第15話  甲首

 乙津川の合戦にて大勝利を収めた妙林はその後、皆を鶴崎に引き上げさせ、一部の者だけ連れて、主君・大友宗麟と自身の息子・吉岡統増のいる丹生島城を目指した。


 丹生島城もまた鶴崎と同じく女子供まで防戦に当たる厳しい状況であったが、息子の統増の奮闘に加え、用意していた仏郎機フランキ砲が功を奏し、守り抜くことに成功していた。


 ようやく島津勢が引き上げたところへ、鶴崎から妙林が駆け付けてきたのだ。



「母上! ご無事でありましたか!」



 母の無事な姿に統増は安堵した。互いにしっかりと手を握り、それぞれの無事を喜んだ。


 今生相見えることなしと思っていただけに、親子の再会はいかなる珠玉にも勝るものであった。



「おお、統増や、大殿に従って、随分な活躍をしたとか。父も、御爺様もお喜びでしょう。よくぞ武門の誉れを通しました。母として嬉しく思います」



「いえいえ、自分の働きなどまだまだでございますよ」



 笑顔を交わす母子ではあるが、その笑顔の裏で、おびただしい数の死体を作り上げていたことは、それぞれも察していた。


 そこへ、宗麟が姿を現した。主君の登場に、二人は恭しく頭を下げた。



「おお、妙林か。久しいな」



「宗麟公も御無事で何よりにございました」



「うむ。汝ら親子の働き、見事であった! 事が落ち着いた暁には、手厚く労を報いる事を約そう」



 耳川での合戦以来、負けに負けが込んでいただけに、久方ぶりの勝利に宗麟もまた気を良くしていた。


 無論、領内での戦であったため、荒らされた田畑や街並みを取り戻すのには苦労するであろうが、それでも今は生き残ったことを喜びたい。


 宗麟の笑みはそれを如実に示していた。



「ああ、そうでした、宗麟公、お土産がございます」



 妙林が後ろを振り向くと、荷車を引いていた与兵衛が進み出てた。そして、荷車を覆っていた布を取り除き中身を見せると、そこには、首、首、首。


 文字通り、首が山と積まれていた。


 これには、さすがの歴戦の猛者達も引いた。



「み、妙林、これはなんだ?」



 あまりにも予想外過ぎる土産に、宗麟もまた、目を丸くした。隣にいた統増も同様である。


 妙林はそのうちの一つの頬をペチッと叩き、にこやかな笑みと共に答えた。



「私めが討ち取りました甲首かぶとくび、全部で六十三ございます。どうぞ、側に来て御改め下さいませ」



 サラッと言ってのける妙林に、宗麟も、統増も引いた。


 首実験は勝者の愉悦にして、総大将の義務であるが、それを女性が催促してきたのだ。しかも荷車に山と積んで。


 そして、主君と息子はただただこう思った。


 “怖い”、と。



              ~ 終 ~

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