第6話 ファッションショー その2

「これとこれとこれなんか、どうでしょうか?」


 店員さんが嬉しそうに試着室に衣装を運ぶ。俺はそれをぼーっと見ていた。それにしても、由奈は何も覚えてないのだろうか。自分のことをあまり語らないが、完全に何も知らないようではなさそうだった。


「たっくーん!!」


 試着室から黄色い声が俺を呼ぶ。手を大きくブンブンと振っていた。


「彼氏さん、この服なんてどうですか?」


 たくさんのお客さんの声にならない声が聞こえてくる。何故、隣にいるのがお前なんだ、と。分かる、分かるよ。俺もこの光景を見たら、絶対にそう思う。


 由奈は服装がダサかった時から、綺麗だったが、今風の服を着ると、凄い破壊力だった。


「服、似合いますか?」


 俺の側にパタパタと走ってきて、俺の前でくるっと回った。


「そうだな。にっ、似合ってるよ」


 やべえよ、これはまじか。これじゃあ幽霊じゃなくて天使だ。


「良かった。じゃあ1点目はこれにしますね」


 ニコッと笑って試着室に戻り、店員の方に着ていた服を手渡した。


「これ、お願いします」


 大きく頭を下げて、店員から次の服を受け取り試着室に戻る。


「彼女さんは、可愛いから選びがいがあります」


 店員さんはそう言って微笑んだ。彼女かどうかはさておき、確かに絵になるな。


「これなんか、どうですか?」


 試着室から出てきた由奈は俺の前で、またポーズを取った。いや、それはまずいだろ。膝上10センチの黒のタイトスカートに夏らしい可愛い青のシャツだ。太ももと胸の谷間の露出がやばい。襲われたらどうするんだよ。


「却下だ!」


「えーっ、なんでですか?」


「露出度が高すぎる」


「えーっ!!」


「彼氏さん、考え方古いですよ。この服は今なら普通ですって」


「普通だって」


 由奈がおうむ返しに店員の言葉を復唱する。


「ダメだダメだダメだ」


 どう思われたっていい。その衣装だけは認められない。その服じゃ水着で歩くのと変わらん。俺の言葉を聞いた店員さんは由奈に近づいて耳打ちした。


「分かったよ、じゃあ別の選ぶね」


 そうして、また店員さんから服を受け取って試着室に走って行く。その後もファッションショーは続き、俺が最終的に十着から三着に絞った。その三着を選んだ理由は露出度が他より高くなかったからだ。


 由奈はそうして選ばれた三着をレジに持って行こうとする。あれ、おかしいな。買い物カゴには選んでない服が入っていた。


「おい、これはダメと言ったはずだ」


「絶対譲れません!!」


 由奈は二着目に着た服がとても気に入ったのか、俺がダメと言ったにも関わらず買い物カゴに入れていた。


「たっくんがお金出すので、どうしてもと言うならば、諦めますが……」


 寂しそうに上目遣いをする由奈。本当に欲しいんだな。衣装を見る目が他の衣装と全く違った。


「分かった、分かった。じゃあ、それも入れていいぞ」


「ね、わたしの言った通りでしょ」


 店員さんが誇らしげにしている。やっぱり、お前のせいかよ。


「本当だよ。ありがとう店員さん、そして、たっくん大好き!」


 由奈は俺にピトッと抱きつく。その瞬間、店内の客の視線が俺に集中する。だから、辞めてくれって……。俺は逃げるように由奈の手を取って外に出た。


「ありがとうございました」


 店員さんの声を後ろに聞きながら、俺は洋服売り場を後にする。由奈は今までの地味な服から買ったばかりの水色のワンピースに着替えていた。


「あの、重くないですか?」


「大丈夫だ。荷物を持つのは男の仕事だからな」


「そんなもんですか?」


「そんなもんだ」


 それにしても良かった。店には下着なども置いてたから、それも含めてまとめて買うことができた。これで下着専門コーナーに行けと言われたら、途方に暮れるところだった。


「で、これからどうするか?」


 俺が由奈を見ると由奈の視線は、目の前の水着コーナーをじっと見ていた。


「水着も選んで行くか」


「えっ? いいんですか」


 正直、プールに行くことあるだろうしな。


「適当に選んでいいよ」


「たっくん、ありがとう!!」


 頭を思い切り下げると由奈は水着コーナーに入って行く。


「お客様、これなんかどうでしょうか?」


「たっくん、どうでしょう?」


「却下だ!!」


「えー、可愛いのに」


 手に持っていたのは、かなり露出度の高いビキニだ。確かに可愛いと思うが、これでは由奈の肢体が集団に晒されることになる。


「それより、これなんかどうだ?」


 俺は露出度の抑えられた競泳水着のような水着を由奈に渡そうとする。


「えーーっ、こっちの方が可愛いですよ。店員さんはどう思いますか?」


「彼氏さんはきっと彼女さんの身体を見られるのに嫉妬してるんですよ」


 店員さんがうふふふと笑って俺を見た。


「そうですよ、ねっ」


「そうなのですか?」


 由奈は俺をキョトンとした表情で見てくる。


「いや、まあ……なあ」


 俺は髪の毛をぽりぽりとかいて誤魔化す。


「考え方が古いですよ!」


 店員さんが人差し指を俺に向けて意見してくる。


「この水着、彼女さんには絶対似合います」


「たっくん、どうかな?」


「試着してから決めたらどうでしょう?」


 結局、店員さんに押し切られる形で由奈は試着室に入り、暫くゴソゴソとしてる音が聞こえた。俺は内心ドキドキしながら、由奈が試着室から出てくるのを待つ。


「どっ、どうでしょうか」


 おずおずとした表情で数分後、試着室から出てくる由奈。


「ああっ」


 俺は思わず見惚れてしまった。これはヤバすぎるよ。由奈はまじで地上に舞い降りた天使だ。


 ピンクのビキニが大きな胸を際立たせる。素足が眩しくて、パンツのラインがヤバい。こんな格好を見せられて、俺は平静を装えるんだろうか。


「これで、いいかな?」


 由奈さん、上目遣いがヤバすぎるよ。俺はたった一言……。


「ああ」


 とだけ返事をした。何も考えられなかった。ただただ、由奈に魅了されていた。


「ありがとうございました!」


「疲れた……」


「それじゃあ、このまま帰ります?」


 今日は休みだし、バイトも入れてないから、これから自由だ。疲れたから家で寝ると言う選択肢もあるが……。


「飯でも食って行くか?」


「いいのですか?」


「食べれるのか?」


「大丈夫です!! お腹も減りますし!!」


 何故幽霊がお腹が減るのか。そう言うツッコミをしたくなるが、それ以前の問題なので、これは考えないことにする。


 モールの案内パンフレットを由奈に渡し、由奈の好みを聞いてみた。


「何が食べたい?」


「たっくんが食べたいもの」


「何か食べたいものないのかよ!」


「なんでもいいですよ」


 俺は案内パンフレットから、オムライス専門店を選んだ。

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