第3話  老兵

 皆への鼓舞も功を奏し、不安に駆られる人々もひとまずは平静を取り戻した。


 実際のところ、最も強い焦燥感を抱いていたのは妙林自身であったが、今は亡き義父や夫のために奮起して領地を守り、我が子の帰る家を用意しておかなくてはという想いの方が勝った。


 だが、問題はこれからであった。


 なにしろ、攻め手は勇猛果敢にして盛況を誇る薩摩隼人さつまはやと兵子へごであり、迎え撃つのは自分もそうだが女子供と老人ばかりなのだ。


 まともにぶつかれば負けは必至。いかに高い士気を維持しつつ、相手に制圧を諦めさせるのか、それを考えねばならなかった。 



「お見事でございますぞ、妙林様」



 鎧甲冑に身を包む一人の老人が話しかけてきた。



「与兵衛、あなたはもう八十も近いというのに」



「なんのなんの。亡き大殿と共に数多戦場を駆け巡って来たのを思い出しますわい。この老骨めの、最後の御奉公と思って張り切っておりますぞ」



 与兵衛だけではない。他にも甲冑をまとう老人が何人もいる。妙林にはよく見知った顔ばかりだ。皆、義父の馬回りを務めた者達であり、戦国の世にあってここまで齢を重ねた古強者ばかりだ。


 古すぎるかも、とは思っても口にはすまい。止めたところで、絶対に前に出てくるのだから。



「それで、準備の方は?」



「整ってございます。ヘッヘッ、薩摩の阿呆共がこの城を見て、慌てふためくのが今から楽しみですわい。まあ、この老いぼれの采配、見ていて下され」



 とても老人とは思えぬ、活き活きとした声に妙林は安堵した。少なくとも表面的には、安堵しておかねばならない。


 今この場において、総大将は紛れもなく自分なのだ。自分の不安がそのまま配下の者や、あるいは領民に伝わっていく。ゆえに、無様は晒せぬ。義父の名を、夫の名を、貶めるわけにはいかなかった。



「おそらく敵は、城の東にある白滝山に陣を構え、こちらを窺うことでしょう」



 与兵衛は城の東にある小山を指さした。



「まあ、勝手に布陣させてやりましょう。この城の“仕掛け”を見ていただくには、あそこが最適にございますからな」



 自信満々に説明する与兵衛に、妙林はいちいち頷いて聴き入った。そして、確信した。



「勝ち目は十分にありますわね」



「はい、いかにも」



「なれば、皆の者、薩摩の者共がやって来ましたら、存分に歓待して差し上げなさい!」



 妙林の呼びかけに応じ、誰も彼もが再び気勢を上げた。来るなら来い、そう言いたげな雰囲気だ。士気は高く、これさえ維持できれば、城が落ちることはない。


 島津が諦めるのが先か、あるいは、こちらが倒れるのが先か、時間との勝負だ。


 なにしろ、間もなく年を跨ごうかという時期が訪れる。冬場の布陣は過酷であり、長居するには不向きであるからだ。


 さあ踏ん張りどころだと、妙林は一層気合を入れて備に勤しむ城の各所を見て回った。




             ~ 第四話に続く ~

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