第14話/負けヒロインと僕が鍋パで好きな人を酔わせようとした時



 秀哉と雪希は部屋にあがった途端、目を輝かせて楽しそうに。


「おおー、ここが二人の新居か……!」


「中々に広いわね、ねぇ秀哉君……私達も隣に引っ越して同棲始める?」


「いいアイディアだ雪希、ウチの親達も楯と小路山さんの隣ならって許可を出す……うん、行けるな!!」


「え、ちょっと待って? なんで僕ら君らの親にそんな信頼されてんの??」


「アタシ達、何かしたっけ…………??」


 首を傾げる二人に、秀哉は苦笑を一つ。

 エイルはまだしも、楯は己が幼馴染みである事を忘れているのだろうか。

 雪希はエイルの肩を、ぽん、と叩いて。


「俺んチの最大権力者である婆ちゃんにお前は凄い気に入られているだろ? それに父さんと母さんからは、マジメで責任感のあるスポーツマンって思われてる。それに……あの時、俺らが精神的に追いつめられて早まって駆け落ちしようとした時にさ」


「うん、あの時……エイルも一緒に私たちの親を集めて説得してくれたでしょ? あれからウチの親も貴女達がお気に入りよ、もしかすると秀哉君より好感度高いかも、――――私たちも凄く感謝してるの!」


「あー……そんな事もあったねぇ、あらためて言われると照れくさいな、はははー」


「ま、まぁ、アタシ達は当たり前の事をしただけってね。じゃあ雪希、エプロン貸すから手伝いなさいな、といってもお皿とか並べるだけだけどねっ」


「そうっ、そうそう! 今日はごま坦々鍋だっけ? いやー、エイルってばマイルドでピリ辛系好きだねぇ」


 誉められて照れているのだ、と秀哉と雪希は暖かい目をして微笑んだのだが。

 楯とエイルとしては、誉められる事などしていない。

 然もあらん、だって下心アリアリで。


(頼むッ、掘り返すな秀哉!! あれが僕らにとっては過ちなんだ!!)


(雪希……申し訳ないけどアンタが思っているような事じゃなかったの、ただアタシ達は――)


(――親の反対をもっと過激にしようって煽ろうって思っただけなんだ、すまない秀哉ああああああああああああ、前浜さああああああああああああん!!)


 なお、楯もエイルも土壇場で双方の親の態度にムカついて。

 二人の仲を認めるように熱く熱く良いところを語ったり、殺す勢いで詰め寄ったりしてしまっただけだ。

 なんなら、結婚できる年齢まで逃げ切った後は孫が生まれても絶対に会えないように邪魔するとも脅した気がする。


(くっ、当初の予定通りだったら傷心の雪希さんを僕が慰めて…………笑えッ! 僕の弱さを笑ってくれ!!)


(ふっ、とんだピエロよね、笑われてとーぜんなのよアタシ達は…………!!)


 ここで顔に出さないのが楯とエイルが培った外面力ではあるが、お互いに心で泣いている事が分かって。

 楯はエイルにそっと近づくと、ツインテールの片方を手に取り同情心に溢れたキスをする。

 エイルもまた哀れみに満ちた目で楯を見て、彼の右手を掴んで甲に唇を軽く押しつけた。


「……見たか雪希、普段からこんな気軽にキスしてるって事は、やっぱり俺達はずっと二人に無理させていたんだな」


「うん、私達の仲を変に邪魔しないようにイチャイチャしたいのを押さえて……今なら分かる、二人がどんなに無理して我慢していてくれてたかと!!」


「ああ、俺達は幸せだな、二人のこんなに自然にイチャイチャしてる姿が見れて……負けてられないよな雪希っ!」


「ええ、恥ずかしさに負けてられない、私もそう強く思う――!!」


(うああああああああああああ、思わずぅ!! 思わずついエイルにキスしちゃってたあああああああああ!!)


(なんでっ、なんで忘れてたのよ!! 遠ざかる……アタシ達の幸せが遠ざかっていく音が聞こえる!!)


 鍋パが始まる前から大ダメージだ、致命傷だ、楯とエイルは死にかけの心で準備。

 まだ終わってない、というか始まってない。

 お酒だ、今宵ばかりはお酒で勝利を掴むのだと――。


「「「「――――この四人に乾杯!!」」」」


 景気付けに偽カップルはぐいっとビールを飲み干す、新米カップルは最初の一口以降はちびちびとマイペースに。


(呑みすぎるなよエイル、僕は秀哉を)


(アタシは雪希を酔わせる、――アンタも呑みすぎないように)


 一瞬のアイコンタクトで分かり合う二人、そうとは気づかない新米カップルはというと。


「…………美味いッッッ!! え、すごっ、凄く美味しいぞこの鍋!! 俺は辛いものが苦手だったが、これなら沢山食べられる!!」


「エイル、後でレシピを必ず教えてね――知ってはいたけど、どうしてこんなに美味しく作れるの? 嗚呼……美味しい、お味噌の味が優しいのに、ゴマの味が負けず、豆板醤ぴりっと辛くて食欲を増進させ――――いえ、もはや言葉は無用、今はただ……食すのみ!!」


「フフーン、そうでしょそうでしょ、気合い入れて作ったんだから! ビールにも合うのよ、一緒に楽しんで頂戴っ!」


「おい秀哉、ご飯いるか? 白米だ、後にしようかって思ってたんだけど……僕はもう我慢できない、白米も一緒に食う!!」


「おいおいおい、――俺の分も頼む!!」「私もお願いするわ」「楯、アタシもお願ーーい」


 なんという事だろうか、お酒を進ませる為のごま味噌坦々鍋はその美味しさ故に作った当人と楯すらも魅了して。

 気づけば何杯も呑んでいるのは楯とエイルだけ、秀哉と雪希はビール一缶のみで。

 どんどん減っていく鍋、気づけばシメの中華麺を入れて食べ終わってしまった。

 ――満腹の幸福感の中、酔いどれ気味の楯とエイルは。


「んー、たぁくーん? 美味しかったぁ? 美味しかったらぁ、ぎゅーってして? はい、ぎゅーっ!」


「お、おいエイル? お前酔ってるだろ、つーか雰囲気でも酔ってるだろ!?」


「ううっ、……ぎゅ、ってしてくれないの? たぁく~~ん、ぎゅって、ちゅーしてさ? ほら、だいすきなおっぱいだよーー?」


「ちょっ、エイル!? 流石に自重しましょう!? ほら寝室行きましょ? 服脱がせてあげるから……」


「えー? 雪希がアタシとイチャイチャしてくれるのぉ?? でもたぁくんがいいのぉ……」


「あー、ごめんだけど頼めるかい前浜さん、今のエイルはちょっと危険だ」


「謝ることないわ、だってこんな姿を見せてくれるぐらいエイルは私達に心を許してくれているんでしょう? ――実はちょっとね、こうしてエイルのお世話をしてみたかったの、いっつもエイルにお世話されてたから……」


「楯、今日は誘ってくれてありがとう。小路山さんにも後で伝えておいてくれ。――少し前まで俺も雪希もいつ告白しようってすれ違ってばっかりでさ、二人に心配かけてたと思う、…………ありがとう、また一緒に飯を食おう」


「……………………はぁ、僕らは親友だろ? そんなに礼を言うもんじゃないし、どーせだったら今度こそダブルデートしようぜ!」


「ああ、計画しておこう。今度こそ本当にダブルデートだ!」


 この状況で目標達成は不可能だと楯は判断し、次の約束を取り付けて己を誤魔化した。

 できる事はやった、どうして親友と二人を傷つけてまで己の恋心を貫けよう。


(――――悪い思考だ、逃げかもしれない、でも……悪い気がしないってのが一番厄介だなぁ)


 帰宅する秀哉と雪希を玄関まで見送った後、楯はエイルが寝ている寝室へ。

 すやすやと寝ている彼女を、彼はじっと見つめた。

 どうしてだろうか、こんな些細なことに幸せを感じてしまうのか。


「…………僕はさ、君のことが好きなのかな? 愛してしまっているのかな? 勘違いというには君に情が移ってしまったよ、高校の時以上に、あの二人が恋人になる前以上に、僕は――」


 エイルと同じく普段からしてみれば楯も今日は呑んでいない方だ、しかし彼女と同じく雰囲気に酔ってしまったのかもしれない。

 あえて言葉にしてこなかった事を、口にしてしまった。

 それがなにを意味するか、気づいていながら口にしてしまった。


「ははっ、僕も酔ってるな、酔っていることにしておこう、…………おやすみエイル」


 寝間着に着替えるのもおっくうで、そのままベッドへ。

 彼女の隣に倒れる前に、額と唇にキスをして。

 酔って寝ているなら起きないだろうと、腕枕をし、抱きしめて目を閉じる。

 ――ものの数秒で彼は眠りに落ちて。


(ど、どどどどどどどっ、どういう事なのよアンタはさぁ!! うえええええええええええ!! キス! なに勝手にキス!! し、しかもっ、すすすすすすす好きって、愛してるって……)


 そう、エイルは起きていたのだ。

 酔っぱらって寝ていたのは確か、四人での楽しい雰囲気に酔ってた所は大いに自覚がある。

 ただ少しばかり寝たら酔いは醒めたのだ、でも楯の独り言が気になって聞いていたら起きていると言い逃して。


(――アタシも好きって言ってもいいの? もう一度愛してるって起きてるときに言ってくれるの?)


 千作秀哉ではなく、堅木楯に言ってほしいと強く思ってしまった。

 彼女は縋るように、寝ている彼を抱きしめ返す。

 そして次の日の朝。


「――――話があるの」


「ふわ……起き抜けに何? シャワー浴びた後でいいかい?」


「その前に聞け、聞くのよ、…………ねぇ楯、――――アタシの処女を返しなさい!!」


「なんて??」


 座った目で恨めしそうに睨むエイルの姿に、起き抜けの楯は非常に混乱したのであった。


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