第18話/負けヒロインと僕が素直になろうとした時



 風呂は命の洗濯、とはどこで聞いた言葉だったか。

 暖かい湯船に肩まで浸かり、楯は悩ましい顔をした。

 別にどこで聞いたか悩んでいる訳ではなく、問題はエイルの異変。


(なーに思い詰めてるんだアイツ、昨日までは普通だったよな、デート中からだよなトイレに行った後……)


 所謂、お通じが悪かったのだろうか、さりげなくその手の効能があるお茶でも買ってくるべきか。

 それとも、女の子の日だったのか。

 ならば気づけず、気遣えなかった楯が悪いというものだが。


(だとしても前浜さんなら気づいてフォローするし、僕も体調悪いなら気づく。なら……原因はなんだ?)


 思い出すと、あの時の彼女は秀哉と共にトイレから帰って来た。

 となると、秀哉と何かあったのか。


(――いや待て、…………あれ? そうだよな、うん、なんで僕は気づかなかったんだ? どうしてアイツ、……トイレの後から秀哉の方を見てなかったんだ??)


 この気づきは、非常に深刻な悩みを楯にもたらした。

 エイルが秀哉を好きじゃなくなったのだろうか、否、それはあり得ない。

 或いは想いが通じた、否、それもあり得ない通じ合ったのなら彼女はもっと秀哉にベタベタするだろうし。


(――そのことで前浜さんの気持ちを思い悩む)


 だから違う、ならば秀哉より優先すべきことができた。

 そう考えるのが自然ではあるが、その優先すべきこととは。


「…………僕か、アイツ……とうとう僕の命を狙い始めたのかッ!? くそっ、どこでエイルを起こらせたんだっ、やっぱりランジェリーショップでエロ下着を選んだのが激怒した原因なのか!?」


 好きな人がいる身で肉体関係の男がいるなんて、普通は避けるべきのはずだ。

 恐らくエイルもその例にもれず、もしかすると我慢の限界を迎えたのかもしれない。

 楯は唇を噛んで悔しがった、そこまで追いつめていたとは不覚、と。


(体の相性がいいって言っても限界があるってコトか……、けど僕は自分の想いに気づいたから、そうはさせないッッッ)


 決意を秘めて、ざばっと湯船から上がる。

 盛大なすれ違いに気づかぬまま、寝間着に着替えてリビングへ。

 すると。


「お、遅かったじゃないワンっ、待ちくたびれたワンっ!!」


「え? お、お前………………」


「……」


「……」


「な、何か言ってよ、恥ずかしいんだから…………」


(えッッッッッッッッッろ!! は? なんて格好してんのコイツ?? もしや僕を搾り取って腹上死させに来たのか!? 反則だろ犬耳ビキニボンテージしっぽ付きとかさぁ!!)


 エイルの姿に楯は戦慄した、サキュバスは居たのだと感動すら覚える。

 下ろしたままの金髪に映える透けるような白い肌、どたぷんという効果音がよく似合うたわわな巨乳は黒ボンテージビキニのブラからハミ出してもうエロい。

 揉みしだいてヨシ、顔を埋めてヨシの巨尻にも食い込んだ黒ビキニのパンツが、尻尾はどうなっているのか凄く気になる、気になりすぎて昼の疲れが飛んでいってしまった。


(それでもじもじ恥ずかしがってるとかさぁ、しかも何? なんで首輪とリード? 股間がもうヤバいんだけど??)


(うわっ、うわぁ~~っ、もしかして効きすぎてる? 効きすぎちゃってるの!? いつも以上に楯の股間が!!)


(――――間違いないエイルは“本気”だッッッ、ハニートラップで僕を殺しにきてるんだ!! 負けない……負けていられるか!! 告白して両思いになるまで僕は…………サキュバスエイルになんて絶対に負けないぞ!!)


(ぁ……、たぁ君すっごいエッチな目をしてる、アタシをヤるって、朝まで貪り倒すってケダモノみたいな顔してる――――って、しっかりするのよ! 告白! そう! メロメロにして少しでも成功確率をあげて告白するんだから!!)


 なお、しっぽ付き犬耳コスで黒ボンテージなのは秀哉から仕入れた楯の性癖のひとつで。

 デートから帰る直前、トイレと偽ってランジェリーショップに駆け込み、隠すように奥の隅にあったアダルトコーナーで買ったものである。

 ともあれ、双方ともごくりと唾を飲み込み硬直。

 ――先に動いたのは楯であった。


(栄養ドリンクを飲んでおくべきだ、どうせ脱ぐんだ、ついでに脱いでおくか――僕はヤるぞ、ヤりきってみせる!!)


(ッ!? 何も言わずに脱いだし何か飲んでるうううううううう!? ハメ殺される? え? これもしかすると朝どころか明日の朝コース?? アタシ…………セックスで死ぬの!?)


(んぐ、んぐ、んぐ、ぷはっ。…………さーヤるぞ、死ぬためじゃない明日を生きる為に、愛の告白をする為にヤるんだ――)


(ひ、ひぃっ!! 近づいてくる、近づいてくるんだけどおおおおおおおおおおお!!)


 エイルは楯の体から目が離せない、逃げるべきだと体が反応した瞬間であった。


「――ぐぇっ!?」


「(僕の命を狙うだなんて)ワルイコだなぁエイルは、そんな格好でどこに行こうっていうんだい? ああ、ごめんねベッドか、ご主人様を連れていこうとするだなんて、賢いワンコちゃんだなぁ」


「ひゃわん!?(顎クイされてる!? それにリード掴まれて逃げられない)」


「――へぇ、尻尾がどうなってるかって思えば……ま、今日は止めておいてあげるよ。準備が必要って聞くからね……僕が君を二度と人生後戻りできないぐらい満たしてやるからな、覚悟しておいて」


「わ、わうん!?(ち、ちがっ!? これは違うのたぁ君!? そっちに興味がないって言ったらウソになるけど、まだ早いっていうかマジで後戻りできなくなりそうだから、――ううううっ、弱点にされちゃったおっぱいを触られる前に拒否しないと!!)」


 拒否できないとしても、せめて時間を稼いで楯の興奮を収めないといけない。

 何かないかと必死に考え、……エイルは閃いた。

 一か八かの賭け、そのテーブルに楯を着かせるのだと。


「ね、たぁ君……、その、ね? 誘っておいてなんだけど、汗が気になるから――」


「安心してよ君の汗の匂いって何故か興奮するんだ、それに、どうせ明日の朝に入り直すことになるんだから。それとも…………僕を焦らそうとしてるのかい?」


「ふふっ、アンタはどう思う? せっかくだしさ、お酒を呑みながらってのも乙なものじゃない? わかめ酒してあげるわよ? ま、アタシは下も金色だからわかめって訳にはいかないけど、ワンっ」


「ほ、ほほう?」


 この提案に楯は大きく揺れた、恐ろしすぎて身震いするほど魅力的な案である。

 酒の力を借りれば、告白だってしやすいだろう。

 だが、全てを忘れて彼女の体に溺れる危険性が高すぎるのだ。

 ――そのメリットデメリットはエイルも同じで。


「……じゃあ呑むか、わかめ酒もして貰うけど条件があるよ可愛い僕のワンちゃん」


「~~~~っ!? わ、わかったからぁっ、お、おっぱい揉まないでバカッ、感じすぎちゃって立てなくなるからぁっ、このケダモノ男ぉ!!」


「じゃあ口移しで呑もうか、それからビールを胸に挟んで持って行って欲しい、絶対にだ」


「う゛ぅっ、……………………ばーか、ばかばかばーか――――」


 胸や尻を楯に好き放題されながら、エイルは言いなりになった。

 まるで都合のいいセフレのような扱い、でもそれに彼女はキュンキュンとときめいてしまって。


(あーダメだなぁアタシって、このまま流されていいって思っちゃってる、この後むちゃくちゃに愛されてるって思うと、体の奥が疼いて――)


(こ、これで本当にいいのか僕? だけど本能がこのオンナを抱けって、後先考えずに抱けって叫ぶんだ!! 僕は弱い……快楽に負けてしまうのかッッッ、だが今は…………告白は明日でもいいって思ってしまっている、何も考えずに……、エッチなことがしたい、いやスる!!)


 すまない秀哉、前浜さん、そしてオトンオカン、堅木楯は今宵オンナに溺れて死ぬだろうと。

 エイルはエイルで、今夜孕まされてワンちゃんとして飼われるんだ……と変な覚悟をしながら。

 共に口移しで日本酒やビールを呑みながら、あれやこれやと過激なボディタッチを。

 ――いつも以上にハッスルした、その翌朝であった。


(やっちまったああああああああああああああ!! 告白するって、その筈だったのに!! い、いやっ、腹上死してないからセーフだから!! あんな格好したエイルが悪いんだ僕は悪くない!!)


(うわあああああああああああん、メロメロにして告白する筈だったのいいいいいいい!! アタシがメロメロにされてどーすんのよッッッ!! しかも最後の方は日本語すら喋らせてくれなくて、ホントにえっちなワンコに躾られて幸せ感じちゃってたしいいいいいい)


 こんな筈じゃなかったと、二人とも起きて心の中で早々悶絶。

 どちらも腰のダルさを感じながら、何事もなかったかの様に昨晩の情事の後を片づけ、交代で風呂に入り。

 そして、ようやっと朝食になったのだが。

 

(………………まぁ、反省点としては下手に意気込んだからだよな多分、だから――)


 珈琲片手にハムエッグトーストにウマウマと食べながら、楯はさらりと言った。

 駄目で元々、エイルとの仲なら雰囲気など今更だ。

 もう、何も考えない方がいいのかもしれないと。


「――ごちそうさま、今日も美味しかったよエイル」


「お粗末様、じゃあ大学に行きましょうか」


「うん、それから…………好きだよエイル、今日の君も可愛いね」


「あ、うん、ありが………………――――え??」


 エイルはあれっと首を傾げた、今、彼はなんと言っただろうか。

 聞き間違いでなければ。


(好き、って、言った…………?)


 なんで、どうして、唐突すぎる、意味が分からない。

 だというのに、エイルの胸は急にドキドキと大きく高鳴って。

 顔が赤くなってるのが自分でもわかる、どうしようもなく期待してしまう。


(何を勘違いしてるのよ、今は恋人ごっこ中なんだから、だからリップサービス、うん、その筈よ)


 でも。


(――――もし、本当だったら? …………その可能性はある、だって、鍋パの夜の独り言とキス、でも昨日のデートでアイツは雪希と…………)


 訳が分からない、彼の真意が読めない、なぜこんなにも唐突に好きだなんて。

 告白なのか、それとも何かの罠なのか。


「……………………確かめるしかないわ」


 情報が足りなさすぎる、そして直接問いただすにはリスクが大きいとエイルは判断した。

 だから。


(嗚呼、やっててよかったストーカーッ! アンタの全て――――丸裸にしてやるわ!!)


 という事で、楯は本格的にストーキングされる事になったのであった。


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