第42話 ワールド最強



 俺は千春とヤックルが見ている前で、ティティに敗北した。

 好きな人の前で敗北して気分は最悪だが、これまでも親父との勝負を千春に見られたことはあったし、初めての感情ではない。

 負ける度に思うが、やっぱりむちゃくちゃ悔しいなぁ。


「強いな、ティティ」


 だが、負けたままではいられない。何十戦何百戦何千戦何万戦だってやってやる。

 だけど、それは千春の見ていないところでこなしたい。汗水たらしてムキになっている姿は、彼女に見られたくないのだ。

 俺の感想を受けて、ティティは苦笑しながら「いやいや、蛍もかなりのものだ」と口にする。


「普通は一手か二手で勝負が付く。今回私は『半歩下がる』『攻撃を弾く』『攻撃を躱す』『仕留める』と四手使った。これはスキルを使ったアイツと同等だぞ? ――ところでこの勝負に勝ったら一万円もらえるとかそういうことは……」


「あるわけねぇだろアホ。というか、アイツって誰のことだ?」


「あぁ、それは私と同じニーケリアから来た――「森野蛍ぅうううううっ!」――ん?」


 ティティが決定的な言葉を口にしようとした瞬間、家の方角――家を挟んだ向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。今朝聞いたばかりのような気もする。

 そして、その声の主は家の外周を回って庭にやってきた。

 綺麗な白髪の髪が、汗のせいで額にへばりついている。よほど急いでやってきたのだろう。


「見つけたわよ森野蛍! あ、あのね! 今朝勝負の約束したでしょう? あれ、やっぱり無しにできたりしない!?」


「できません。約束はしっかり守ろうな」


 ひとつひとつの約束を守ることで、信頼を積み重ねていくのです。


「だ、だって明日って外に出られないじゃない! ボスを倒せって言われてもできないんだもん!」


「ボスを倒せなかったらどうするんだっけ?」


 ニヤニヤと下卑た笑みを装備してシェリアを見る。おまわりさんがいたら即掴まりそうだなと思った。


「う、うぅ、げ、下僕になるって言ったけど、あれは明日が休みってことを知らなかったから――ってティティ? あんたここで何してるの? パチンコばかりしてるって噂だけど」


 シェリアはキョトンとした表情で、少し離れた場所にいるギャンブル狂に目を向けた。どうやら慌てすぎて視界に入っていなかったらしい。


「蛍たちのギルドに入ったからな――そういうシェリアは蛍と知り合いか? それに下僕とは――ふむ、なるほど。私はかつての仲間が個性的な性癖を持っていようと気にしないから、存分にやってくれ」


「ち、違うわよ! なに勘違いしてんのあんた!?」


 どうやら、彼女たちは知り合いらしい。いったいどういうつながりなんだろうか?



 下僕云々の話を、シェリアは必死にティティに解説していた。よほど自分が変態に見られたくないらしい。まぁほとんどの人はそうか。

 知り合いらしい彼女たちが話している間、俺は千春たちのもとに行き、掃きだし窓の枠に再び腰かける。こちらでの話は、もっぱらティティの強さについて。


 使い物にならないだろうと予測していたのに、蓋を開けてみれば親父レベルの強さだった。これはかなり嬉しい誤算である。俺と同じくティティの参加に微妙な反応だった千春も、「優勝にさらに近づくわね」に怖い笑みを浮かべていた。

 そんな話を仲間内でしていると、説明を終えたシェリアとティティがこちらに歩いてくる。


「説明は終わったか?」


「うむ、理解した。シェリアが蛍の下僕になるということを」


「あんた私の話本当に聞いてた!?」


 ムキーと犬歯をむき出しにしてティティを威嚇するシェリア。そんな彼女をティティはそっぽを向いて気付かない振りをしていた。仲良いなこいつら。

 俺と千春とヤックルは黙ってそんな二人のやりとりを見ていたのだけど、ティティが思い出したようにポンと手の平に拳を落とした。


「ちょうどよかった。さっき話した『アイツ』というのが、このシェリアのことだ」


「『アイツ』――っていうと、四手で倒したとかいう……はぁ? ティティが? この戦力期待値四千万とかのシェリアを?」


 冗談だろ?

 いやでも、たしかに今になって考えると、ティティの洗練された強さで戦力期待値ゼロは謎すぎる。

 魔物戦は全勝していて、対人戦は一勝だけしているような感じだったはずだけど。

 ティティの言葉は本当だろうかと思ってシェリアに目を向けると、彼女は唇を尖らせて不満を露わにしていた。


「コイツ、戦えばバカみたいに強いのよ。でも一度私に勝ったあとは『戦いなんてつまらない』なんて言って、全部試合開始直後に降参していたわ。――知ってた? ティティの戦績の魔物戦の部分が5戦5勝ってなってると思うけど、あれ、魔王と四天王よ? 他の魔物と戦った経験は無し、対人戦も経験は私以外無し。試合とは呼べないような稽古はやってたらしいけど、それを加味しても意味がわからないわ」


 肩をすくめて、呆れたような口調でシェリアが言う。

 ちなみに四天王たちは二手、魔王は三手でケリがついたらしい。可哀想すぎるだろそいつら。


 俺たちの仲間になったギャンブル狂――思った以上にヤバいやつかもしれない。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る