第6話 天然温泉で混浴

ふぅ、ふぅ……

(声・遠・中央・ココから)

(息を弾ませながら)

ふぅ、ふぅ、ふぅ……


大丈夫ですか、旅人様?


怪我をされた旅人様に


上り坂を歩かせてしまって申し訳ありません


ですがもう少しです


ご遠慮なく、わたくしの手をお取りください


いましばし、岩場が続きますので


足を踏み外されないようくれぐれもお気をつけください


えっ?


……いえ、感心いただくほどのことではございません


わたくしは慣れておりますので


目的の場所はこの丘の中腹のあたり……


もう少しの辛抱です


ふぅ、ふぅ、ふぅ……

(声・遠・中央・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

お疲れさまでした、旅人様


到着です


ふふっ、この湯気で察しがつきましたでしょうか?


ええ、ここには天然の湯が湧いているのです


森の奥にこのような場所があるとは誰も知りません


ここは、わたくしと野の獣たちだけの秘密……


憩いの場なのです


ですので……

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・右・ココから)

わたくしと旅人様の邪魔をする者は誰もおりません


たとえ、この場で何をしたとしても……


ふふふふふっ


さあ、もっと湯の近くへ……

(声・極近・右・ココまで)


SE:二人の足音

(声・近・中央・ココから)

自然の造りとはときに不思議なものですね


ちょうど人肌に心地よいていどのあたたかさで


まるであつらえたように浸かり心地のよい岩場に


湯が湧いているのです


これも主のお恵みでしょうか


少し独特の匂いがいたしますが……


怪我や疲労にもよく効くかと存じます


何も準備していない?


ふふふっ、ご心配なく……

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・左・ココから)

ここは誰はばかることもない天然の湯


身一つあれば他に何も必要ございません


ただ身も心も心地良さにゆだねれば良いのです


……なんて


余裕ぶって言っておりますが……


旅人様には見抜かれているのでしょう


わたくしも少々ドキドキしております


誰かとこの湯でご一緒するなど


ましてや殿方とともに浸かるなど


初めてのことですもの

(声・極近・左・ココまで)



(声・極近・右・ココから)

ほら、心臓がこんなに早く脈打っている


手を添えてみてください


感じられますか?


SE:心臓音

ふふっ、あなた様の胸の鼓動も


トクトクッと早鐘のように鳴っているのが


分かります


でも、怖くはありません


あなた様となら……

(声・極近・右・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

さて、おしゃべりはこのくらいといたしましょう


温泉は逃げたりはしませんが


あまりのんびりとし過ぎても


帰り道が危うくなってしまいます

(声・近・中央・ココから)


(声・極近・左・ココから)

では、旅人様……


お召し物を脱ぐのを、手伝わせて頂きます


ご遠慮なさらないで


ここは大自然の中


人の世の窮屈なことわりなど忘れてしまいましょう?


そ・れ・に……


香油のマッサージのさいに旅人様のお身体は


拝見しておりますもの


今さらではありませんか


「下までは脱いでなかった」?


細かいことを気にしないでください


さあ、脱ぎ脱ぎいたしましょう、旅人様?

(声・極近・左・ココまで)


SE:服を脱ぐ音

(声・近・中央・ココから)

ふふっ、では旅人様の衣服はこちらの木にまとめておきますね


ではわたくしも失礼して……


んっ……


旅人様、どうぞ先に湯船にお浸かりください


あまり見つめられては、気恥ずかしゅうございます


さあ、あちらを向いて


あたたかな湯がお待ちしていますよ


「自分のときだけズルい」と?


ふふふふふっ


そうですよ


わたくしはズルくてひねくれ者の女なのです


それでは……


わたくしはあちらの木陰で失礼いたします


SE:足音

SE:服を脱ぐ音

SE:湯に浸かる音

(声・近・中央・ココから)

旅人様


いかがですか、お湯加減は?


もうこちらを向いても良いのですよ?


湯気とこの白く濁った湯が肌を隠してくれておりますので……


ふふふふっ


気持ち良いですね……


あたたかで、少しぬめりもあるこの湯が


疲れも、汚れも……


心の垢さえも洗い流し……


すべて癒してくれるような気がいたします


旅人様と二人で浸かっていると


効果も倍増しているような気がいたしますね


旅人様、空を見上げてみてください


この湯の中……


生まれたままの姿で見上げる空は


どこまでも遠く、高く……


この世界の果てまで広がっているような気がいたしませんか?


なんだか、とても贅沢なことをしている気分です


ふふふっ、もう少し近くに寄ってもよろしいでしょうか?

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・右・ココから)

もう少し……

(声・極近・右・ココまで)


(声・極近・左・ココから)

もう少し……

(声・極近・左・ココまで)


(声・極近・右・ココから)

肌が触れ合うまで近く……


ぎゅうっといたしましょう、旅人様


ぎゅうぅぅ~


あぁ、旅人様……


こうして胸の内に抱かれていると


とても……とても安心します


どうか振りほどかないで……


動かないでください……


どうかこのまま……


もっと……


ずっと……


ぎゅっと……


あぁ、あたたかい……

(声・極近・右・ココから)


(声・極近・左・ココから)

誰かとともにいる


それだけで胸の奥まであたたかさが


じんわりと広がっていくようです


このあたたかさ以外、何もいらない……


そんな気持ちに満たされてゆきます


旅人様も、同じ思いでいてくださるのですね


あぁ、満たされてゆく……

(声・極近・左・ココまで)


(ささやき声・極近・右・ココから)

満たされてゆく……

(ささやき声・極近・右・ココまで)


(ささやき声・極近・左・ココから)

満たされてゆく……

(ささやき声・極近・左・ココまで)


(ささやき声・極近・右・ココから)

ぎゅうぅぅ~

(ささやき声・極近・右・ココまで)


(ささやき声・極近・左・ココから)

ぎゅうぅぅ~

(ささやき声・極近・左・ココまで)


SE:湯の流れる音。フェードアウト

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