ってだけで往復の二回、跳躍を使ったよ? そのときも二回死んでたんだ」
誰も、何も言えなかった。自分達は目指すべき地平も帰るべき場所も持たない、ただのコピーだ。気が付かなかっただけでこれまで何度も死んでいて、この先もまた死ぬかモンスターに殺されるかを待つばかり――
「くそ、見つかったみたいだな」
結界の宝玉の向こう側から聞こえる、声と足音。多数のモンスターが接近していて、どうやらここに総司達が隠れ潜んでいることに気付いている……考えるまでもなく当たり前のことだった。宝玉の設置は「自分達がここにいる」と看板を出しているようなものなのだから。
若葉が大きくジャンプして天井の石材のほんのわずかのつなぎ目を指で掴んで身体を二秒ほど吊り下げ、結界の宝玉の上の隙間からその向こう側の様子をうかがう。通路の前後でそれをして、自分達がモンスターの群れによって挟撃されていることを確認した。一方はワーウルフ、もう一方はゴブリンの群れである。
「ゴブリンの方がまだマシな相手だろう。強行突破するぞ」
判った、と頷き覚悟を決める総司。里緒もまた震える手でバイオリンを抱え込んだ。だが葵は呆けたように立ち尽くし、うつむくその顔は心をなくした人形のようだ。若葉が舌打ちをするが気持ちを切り替え、前を向いた。彼女が宝珠を操作して結界を解除、総司達とモンスター集団を分断していた光の球体が突然消え去る。ゴブリンがその事実を理解するまでのわずか一秒ほどを最大限の好機とし、若葉がその群れのど真ん中に飛び込んで暴風のようにモンスターを薙ぎ払う。ほんの一瞬でゴブリンはその半数近くが打ち倒されたが、それでも十数の敵が残っている。
「くそ、左腕が使えれば」
そんな繰り言が口を突くが、若葉はすぐにそれを意識の外に押しやった。残ったゴブリンは若葉を警戒して動けない。
「走れ!」
若葉の合図に総司達が全力疾走し、ゴブリンの群れの間を一気に駆け抜ける。若葉がしんがりとなって最後に走り出し、その背中をゴブリンが追った。元々ないに等しかった彼我の差はすぐに、さらに縮まってしまう。その原因は里緒の鈍足のためだが、今回は葵の方がより足を引っ張っていた。だがゴブリンは、簡単にゼロにできるその距離をあえて維持し、弓矢や槍により攻撃してくる。背を向けながらも勘だけでそれを打ち払う若葉だが、そんな曲芸がそう長続きするはずもなかった。
「委員長!」
「判っている!」
総司が結界の宝玉を地面に置いて起動、光の球体がゴブリンの群れの進行を阻んだ。が、その前に加速して総司を追い抜いたゴブリンが四匹。うち二匹は即座に若葉によって殴り殺されるが、残った二匹が雄叫びを上げながら槍を構えて突進する。その二本の穂先は真っ直ぐに葵の心臓を狙っていた。
「葵ちゃん!」
「向日!」
その呼びかけに顔を上げる葵だが、彼女の瞳は何も映していなかった。葵にとってその攻撃を避けるのは難しい話ではなかった――跳躍の祝福を使いさえすれば。真実を知った今それを使う選択肢など存在せず、ようやくそれに気付いたように身体を動かして避けようとするが、その反応はあまりに遅かった。まるで、生きたいという意志が失われたかのように。
二本の槍が、その穂先が葵の胸を貫く。大量の血が噴き出し、葵は大きく目を見開いた。その口が「死にたくない」と言おうとしたように数度開くが、吐き出したのは言葉ではなく血だった。
「Gigigigi!」
ゴブリンが槍を振り回し、二匹がかりで葵の身体を持ち上げて若葉に叩き付けようとする。だがその前に敵の懐に飛び込んだ彼女の拳がゴブリンの頭部を破壊、その二匹は永久に沈黙した。そして葵の身体が放り出されて地面に墜落。床一面に赤い血が毒々しい花のような形に広がった。
「あ、あおいちゃん……」
「逃げるぞ」
呆然とする里緒の腕を浮かんで若葉が先へと進み、それを総司が追う。その場には葵の遺体が放置されるが、それもスライムによってすぐに処理されて消え去ってしまう。向日葵という少女が生きていた痕跡はもうどこにも残っていなかった。
一方、総司と若葉と里緒は迷宮の中をひたすら突き進んでいる。最初にこの迷宮に三〇人で出現し、それがすぐに五人となり、匡平が斃れ、葵が殺され、残ったのはたったの三人。果たしてこの先どのくらい生き延びることができるのか――少し考えただけで絶望的な未来、それも大して先ではない未来しか思い浮かばず、暗澹となる。
だがそれでも、彼等は知らなかったのだ――本当の絶望というものを。そしてそれをすぐに知るということを。
「ああーーっっ!! こんなところにいた!」
聞き慣れた、だが聞くはずのない声。総司達は耳を疑いながら声の方へと、前方へと顔を向ける。三人へと向かって、安堵のあまり泣きそうになりながら――葵が全力で走ってくる。
「里緒ちゃん良かった! 無事だったんだね!」
葵はそのまま里緒の胸にダイブ、里緒がまるで幽霊に抱きつかれたように身も心も凍らせていることに、葵は気付こうともしなかった。
「あ、葵ちゃん……?」
「ああ、良かった、良かったよー。ずっと一人で、本当に心細かったんだよー」
里緒が葵を突き飛ばし、葵が尻もちをつく。葵は何が起こったのか判っていない顔を上げた。凍えるように我が身を抱き、葵を見下ろす里緒の顔は、彼女がこれまで一度も見たことのないものだった。
「向日……なのか?」
「わたしがわたし以外の何に見えるっていうの?」
信じられないような若葉の問いに葵が不満を表明する。総司は手で二人を制し、葵の前に立った。
「向日、何があったのかを説明してくれ」
「説明って、みんなとはぐれた後は必死に逃げ回っていただけだけど」
「みんなとはぐれたって?」
その質問の意味が判らないように首を傾げる葵。
「この迷宮にトラック転生してすぐに狼人間の軍団に襲われたじゃない。いいんちょが散り散りになって逃げろ、って言って、わたしは葵ちゃんと一緒に逃げたかったんだけど自分が殺されないようにするのが精いっぱいで……」
葵はそこで重苦しいため息をつく。
「わたしは祝福があったから逃げられたけど、正直言って他のみんなはもう無理だと思っていた。でも本当に良かったよ、里緒ちゃんが生きていて」
そう言って屈託のない、満面の笑みを見せる葵。だが若葉や里緒は顔を青ざめさせたままだ。
「祝福って……」
里緒の呟きに葵はちょっとした悪巧みをし――その姿が消える。こっちこっち、と声のする方、後ろを振り返ると、いたずらを成功させたように笑う葵がそこに立っていた。彼女自身に自覚は全くない。だが今、これまで会話していた葵は死んで、新しい葵がコピーされて出現したのだ。
「いや……いや……いやああーーっっ!!」
里緒の突然の狂乱に葵が狼狽える。若葉はやり場のない憤りに血のにじむ拳を震わせ、総司もまた足が砂となって崩れたかのように膝を屈し、四つん這いとなった。怒りとも、悲嘆とも、絶望ともつかない涙がしたたり落ちて地面を濡らす。
――自分達は最初からただのコピーだった。向日は祝福を使うたびにデリートされてコピーが生まれ、虎姫もまた再生の巻物を使って一度デリートされ、作り直されている。それなら、俺達全員がもう一度最初から作り出されたところで何の不思議があるのか。きっと人数が減りすぎたせいだ。この三人だけでは迷宮攻略は不可能と判断されて、追加でクラス全員がもう一度作り出されて……おそらくは迷宮攻略が果たされるまでは何回でも、何十回でもくり返しコピーされ、作り出されるのだろう。これではどちらがモンスターか判らない……
「いや、逆だ――俺達がモンスターだ」
顔を上げた総司が笑い出した。その笑いはやがて哄笑となり、狂笑となる。総司は笑いながら泣き、泣きながら笑い続けた。若葉達の気遣うような目、戸惑う目にも気付かないまま。
なんて愚かな、なんて滑稽な勘違い! 今の今まで自分達がこの迷宮を攻略する側だと思い込み、疑いもしなかった。だが全ては逆なのだ。この迷宮を防衛するために悪い魔法使いによって作り出されたモンスター。迷宮攻略に挑む冒険者と戦い、これを殺し、これに殺されて経験値となり、だが何度殺されようともリポップし、冒険者との殺し合いを際限なくくり返す――それが今の自分達なのだ。
この迷宮は地獄だ。魔法のレゴブロック製の、仮初の存在として何回でも何十回でもコピーされて作り出され、死ぬまで冒険者と戦わされて、死んでもまた新たに作り出される。ここでは死すら救済ではなく、次のくり返しの始まりに過ぎない。そのループが永久に続けられる、ムゲンの地獄。
まさかこんな形の地獄があるとは想像もしていなかった。まさかここまで救いがないとは予想もしていなかった。もう生きる意味も、理由も、希望も、未来も何もない。そもそも自分は今、本当に生きていると言えるのか、それすらもただの錯覚ではないのか――総司の思考は無明の闇を彷徨う。それはこの迷宮に匹敵する永劫の暗闇に閉ざされた、絶望の迷宮だった。
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