第10話  歓待

 久宜は警戒していた。鶴崎城に籠る者達が限界なのは察していた。


 ゆえに、わざわざ開城交渉の使者を送って来るということは、すでに城内は死傷者で溢れたか、あるいは武器か食料などの物資が底を突いたかしか考えられなかったからだ。


 それでも、城内に招き入れて謀殺することも考えられた。


 そこで、まず先行して数百名、城内に入城させ、妙な仕掛けや伏兵がいないかを調べさせ、安全が確認されてから城内へと入って行った。


 そこからは警戒していたのが馬鹿らしくなるほどに、大いに歓待された。


 先程まで刃を交えて殺し合っていたのが、嘘か幻かと思うほどにもてなされた。酒や料理が山と積まれ、女達は着飾り、笑顔でお酌をして、舞いを披露する。


 つい前日まで鉄砲を握っていたとは思えぬ姿だ。


 また、薩摩勢の将たる三人には、妙林が付きっ切りで酌をして、あらん限りのおべっかを使い、時にわざとらしいほどに衣をはだけさせ、三人を“虜”にした。


 妙林の衣が乱れるほどに、三人の心もまた皴が走るがごとく、隙を晒していった。


 だが、妙林は動かない。ここで三人を殺しても、残った薩摩兵に反撃を受けて、城内皆殺しとなる。


 そう、一撃ですべてを葬れる機会を探らねばならなかった。今はその時ではない。屈辱と殺意の逸る気持ちを抑えつつ、妙林は酌を続けた。


 そして、切り出した。



「ときに、久宜様、是非お耳に入れたい提案がございますのですが?」



「おおう、なんじゃなんじゃ、聞こう」



 久宜はすでに酒に酔っていた。そして、その手は妙林の尻を撫で回していた。衣越しにその手の感触が伝わり、ゾワリと湧き立つおぞましさと殺意を抑えるのに、妙林は必死にならざるを得なかった。


 そのまま手に持つ酒瓶を振り下ろしてしまいたい衝動に駆られるが、今はまだ我慢の時だ。そう言い聞かせて、艶やかな笑みと共に、妙林は久宜を見つめた。 



「はい、すでに師走も終わろうとしている時期にございます。もし、お急ぎでなければ、このまま鶴崎の地で、正月を迎えられてはいかがかと」


 檻に入れた獲物を逃がすわけにはいかない。なるべく長く逗留してもらう必要があるのだ。


 そう、隠した刃が首を断ち切るその瞬間までは、居座る理由を作り、立ち去る理由を作らせない。笑顔と酒精で覆い隠した殺意を成就するまでは、決して逃がしてなるものか。


 その想いを悟らせまいと、妙林も必死であった。



「おお、そうか。もうそんな時期になるのか。重政、文綱、どうしようかのう?」



 久宜が左右に座る副将二人に尋ねた。もちろん、この二人も酒を勧められるままに飲んでおり、すでに出来上がっていた。



「そうですな。すでに城は落ちておりますし、連日の攻撃で兵も疲れております。しばし正月までは休養しても良いのではないでしょうか?」



「それがよい。今無理に出立して、冬の野外で正月を迎えても士気が下がりましょう。英気を養うのがよいかと存じます」


 二人とも逗留に賛成。妙林は嬉しさのあまり、危うく殺気を放ちかけたが、酒を注いでごまかした。どのみち、三人とも酔っていて鈍くなっていた。



「うむ。では、妙林殿の言葉に甘えて、今しばらく鶴崎に留まることにしよう。府内にいる家久様に使い番を出して、指示を仰ぐのは忘れないようにな」


 これで逗留は決まった。そして、薩摩勢を死の淵に追い落とす準備もまた、一つ進んだ。


 妙林はまた笑顔でお酌を続けたが、その顔の裏側には身の毛もよだつ恐ろしい策を秘めていた。


そんな事など露知らず、三将は勧められるままに酒を煽るのであった。



              ~ 第十一話に続く ~

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