第5話 魔物退治~告白

SE:熊の咆哮、威嚇するような唸り声

SE:重い足音


(声・遠・中央・ココから)

ノルン・グリズリー……


熊によく似た魔物ですね


もっとも、凶悪なそのお顔は熊とは似ても似つかないものですが……


旅人様、もっと下がって頂けますか?


どうぞご心配なく


さいわい単体で行動するタイプの魔物ですので


落ち着いてお相手してさしあげれば


そう危険な相手ではありません


……わたくしにとっては

(声・遠・中央・ココまで)


(エコーのかかった声・遠・中央・ココから)

天の御国の我が主よ


聖なる加護を我が両の手に

(エコーのかかった声・遠・中央・ココまで)


(声・遠・中央・ココから)

ふふっ、いかがですか、旅人様?


わたくしの両手が魔力の輝きを宿したのが


分かりますか?


では――参ります!


SE:地を蹴る音

SE:打撃音

はっ! やあっ! はあっ!


SE:熊の手が風を切る音

そんな大振りな攻撃、当たりません!


ふぅ、耐久力だけはなかなかありますね


ならば、とっておきをお見舞いしてさしあげます!


はぁぁぁぁぁ~


我が拳よ、貫きなさいッ!


SE:強烈な打撃音

SE:熊の巨体がどさりと倒れる音

ふぅ……


この者の魂に安らかな眠りがもたらされるよう


主よ、憐れみたまえ

(声・遠・中央・ココまで)


SE:足音

(声・近・中央・ココから)

……お待たせいたしました


お怪我はありませんか、旅人様?


ええ、わたくしは平気です


えっ、ちょっと……!

(声・近・中央・ココまで)


(旅人、エレアスを抱きしめる)

(声・極近・右・ココから)

し、「心配した」ですか?


わたくしのことを?


そ、それはとてもありがたく嬉しいのですが……


あまり近くに寄られますと、その……


えっと……


わたくし、魔物の匂いがしませんか?


なんといいますか、獣臭くありませんか?


激しく動いたあとで汗もかいてますし……


う、ううぅぅ……


「気にならない」ですか?


ほんとですか?


けど……わたくしが、気にするんです


「先ほどのお返し」ですか?


そ、それを言われてしまうと……


で、ではもう少しだけ……


このまま、旅人様に


お身体を預けさせて頂きます

(声・極近・右・ココまで)


(声・極近・左・ココから)

はぁ、温かい……


旅人様の腕の中、ほっといたします


こうしていると、魔物との戦いで


我知らず心がたかぶっていたのが分かります


いまはそれが……


とても安らいでいくのを


自分でも感じます


ですが……


その……


さすがにもうそろそろ、ご勘弁願えないでしょうか?


このままでは、旅人様にまで匂いが移ってしまいます

(声・極近・左・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

はぁ、やっと解放して頂きました


ふふっ、旅人様は魔物などよりもよほど手強いですわね


心配ないと言っておりますのに……


旅人様……


そのご様子ですとわたくしが何者であるか


察しがついたようですね


いえ、ごまかさなくてもいいのです


顔に書いてありますよ


別にわたくしも隠していたわけではありませんので


そうですね、そこの岩場のほうにでも座ってお話しましょうか……


SE:二人の足音

お察しのとおり


わたくしはかつて


この世界の平和を脅かす魔王を討伐した


勇者パーティーの一員でした


魔力を両手に集め拳で戦う武闘派聖女……


旅人様も聞いたことがあるのですね


ええ、いかにも、それがわたくしです


“武闘派”などと詩人たちに呼ばれるのは


少々心外ではありますが……


別にわたくしも好きこのんで


この戦い方を身につけたわけではないというのに……


話を元に戻しましょう


世界の英雄と呼ばれたわたくしが


なぜ森の中でひとり暮らしているのか


当然の疑問ですね


そうですね……


失恋の痛手を癒すため


とでも言っておきましょうか


ふふっ、ごまかしてるのではありませんよ


半分くらいはほんとのことです


魔王討伐の旅をしているあいだ……


わたくしはみなさまから勇者と呼ばれる殿方に恋をしました


と言っても、聖女として


異性との恋愛を禁じられて育ったわたくしが


そのことを自覚するまでには


随分と時間がかかりました


かかり過ぎたのです……


当時のわたくしは


神殿の外の事は右も左も分からない子どもだったのです


パーティーの中でも、わたくしは最年少でしたし……


世界に平和がもたらされたのち


勇者様は故郷の町の女性と結ばれました


……いえ、恨む気持ちはございません


結局、わたくしは告白どころか態度の一つにも出さず


恋心をお伝えできなかったのですから


あの方が何も気づかれなかったとしても無理はありません


ですが、幸せそうに暮らすあの人のおそばにいるのは


わたくしには苦痛でした


神殿に戻っても世界を救った聖女として祀り上げられ


心が休まるひまもありませんでした


ですので、誰もわたくしのことを知らない場所


いっそ周りに人もいない森の中で暮らそうと


そう決めたのです


ふふっ、退屈なお話でしたでしょう?


誰かに手ひどい目に合わされたわけでもない


誰かが悪いわけでもない


わたくしのただの勝手な思い込み


世界を救った英雄だ


稀代の聖女だ、などと祭り上げられていても


実際のわたくしはこのようなひねくれ者なのです


これではとても、詩人の歌の題材にはなりませんね


ですのでわたくしの登場する物語は


世界を救ったその日でおしまい


それで良いのです

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・右・ココから)

えっ……


「よく分かる」と


そうおっしゃって頂けるのですか


ほんとに?


いえ、疑っているわけではありません


あなたの目を見れば


取りつくろって言ってくださったのではないことくらい


よく分かります


聖女と呼ばれ世界を救い……


多くの人の純粋な願いを見届け


よこしまな思いも同じくらい感じつづけていたせいでしょうか


これでも、人を見る目はあるつもりです


けど、そのように誰かに心から理解してもらえたのは


(涙声になって)

初めてのことで、わたくし……


うっ、うう……

(声・極近・右・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

すみません、取り乱してしまって


ええ、もう平気です……


ですが、胸の内に満ちた温かな思いは……


まだずっと続いています


旅人様……


あなた様に出会えてほんとに良かった


世界を救ったあの日から


わたくしの一生はもう終わってしまったのと同然だと


今日まで思っておりました


けど、今この時、はっきりと感じております


生きていて良かった、と


訪れる人もない森の中


今日まで生きていたのは


あなた様に出会うためだったのだ、と


旅人様……


薬草取りなどいつでもできます


もしお身体が平気そうでしたら


もう少しだけわたくしにお付き合い頂けますか


ご案内したいところが一つあるのです


ええ、ありがとうございます

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・左・ココから)

「どんなところか」と?


ふふっ、たどり着くまでの秘密です


わたくしも誰かをあの場にご案内するのは


初めてのことですので……


少しもったいつけさせて頂きます


ふふふふっ


どうか、楽しみにしていてください

(声・極近・左・ココまで)


SE:二人の足音。少しずつ遠ざかりフェードアウト

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