第6話 家で友達と
下校中、氷織はずっと僕の先を歩いていたはずなのに、僕の家にしっかりと到着した。
なんでだ?
「お、お邪魔……します」
今更だけど、女の子を家に上げるって緊張するかも。
「金曜日は特に親が帰ってくるの遅いから、好きに上がっていい……ってはやっ。なんで僕の部屋の場所知ってんの!?」
氷織は遠慮がちな声とは裏腹に、自然な足取りで階段を登っていき、僕の部屋のドアを開けていった。
「つきくんの……匂い……した」
「もうそれただの変態だよ」
普通の一軒家だし、二階に部屋があることくらいはまぁ少し考えれば予想できるかもしれないし、たぶんそういう感じだよねうん。
「少しだけ……血の匂いも……?」
「んなわけあるか。ファンタジーの戦士かお前」
ここ数年リスカなんかしてないし、リスカ程度で匂いなんかつくわけない。
どんな嗅覚してんだ。
僕も一回くらい言ってみたいね。……血の匂い、貴様今まで何人斬ってきた?みたいなの。
ふ……僕が斬るのは己の手首だけさ……っつってね。
だせー。
「つきくん……この机の上で……してたの?」
「の、ノーコメント。ていうか変な濁し方すんな」
確かに昔はそこでリスカしてたこともあったかもしれないけど……当てずっぽうに決まってる。
「適当に座っててよ。お茶とか持ってくる」
「……ありがとう」
台所に足を運び、麦茶と適当なお菓子を二人分用意する。深夜の10時から2時にかけたスーパーアニメ鑑賞タイム用のスナックだったが、まぁいいだろう。
部屋に戻ると、氷織は興味深そうに僕の本棚を物色していた。ラノベばっかの本棚を。
「そんな気になる?」
クラスではカフェ巡りとかボウリングが好きだとか言ってたくせに。普通のオタクじゃないか。
「……なる。でも……同じ趣味の友達……いないし。あまちに言ったりしても……多分……嫌われちゃうから……」
「カースト最上位でも、そういうの気になるんだ。君くらいなら大丈夫そうだけどな」
僕は絶対無理だが。
「それでも……怖い」
「ま、確かに。つーか、本当にまるまるクラスとは別人だね。疲れない?」
「疲れる。いつも……心がぐにゃってなって……人がいないと……変なこと……しちゃうの」
「主にリスカとかね」
「つきくんだって……クラスではすごく変。今と違って自信なさげで……いつも、あ、とか、う、とか言ってるよ?」
うるせぇよ。馬鹿にしてんだろお前。
僕だって好きであんなふうになってるわけじゃない。
「でも、前よりは楽しい……の。本当の私で……
一人ぼっちになってたときよりは……」
すごいな。
見た目を変えて、性格を変えて、努力して、心を削りながらでも、成功を掴んでるんだ。
一度失敗して、挫折して、逃げるように今の性格でしか学校で喋れなくなった僕とは大違いだ。
思い出すなぁ。あれもちょうど小学校の自己紹介のときで、その時の僕は……
「ああああああああ」
「……どうしたの……?大丈夫?」
「え?なにが?」
「……ううん。なんでも……ないよ?」
とにかく、あそこまでになるのには想像不能の努力が必要だったことくらい、今の氷織をみていればわかる。
とはいえ、
「僕の前ではがっつり素なんだけどそれは?」
「つきくんに嘘……嫌だよ。君の前で……作った私でいたくないの」
「そのためにわざわざ屋上でも姿変えてたの?」
なんかヒーローみたいでちょっとかっこいいとか思っちゃうけど言わないでおこ。
「気づいて……欲しかったから」
出たな、女子特有の気づいて欲しい。
あれだ、正体隠すヒーローの気づいて欲しくないんだけど気づいて欲しいって気持ちに似ているのかもしれないなこれは。
「でも、嘘の私が良いっていうなら……頑張るよ?」
「ほう。じゃあ試しにやってみて」
「え?」
「やってくれんじゃないの?」
「やれって言われると……思わなかった」
「……」
なんじゃそらと、僕が黙って見ていると、やがて、氷織はアセアセと立ち上がると、目元にピースを当てて見せた。
なんだそのポーズ。
「い、いえーい。み、三咲くん……げ、元気?」
セリフこそそれっぽいが、声のトーン、表情筋の下がり方が一切変わってない。ついでに吃っている。
「ドヘタクソじゃん」
本当に本人なのかと疑いたくなるほどだ。
「うぅ……」
僕が思わず突っ込むと、項垂れるように座り込んで、手首を引っ掻き始めていた。
やめろそれマジで。
一応、僕は無言でその手を弾きつつ、言葉を続ける。
「今日の帰り際、普通に僕に話しかけてきてたくせに」
「一度スイッチ……入れたら、キャラクターに任せるだけ……だから。でも……つきくんと二人のときにスイッチ入れるの........難しいね」
「よくわからんけどそりゃ良かった。僕は今の君のがいいし」
「……本当!?」
何気なくそう言うと、ぐっと氷織が顔を近づけてきた。
「……そりゃ、あんな明るい人とじゃ、僕はまともに喋れる気がしないし」
近い近い。良い匂いとかするから離れろ。
「よかった……」
僕が顔を逸らし耐えていると、いつの間にやら安心したように氷織は僕が用意した茶を啜っていた。
気づけば、その手には先程購入したマホヤミの最新刊が。
「あ、ずるい。僕も読みたいのに」
「じゃあ……早く……隣、おいで」
買ったのは僕なのに、謎の上から目線で
多少気恥ずかしかったが、マホヤミの誘惑には勝てず僕は大人しくそれに従った。
「もう、一ページ進んでるじゃん」
「先に読み終わった方が……ページ……捲れる」
「な、なに……?」
「競争……。早くしないと……置いてっちゃう……よ?」
氷織がほんの少しだけ挑戦的な笑みを浮かべたように見えた。
ならば応えるしかあるまい。
「僕に勝てると思うなよ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
読み終わった方がページをめくる権利を得る。前ページで競争に負けていればページを戻っても構わない。
そんな意味のわからない競争方式でマホヤミの最新刊を最速で読み終えた頃には、日が落ちていた。
お互い勝負と内容に夢中だったために互いの密着度に読み終わってから気づき、今はちょっと気まずい感じである。
見送りのため氷織と共に玄関を出る。
「……今日はありがとう。マホヤミ……おもしろかったね」
そんな氷織の言葉には手放しで同意したいところだったが、僕は少し考え込んでいて、軽い頷きしか返せなかった。
確かにマホヤミを読むという二人の目的は達成した。けれど家で友達と遊ぶというのがこれでよかったのかと考えると、少し不安だ。
氷織はほんとに楽しんでくれたのかな。
「大丈夫……すごく……楽しかったよ。また来週……遊びに来るからね」
「え?」
心を読まれたかのような慰めとも取れる言葉と共に、僕の頭に手を乗せた氷織。
僕が顔を上げた頃にはその手は離れ、見えたのは氷織が帰っていく後ろ姿だけだった。
「定期的に来るつもりなのか……」
やっとできた友達と遊べるのは嬉しいのに、氷織の性格やこれまでの経緯を思うとちょっと疲れそうでめんどくさいような気もした。
でも、友達ってものはそういうものなのかもしれない。
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