第8項

「自分は頑張っている。自分はよくやっている。」

そう言い聞かせる。


社会には羨むような人がたくさんいる。


超高層マンションで何不自由なく豊かに暮らす人。

自身の才能を開花させ、思いのままに人生を謳歌している人。

そして、色とりどりのマフラーを持つ人。


「自分とは持って生まれたものが違う。別の生き物だ」


そう言って自分の気持ちを落ち着ける、なだめる。

目を背けることで自分を保つ。


慎ましい暮らしですら、維持することが難しいこの時代。

自分の心に正直に生きられていないが、衣食住に苦労しないで暮らせている。


「よくやれている方だ。」

再び、自分にそう言い聞かせる。


上を見ればきりがないが、底もまた見えない。

自分は相対的な座標で、その時々の比較対象で上下する。

絶対的な座標に存在する点ではない。


ふいに自分の世界がモノクロに包まれていることに気づき、

色を取り戻すような感覚に包まれるが、

長く続くことなく結局は日々の灰にまみれていく。


変わりたい、そう願えど何をしていいのかわからない。

自分に何ができるのかわからない。


もがけばもがくほど、思い知らされる現実。

座標に絶対性をもたせられない無力感。


太陽が西へ傾く頃、帰路につく。

途方もなく伸びる影に自分の姿を見つけられずにいた。

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