第12話  引き揚げ

 年が明けて正月を迎えることとなった。その間、情勢は大きく動いた。


 豊後国から瀬戸内の海を挟んだ反対側、今や日本の中心となった大坂にて、関白となった豊臣秀吉とよとみひでよしが全国の大名に対して号令を発した。



「島津を征伐し、九州の乱を鎮める!」



 年賀の席にて公にされ、ニ十万もの大軍勢を島津の征伐のため、九州に向かわせるとしたのだ。

 

 元々、島津に圧されて危地に陥った大友は、秀吉に助けを求めていた。これに対し、秀吉は島津に、薩摩、大隅、日向の三国は領有を認めるが、他は諦めろと警告を発していた。


 しかし、島津はこの警告を無視した。豊後・大友家を耳川の戦いてに大打撃を与え、肥前・龍造寺家も沖田畷の戦いで破り、これを傘下に収めていた。


 今、島津家による九州の統一は目前であり、それをいきなりの横槍から三国のみの領有を認めるなどとは、到底容認できるものでなかったのだ。


 いっそ、勢いのままに九州を完全制圧し、以て上方からの豊臣軍を迎え撃とうとしたのだ。


 だが、ここで島津方に狂いが生じた。


 北九州に僅かに残った大友の勢力圏である宝満城と立花山城にいた高橋紹運たかはしじょううん立花統虎たちばなむねとらの熾烈な抵抗に遭い、北九州の完全制圧が頓挫してしまったのだ。


 また、大友の本拠地である豊後国に侵攻するも、丹生島城が落とせずにいた。


 そこへ、豊臣軍の先方がいよいよ関門海峡まで迫り、島津方に与する秋月家の小倉城に攻撃を加えてきたのである。


 事ここに至って、島津は九州統一を諦めざるを得なくなった。地勢に暗い外征地で決戦を挑むよりも、地元で戦った方がいいと、一気に戦線を下げることが決定した。


 当然、引き上げの指示は鶴崎に留まる久宜らの下へも届き、帰り支度を始めた。


 荷造りに勤しむ薩摩の兵達を後目に、妙林は久宜に願い出たのであった。



「久宜様、薩摩本国へお帰りになるのだとか。もしよろしければ、我々もお供に加えてはいただけませんでしょうか?」



 久宜にとっては意外な申し出であった。鶴崎は放棄せざるを得ず、このまま自分達が消えてしまえば、城はまた妙林達の手に戻るのだ。それよりも、薩摩に行きたがる理由が見えてこなかった。



「妙林殿、いかなる思案あっての申し出か?」



「はい。我々、鶴崎の者達は、薩摩の方々と睦まじくなってしまいました。もし、このまま薩摩の方々がいなくなりましたら、薩摩の方々と昵懇の仲になっていた我々は、周囲に白い目で見られることでありましょう。何を言われ、何をされるか、知れたものではございません。ならば、いっその事、薩摩まで一緒に参ろうかと考えた次第です」



「なるほど、それは難儀な事よな」



 妙林の話は筋が通っており、久宜も納得した。敵方に通じていたことが知れれば、あとでどのような沙汰が下されるか知れたものではないからだ。


 しかし、薩摩方にはこの申し出を受ける理由はない。女子供の混じる行進など、時間がかかるだけの無駄な労苦だ。


 急ぎ撤退しなくてはならない状況にあって、お荷物を抱えるなどバカのすることであった。


 しかし、この薩摩勢はバカであった。いや、バカに“仕立て上げられて”いたのだ。



「うむ、よかろう。そういう事情であらば、致し方あるまい。妙林殿らを残しておくのは、心苦しいと考えていたのだ。一緒に薩摩へ向かおう。皆も異論はあるか?」



 久宜の問いかけに、誰も異議を挟まなかった。なにしろ、開城してからというもの、何かに理由を付けては宴を開き、酒を飲んでは女を抱いてきた日々を過ごし、すっかり骨抜きになっていたのだ。


 中には夫婦のように睦まじい連れ合いもおり、逆に鶴崎に残りかねない勢いの者までいたほどだ。


 兵の士気を考えても、連れて帰った方がいいかもしれない。そんな思いが、この判断を下したのだ。



「ああ、薩摩の方々にはなんとお礼申し上げてよいか。ささ、今宵は鶴崎で過ごす最後の夜となりましょう。荷造りができました方から、今日は存分に飲み明かしましょう」



 妙林の申し出に、薩摩兵は歓声を上げた。さあ、今宵も宴だぞ、と。


 当然、その夜も盛り上がった。酒に、踊りに、誰しもが酔いしれた。


 あるいは、二人きりの逢瀬を楽しむべく、一組、二組と宴の席から出ていく者達もちらほらと見受けられた。


 その日の酒席が最後の晩餐になるとも知らず。



             ~ 第十三話に続く ~

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