三の六 茂治 八月一日

 西洋人の男と派手な格好の女の陰に隠れるようにしてこちらを見ている、東洋と西洋のハーフのような顔立ちの少年が、ルーファス・ウォンの言っていたターゲットであろうと、茂治は直感でわかった。

 少年は何か特別な能力を持っているのだという。

 その少年を捕らえろと、気障なあの男は言った。それが、巫女様のご意思にも沿う仕事なのだと言った。

 茂治が軽く両腕を広げると、烈日の光によって描かれた彼の影から、十数本もの人の腕のような形をした細長い触手が、その長い体をうねらせながら、鎌首をもたげるようにして湧き出てくる。

 三人は、何だあれはとか、逃げようとか、そんなようなことを英語で何か話しているのだが、英語の成績はなんとか平均点を取るのが精いっぱいの茂治には、雰囲気でしか伝わってはこないのだった。

 軽い威嚇のつもりで、茂治は、触手の一本を派手な女に向けて放った。女はそれをすんでで避けたが、大きく避けすぎて脇の土手から滑って田んぼに落ちそうになった。それを、中年の男が腕をつかんで引き留めた。

 追い打ちを打つようにして、さらにもう一本、茂治は触手を飛ばした。

 先端の指状のものが捕食動物が顎を開けるようにひらき、男の首をつかんだ。先に放っていた一本は、女の胴に巻きつけて動きを封じた。

 男と女を、道の両側に押し倒して、標的の少年に向けて、数本の触手を放った。

 しかし、団子のように体を丸めた少年の体からとつじょ白い光が煌めき、数本の触手がはじかれて、苦しむようにもがいた。その光はさらにふたりを緊縛している触手さえも、弾き飛ばした。

 そんな能力を見たことがないという風に、男も女も、少年でさえもあっけにとられている。

 むっとしながらも、茂治は、さらに触手を彼らに伸ばした。

 するとそこへ、道の向こうから、白い夏用セーラー服を着たショートカットの女子高校生が走り込んで来て、地面にひざまずいている格好の少年を飛び越して、触手を殴り飛ばし、蹴り飛ばした。

「茂治君、君、ちょっとおかしいよ」ヨンジャは、肩をいからせて茂治に言うのだった。

「あらわれたな、お邪魔虫め」茂治は嘲弄するように言った。「またこないだみたいに、やっつけてやるよ、西鈴子さん」

 彼女はぎりぎりと歯噛みしているようであった。

「あなた達は逃げて」

 ヨンジャが後ろにかばった三人は、派手な女の通訳を聞いて、立ちあがった。

 四十半ばくらいの男は、少女ひとりを置いて逃げるのに躊躇する様子であったが、少年が何かを言うと、ヨンジャに礼を言って、三人は走って逃走しはじめた。

 茂治が、のがさじと何本もの触手を伸ばす。

 ヨンジャがそれをパンチとキックで撃退する。ヨンジャの放つ衝撃波が触手にぶつかって、ぱんぱんと小気味よい音を立て、音が水田の稲穂にとどろき渡るたび、触手の先端が消滅していくのだった。

「くっそ」

 今度は茂治が歯噛みをした。先日の一戦よりも、彼女は戦闘力をあげているような気がした。

 が、前方からの攻撃にヨンジャが集中している間に、背後に回らせた触手を彼女の首に巻きつけた。巻きつけた触手を空に伸ばし、彼女を軽くつりあげた。彼女はつま先立ちになって、必死にもがいている

「命までは取りはしない。二度と僕の前に現れるな」

 茂治の全身を快楽のような震えが走った。以前茂治を助け、意味不明な言葉で彼をののしった彼女が、今茂治の力に屈しようとしている。

 茂治は笑った。すでに、標的の少年は逃げてしまったが、またいつか、触手達が茂治を導いてくれるだろう。

 が……、ヨンジャは首を絞める触手を両手でつかむと、密着したそこに衝撃波を放った。首を絞めていた触手が、霧散するように消えていく。

 地面に飛び降りたヨンジャは、そのまま衝撃波の力を使って茂治に向かって跳ねた。

「この大馬鹿者デバボ!」

 叫びつつ、跳んでくる勢いのまま、茂治の頬をぶん殴った。

 茂治の体がよじれ、フードがはがれ、数メートルも後ろによろめいて、腰が抜けたようにして崩れ落ちた。

 茫然の態で、茂治はヨンジャを見つめた。

 いったい何が起きたのだろう。確実に勝ったと思った直後に、自分は地面に尻をついて転がっている。

 ヨンジャはふんとひとつ鼻を鳴らして、くるりときびすを返すと足早に去って行った。

 彼女の後ろ姿が線路の土手に開いた通路の向こうに消えても、茂治は気持ちの整理がつかないでいた。自分の惨めな姿を認めることができないでいた。

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