第19話/負けヒロインと僕が恋愛している事に気づいた時



 これは決して、楯の想いを確認するのが怖くてヘタれた訳ではない。

 ただ石橋を叩いて渡るほど、慎重になってるだけだとエイルは己に言い訳をして行動を開始した。

 幸か不幸か、今日は一週間の中で唯一、同じ講義が一つもない日で。


「――よく来てくれたわね雪希、千作君」


「エイルにしては珍しいわね、確認したいことがあるから手伝って欲しいって」


「……………………南無ぅ」


「秀哉君? なんで遠くを見て両手を合わせているの??」


「ははっ、ナンデモナイさ雪希。キニシナイキニシナイ、小路山さんの話を聞こうじゃないか! いやー、何を手伝うんだろうなー俺達は、キニナルナー??」


 棒読み混じりの言葉に雪希は思わず首を傾げたが、このタイミングで、楯が不在でのエイルの頼みごと。

 秀哉には何となく想像がつく、今まで金髪ツインテールの活発で世話焼きな子だと思っていたが。

 オブラートに包んで、男女関係に特別な情熱を捧げることが出来る人種のようで。


「今日集まって貰ったのは他でもないわ、――アタシと一緒に楯を尾行して素行調査して欲しいの」


「素行調査? 穏やかではない言葉よエイル。もしかして…………」


「安心して雪希、もしそうだったら既にアタシは殺人罪で捕まってる自信があるわッ!」


「あ、ああ、そう、そうなの……」


「楯は浮気するような不誠実な男じゃない、それが分かってるのにどうして尾行なんか?」


 新米カップルの頭上にはハテナマーク、特に秀哉の方はダブルデートの時に問いつめられた記憶が鮮明故に少し怯え気味の顔。

 彼は、どうか穏便に事が済みますようにと祈り。

 エイルは重そうな胸の大きさと柔らかさを強調するように、胸の下で腕組みをしながら言った。


「逆よ逆、……そ、そのね? 最近たぁ君が妙にこう、アタシに好き好き大好きって感じでね? 愛されすぎちゃって体力が保つか……はともかく、何かあったのかもって」


「…………エイル、貴女もしかして直接確認するのが怖いから尾行して原因を突き詰めようと?」


「う゛っ!!」


「何も心配ないと思うが……俺は尾行に付き合ってもいい、アイツってあんまり自分の恋愛のことは話さないから気になるんだよな」


「雪希は……どう?」


 エイルの縋るような目に、雪希は珍しいこともあるものだと目を丸くする。

 以前なら完全に立場が逆で、雪希がエイルに頼み込んでいた。

 滅多にない機会、これも恩返しの一つだと、何より。


「――勿論協力するわエイルッ! 貴女と堅木さんの為だものそれぐらいお安いご用よ! それに……不謹慎だけど、ちょっと面白そうだし」


「ありがとう雪希!!」


「ところで、楯が行きそうな所は分かっているのか? 俺も多少なら心当たりがあるが……」


「それは問題ないわ、たぁ君の行動パターンは収集済みだしスマホのGPSも同期させてるもの」


「…………その、エイル? 貴女って結構情熱的……なのね?」


「あー、……一応聞くけど、楯は知ってるのか?」


 親友の思わぬ一面に戸惑う雪希に、恐る恐る問いかける秀哉。

 もしかしなくても無許可だろう、その場合はどうすればいいのか。

 ストーカーを目の前に、二人は思わず顔をひきつらせたのだが。


「何言ってんの楯は懐が広いわよ。前にちゃーんと向こうから許可を出してきたわッ!」


「た、楯ぇッ!? お前スゴすぎない!? それ許可したのか!?」


「…………エイル、貴女、絶対に堅木君を離しちゃダメよ私でも確信があるわ」


「え? なによ雪希そんな突然、当たり前じゃない」


 きょとんと瞬きするエイルに、今まで彼女を暴走させなかった楯はウルトラ恋愛マスターなのではと秀哉と雪希は勘違いしたが。

 ともあれ、三人は行動を開始した。

 今日の楯のスケジュールはこの後数分で終わる午後最初の講義で終わり、エイル達が見つからなければ彼は自由行動に移る筈で。


「凄い、エイルの言ったとおりだわ……」


「最初にカフェ、それから学食、最後に部室に行ってみて、俺達が居なかったらスマホで連絡、それで今日は一人だってなると部室棟のトイレに行ってから、帰るんじゃなくて駅の方面へ……」


「今日はバイトの日でもジムの日でもないから、スポーツショップでウィンドウショッピング、それから本屋を軽く見て、スーパーに寄ってから」


「アイツ、鍛えるの好きだからなぁ……、俺も鍛え方教えて貰うかぁ…………あれ?」


 秀哉は前方に見える楯の足取りに違和感を覚えた、右にいる雪希は気づいておらず。

 彼女の後ろを歩くエイルの顔を覗くと、彼より前に気づいていたのか険しい顔でブツブツと呟きながら考え込んでいる。

 駅近くに並んでいる商店街やデパート、大学方面からだと一番最初にスポーツショップがあるのだが。


「通りすぎた? どういうコト? そんな、一人だと時間に追われてない限り必ず寄るのに――」


「見てエイル、裏通りに入っていくみたい」


「あそこに何が…………あ゛っ」


「千作君? 心当たりがあるのね、言って、言いなさい」


「あー、その、な? なんというか」


 秀哉が口ごもった、楯の向かう先は十中八九あそこだろう。

 だが女性二人を前にして、目的地を言うにはデリカシーなど色々ととても言いづらい。

 しかしエイルのドロドロとした目と、何より雪希の期待に満ちた視線にはあらがえず。


「…………アダルトショップがあるんだ、たぶんそこに行ったと思う。中は狭いから三人だと見つかる可能性が高い」


「ひぅ!? あ、アダルト――う、ううん、堅木君も男の子だもの、で、でもエイルがいるのに……」


「――――ッッッ、ま、不味いかもしれない、アタシの予想が間違ってなければ……、千作君、悪いけど一人で行って何を買うか見てて欲しいの、あ、これ隠し撮りの為の缶バッチに偽装したカメラ、映像がアタシのスマホに行くようになってるから」


「あっ、はい、行かせて貰います(頼む楯ッッッ、頼むからエロ本とAVだけは買うなよ!!)」


 そうして秀哉だけが楯に続いてアダルトショップに入ったのだが。


「――――いいなこれ、使ってみてもいいかも」


(うわエグっ、え? 楯? 楯さん? お前――それ、…………ごくり、後日、後学の為にどんなのを使った方がいいか聞いておこう)


(~~~~っ!? 何ソレ堅木君!? あんなスゴイのエイルちゃんに!? 壊れちゃっ……い、いえ、私も勇気をだして秀哉君に使って貰って~~っ、うううっ、でも恥ずかしすぎる!!)


(………………ヤバい、夜のドSモードが出てるぅ!! 堕とされるッッッ、一週間ぐらいは服すら着れないエッチなワンコに堕とされちゃう!!)


 楯はゆっくり吟味した後で数点購入、見られているとも知らずにほくほく顔で退店。

 彼が手に品物を手に取りカゴに入れる度、秀哉は尊敬を、雪希は真っ赤に、エイルは期待から体の疼きに気づいて焦り。

 秀哉の戻りを待って、尾行を再開した。


「まだ帰る様子がないけど……たぁ君は次はドコに?」


「あっちの方向って普段、私達がよく行くデパートよね?」


「俺達はあんま行かない、けど楯が行くってことは……小路山さんの為にコスメか服を買うってことじゃないか?」


「…………気づかれないよう気を付けてアタシ達も行きましょう」


 すると楯は迷わずアパレルショップへ、油断なく三人が見ていると彼が選ぶサイズはエイルのそれ。

 しかもそれだけではなく。


「アイツ……ペアルックを選んでやがるッッッ、なんで高度な男なんだっ!」


「いいなぁ、あったかそうな白いセーター、おっきなハートの中にラブの文字、堅木君の愛を感じるわねエイル」


「だ、誰があんなダサいの…………ッッッ」


「でも嬉しいんでしょう? ちゃんと着てラブラブするのよね?」


「……………………うん」


 真っ赤になって俯き頷くエイルは、とても可愛くて愛おしいと雪希は思わず抱きしめた。

 それを秀哉は微笑ましい目で見て、レジに並ぶ楯を尊敬のまなざしで見た。

 楯のようにストレートに行くのがラブラブの秘訣なのだと、心に噛みしめながら。


「次に行くつもりみたいだ、まだ続けるか?」


「う、うん……お願い、二人とも一緒にいて、胸がきゅん死しそうなの……」


「もうエイルったら、合流しちゃえばいいのに。でもいいわ、最後まで付き合う」


「ありがとう雪希、千作君……っ」


 最後に楯が向かった先は、新しくできたケーキ屋だった。

 もう秀哉と雪希はにやにやしながらエイルを見守るだけで、エイルはぽわぽわした気分で楯の背中を見つめるばかり。

 その時であった、楯からのメッセージが入り。


「…………けーき、かってかえるからえらべって」


「ふふっ、声まで堅木君に夢中って感じね」


「俺らも楯が買い終わった後で買おうぜ雪希、それで……俺かお前の部屋で、な?」


「う、うんっ、嬉しい秀哉くんっ!」


「ちょこの、ほしい、…………うう、ケーキはナマ物だからこの後はすぐに帰るってことだし、でも帰るとアタシ、アタシぃ~~っ」


 思い浮かべてしまう、あのセーターでペアルック、一緒にケーキを食べた後は朝どころか一週間ほどぶっ続けで愛されてしまう所を。

 本気だ、彼は本気でエイルのことが好きなのだと。

 いったい何時から、そんなの困る、彼のことしか考えられなくなると彼女は身震いし。


「ほら、行きましょエイル」


「えっ!? ちょっ、まだ心の整理が――」


「おおーーい楯! こっちこっち!!」


「――――あれ? 奇遇だな三人揃って何してたんだ?」


「三人っていうか、俺と雪希がデートしてた所に買い物してた小路山さんとはち合わせてちょっと話してた所だ」


「まあ、僕らがデートや買い物するってこの辺だもんな。そりゃあ会っちゃか」


 その後、楯は妙に言葉数少ないエイルと共に帰宅。

 ペアルックのセーターをプレゼントし、一緒にケーキと珈琲を。

 その間も何故か彼女は俯きがちで無言、かと思えば潤んだ瞳で見つめてきて。


(うん? これどうなってんの? いったい何があったんだ?? 嫌われた訳でもないと思うけど……謎の距離感がある気がする)


(たぁ君……たぁくぅ~~ん、ううっ、顔を見ただけで何も喋れなくなる、だめ、このままだと、触られただけで、キスされただけでアタシ――)


 このまま流されたら、自分が自分でなくなる。

 そんな不安にエイルは襲われた、一番怖いのが流されるだけで未来永劫幸せになれるだろうという確信がある事だ。

 あらがえない、その逞しい手が己に伸びる前に逃げなければ。


「い、いやっ!!」


「そう言う割に抵抗する力が弱いよね、……ああ、もしかしてキスして欲しかった? じゃあそうだな……唇は最後にするとして、まずは手の甲から」


「っ!? ~~~~~~~~~ッッッ!!」


 彼は彼女にキスの雨を降らせた、手の甲の次は手のひら、手首、そのまま上に行くと思えば髪に、そして指を甘噛みしたり。

 服の上から露出している所も、のべつまくなし口づけされて。

 十分以上かけて最後に唇へ、となった瞬間だった。


「だ、だめっ、まだダメなのよ!!」


「うぇっ!? え? ちょっ、エイル――!?」


「入って来ないで!! 今日は入ってくんな!! そっちで寝ろ!!」


「…………晩ご飯はどーするんだろ??」


 エイルは全力で楯を突き飛ばして逃げ出す、彼女の全力は彼を揺るがせられなかったが。

 その逃げる姿に、追いかけるのをうっかり忘れてしまって。

 彼女が寝室に籠もるのを、ぽかんとした顔で見逃した。


「……………………なんで?? いい雰囲気だったじゃん、あー……よく分からないけど脈ナシって訳じゃなさそうだし、うーん、雰囲気が足りなかったのかな??」


(あ、危なかったああああああああああああ!! だめ、何がだめなのか自分でもわかんないけど!! アタシはまだアンタに堕ちないんだから!!)


 ベッドに潜り込んだエイルは、幸せがオーバーフローして許容限界を越えて失神。

 朝までぐっすり眠り、そして。


「昨日の……ホントに楯はアタシを…………も、もうっ、困っちゃうわよ本当に、アタシを好きすぎるのよ、もうっ、…………今日はお弁当、作っちゃおうかなっ、う、うん、たぁ君のためじゃなくて、アタシのを作るついでに、お弁当……喜んで、くれるかな」


 楯が起きた頃には、もう彼女の姿がなくて。

 テーブルの上にはお弁当箱と、メモが置いてあり。


「お昼まであけるな、作ってあげただけありがたいと思え…………どゆこと??」


 彼は首を傾げるばかりであった。


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