第7話 ランチ

 昼過ぎのオムライス専門店はかなり混んでいた。


「予約入れとくよ」


 俺は入口に置かれた呼び出しメモに自分の名前を記入する。由奈はそれを見て嬉しそうに笑った。


「下手な字だね」


「嫌味か?」


「うううん、その文字を見ると安心するよ」


「えっ!? 俺の文字を見たことがあるのか?」


「分かんない」


「なんだそりゃ」


「でもね」


 由奈は俺の字を指先でなぞる。


「何故かね、たっくんの字を見ると安心するんだ」


 本当に俺と由奈に関わりがあったのだろうか。いくら考えても、身に覚えがなかった。でも、たまに浮かぶこの気持ちはなんだろう。知らないはずなのに、何故だか懐かしかった。


「お嬢さん、あなたどこかで見たことあったような。誰だっけ……ここまで出てるんだけどね!?」


 目の前の椅子に座った初老の女性がメガネをずらして由奈をじっと見た。


「誰だったかなあ」


「由奈のこと知ってるのですか?」


 隣の由奈も目をキラキラさせて見た。もしかしたら、由奈はこの老婆と知り合いだったのだろうか。老婆は暫く考えたのち……。


「ごめんなさいね、この歳になると何も思い出せなくてねえ」


 他人の空似と言うこともあるだろう。由奈ほど綺麗なら、かなり印象に残るから勘違いも起こり得る。


 意外に似ても似つかなかったりなんて、普通にありそうだ。


「二番の狭川様、お席にご案内致します」


「はいはい、じゃあね」


 老婆は手を振りながら店員に呼ばれて店内に入って行く。暫くすると俺たちも呼ばれた。


「えへへへへっ、デートだね」


「デートじゃねえけどなあ」


「ええーーっ」


 由奈は少し不満そうに、それでも凄く嬉しそうに水を飲み、メニューを見た。


「どれを頼んだらいい?」


「なんでもいいぞ、好きなの頼めよ」


「うーん!?」


 由奈は唸りながら数分間悩みに悩んだ。


「じゃあ、これでお願いします」


 そして、ひとつのオムライスを指差した。


「おい、定番じゃねえかよ」


「だってケチャップ好きなんだもん」


 由奈は頬を膨らませた。初めは冷たいイメージが強かったが、こうして見るととても可愛いかった。なんか由奈はチワワみたいだ。構ってくれないと死んでしまいそうな……。


 俺は和風おろしオムライスにした。定番のケチャップオムライスも好きだが、俺は醤油味の方が好きだった。


 暫くすると女性店員が二人分のオムライスを持ってきて、ケチャップオムライスを由奈の前に和風おろしオムライスを俺の前に置いた。


「ご注文はお揃いになりましたでしょうか」


「はい」


 女性店員はそれだけ言うと厨房に入った。目の前の由奈をじっと見ると、さっきから俺とオムライスの間を行ったり来たりしている。


「ゆーなぁ」


「はい!?」


 幸せそうに自分の目の前に置かれたケチャップオムライスを見つめる由奈。


「食べていいぞ」


 なんかその表情が嬉しくて、俺は思わずそう言った。


「はっ、はい!!」


 由奈はスプーンでオムライスをひとすくいすると口の中に入れる。


「おいしいです」


 本当に幸せそうにそう言って笑った。可愛いな、幽霊なのにその表情に見惚れてしまう。


「たっくんも食べてくださいね」


 俺も自分のオムライスをひとすくいして食べた。うん、この醤油と大根おろしがオムライスの卵とちょうど合う。


「おいしいですか?」


「うん、凄くうまいよ」


「じゃあ、取り替えっこ」


 由奈が自分のオムライスをスプーンに載せて、俺の目の前に出す。


「わたしも、たっくんの食べたいから、わたしのも食べてください」


「……え? えっ、と」


 いや、今までの地味な格好でも破壊力が凄かったのに、青のワンピースを着た由奈が眩しすぎた。しかも、それって間接キス……。


「いやぁ、いいよいいよ」


 俺は慌てて取り繕う。そんなことしたら、近くにいる客に殺されそうだ。


 気づけば由奈と俺に全カップルの視線が集まっていた。由奈は気がついてないのだろうか。


 カップルの男からの由奈への好意の視線とそれを見た女からの嫉妬の視線。声には出さないが、恐らく由奈はこの瞬間、この世の誰よりも注目の的になっていた。


 そういや、由奈はどこへ行っても注目の的だよな。こんなに可愛いのに幽霊だなんて、なんて勿体無いんだ。


「そうですか……」


 無茶苦茶、残念そうにスプーンに載ったケチャップオムライスをゆっくりと戻して由奈は食べた。


 なんか罪悪感で一杯になる。


「いや、別に食べるのが嫌とかじゃないからな」


 俺は慌てて言い訳をしてしまった。


「そうなのですか? では……」


「俺たち、まだ知り合ったばかりで、そのさ、まだそう言うの早いと言うか」


 俺は思わず頭をかいた。


「わたしはたっくんとは会ったばかりですか? それじゃ仕方ありませんね」


 そう言いながら、本当に残念そうにケチャップオムライスを食べる。


「あのさ、ここの方、俺食べてないから、食べてみろよ。このオムライス美味しいからさ」


「いいのですか!!」


 悲しそうだった表情がパッと明るくなる。


 由奈は俺のオムライスを少し取って食べた。


「こっちも変わってて美味しいですね」


「そっか、分かるか」


 邪道と言われてもいい。俺はこのオムライスが好きだった。


「うん、たっくんの好きなものは由奈の好きなものですから……」


 そう言うことを真顔で言わないで欲しい。俺、この先長くないよ、きっとさ……。


 男たちの視線は俺を呪い殺すのではと言う勢いで睨みつけていた。


 オムライス専門店の店内は由奈と俺の周りだけのほほんとしてるが、その周りは殺伐とした光景が繰り広げられていた。


 あのさ、由奈さん気がついてよ、本当にね。


 それにしても幽霊なんだよな。普通の女の子のように服を選んで、ご飯食べて、にっこり微笑む由奈を見てると幽霊なのを忘れそうになる。だからこそ、俺は本題から逃げてはいけない。


「あのさ、由奈。これから神社行ってみないか?」


「神社ですか!?」


 俺は由奈の不安そうな表情が少しだけ気になり、思わず言った。


「お祓いするんじゃないからな!!」

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