第6話/負けヒロインと僕が決意をあらたにした時



 二人にとっては良くも悪くも無事に引っ越しの日を迎え、荷解きもろくにせず自棄酒セックスとなった翌日である。

 四度目の朝チュンとなると、もう慣れたものだ。

 多少の気恥ずかしさと後悔、それを塗りつぶすような安心感と幸せの中で目を覚まし。

 ――裸のままぴとっとくっついて寝ていた二人は、しばらくボヤーっとしたままベッドの中で寄り添っていたが。


「…………言っておくけど楯、四回もセックスしたからってカレシ面もセフレ面もするんじゃないわよ」


「寝起き早々に釘差しかい? 僕としても同意するよ、カノジョ面もセフレ面もしないように。気をつけてくれよオジー」


「オジーねぇ……アンタいつまでアタシをそう呼ぶ訳?」


「エイルっていつも呼べと?」


「そうは言ってないけどさぁ、なんかあるでしょ?」


「うーん、セックス中のオジーみたいにたぁ君的な感じの愛称が欲しいってこと?」


「……………………え、待って、ちょっと待って??」


 ガバっと身体を起こし途端に慌て始めたエイルに、楯はあぐらをかいて座り首を傾げるしかない。

 目を白黒させながら白い首筋を真っ赤にし、裸体を隠すように一緒に使っていたシーツを引き寄せる。

 すると当然、彼は生まれたままの姿になるが混乱している彼女は気付かない。


「ううっ、そ、そうだった、なんでアタシっ、アンタのこと“たぁ君”なんてこっぱずかしい呼び方してんのよ!! バカップルそのものじゃない!!」


「補足しておくと、セックス中だけじゃなくてオカン達が来た時もそう呼んでたよ」


「うぎゃああああああああああああっ!! 殺してっ!! いっそ殺してええええええええええ!! 」


「今気付いたんだご愁傷様、傷は深いぞそのまま死んどいていいよ? それからベッドから落ちそうだから転げ回るのやめた方がいいよ??」


「なんでアンタは平気なのよ! 一緒に深い傷を負いなさいよぉ!!」


 自分だけ恥ずかしいなんて不公平だと、シーツを裸体に巻き付けたエイルは楯を睨んだ。

 どうして“たぁ君”なんて呼んでしまったのだろう、彼はエイルだなんて照れもせず普通に呼ぶだけなんて腑に落ちないと怒りすら覚える。

 彼に非はない事は彼女とて分かってはいるが、さてどうしてくれようかとガンを飛ばしたその時だった。


「………………たぁ君のえっち」


「何故にいきなり!?」


「ふ、ふ~~ん? ま、理解はしてあげるわ、なにせこーんな美しくて色っぽい可愛い女の子が目の前にいるんだもん朝からご立派になっても? 理解だけはしてあげるわ」


「ただの朝立ちだから、男の生理現象だから朝から欲情してないって!! ――ったく、黙ってれば可愛いのに」


「は? やるっての?? アタシは喋ってもお茶目で可愛いでしょうが!!」


 本当の所は、どんな時でも可愛く見えてくるの心臓にヤバイとすら楯は思ってはいるが。

 そんな事など素直に言える筈もなく、エイルに伝わる筈もなく。

 彼女はムキーと毛を逆立てた後、何故か哀れみの視線を向けて。


「――ああ、ごめんね。アンタが猿みたいな性欲だっての忘れてたわ、アタシに無許可で何発もナマで出した癖にまだ足りなかったみたいね、ホントごめんなさい美しい裸体で隣に寝てて、寝込みを襲わなかったコトだけは誉めてあげる」


「コンドームつける暇もなくセックスの持ち込んで、挙げ句に足で僕の腰にがっちり抱きついて離さなかった人は言うことが違うなぁ……」


「やだやだ、アタシの身体の弱い部分を執拗に責める鬼畜男と同棲するなんて不幸の極みだわ」


「それに関しては謝罪するしかない、ごめん、責めすぎて引っ越し早々にシーツ一枚、何度も天国に登った君の体液でダメにしちゃったよね。水分補給にペットボトルを差し出したら口移しでって強請られて断れない意志薄弱な男でごめん」


 二人の中で、かーん、と戦いのゴングが鳴り響いた幻聴が。

 エイルは両手をにぎにぎとさせ、楯は枕をそっと掴む。

 一触即発の空気の中、エイルが先手必勝と口撃をしかけた。


「……………………ふっ、最後には拳しかないようね。股間の二つある玉、ひとつぐらい潰れてもいいって思わない?」


「それなら僕は――――――あ、思い出した」


「え? 何よいきなり??」


「喧嘩してる場合じゃないっていうか、確か君の方にもあると思うんだけど…………やっぱりあった、今すぐスマホ見てよ」


 エイルは怪訝な顔をして、ベッドの脇においてあった己のスマホを見た。

 特に通知などは来てないし、異変など……とロック画面からホーム画面に切り替えた瞬間、彼女はひぇっと青ざめた。

 楯もまた、沈痛の面もちでスマホを持って俯いている。


「な、なによコレ……っ、キスプリってレベルじゃないわよ!! なんで待ち受けになってんのよ!! まさか動画撮ってないわよね!?」


「そのまさかだよ、君だって記憶はある方だろう? それに昨日はそこまで呑んでなかったし」


「シンプルに忘れることだってあるわよ!! あ゛あ゛あ゛ッッッ!! なんでアタシたちハメ撮りしてんのよおおおおおおお!!」


「近所迷惑になるから落ち着こうエイル、もう思い出しただろう? 僕は思い出した、僕らセックスとなると相性よすぎて頭バカになるから…………、どうしてっ、どうして相手が裏切れないようにそれぞれハメ撮り持っておこうだなんて!! 消そう!! 僕が君のスマホのを、君が僕のを消すんだ!!」


「それしかない、今すぐに消すよスマホ寄越してッッッ!!」


 二人は濃厚な交わりが写された写真と動画の数々を、お互いのスマホから消し去って。

 作業が終わった途端、力尽きたようにベッドに倒れ込む。

 朝食すらまだだが、今日はもう何もしたくない。

 ――精神的に激しく消耗したせいか、二人に弱気な考えが宿り。


「はぁ…………もう、ダメなのかなアタシ達……、このままイチャイチャ同棲生活して、ラブラブセックスして、下手したら大学卒業前にデキ婚しちゃうんだああああああああああああ!! ふえーーん、千作君とそうなりたかったのにいイイイイイイイイ!!」


「くっ、目の前で嘆いているのが前浜さんだったら抱きしめて慰めていたのに!! どうして君なんだ戦友!! エイルは顔も性格も身体もよくて家事万端で一途で尽くす女なのに!! 何故にエイルを選ばなかったんだ秀哉ああああああああ!!」


「ううっ、ありがとう楯、たぁ君、アンタはお世辞にはイケメンとは言えないけど鍛えてて努力家で行動力があってセックス上手いし細かいところに気がついてくれるし…………雪希っ、アンタを愛する男はここにも居るってのにどーして気付かないの!!」


 フラれてからというもの、怒濤の非日常により二人の情緒はボロボロだ。

 冷静に見れば、今の楯とエイルはセックスの溺れたケンカップル。

 これでは、それぞれの恋を叶えるのは非常に困難といえよう。


「はぁ…………、諦めきれない、諦められるもんか、エイルもそうだろう?」


「あったりまえよ楯、諦められるもんですか!」


「問題は山積みだ、僕らが恋人だという誤解、体の相性がよくてセックスにドハマリしてる事、――告白できないこと、相手に好意すら気付いてもらえない事」


「まだ四つ、八方塞がりには遠いわね」


「そうだね、秀哉と雪希さんが恋人になった事で今まで以上の難易度と長期戦が必要な事を加えてもまだ八方塞がりじゃないんだ」


「どこからどう手をつければいいのよ……」


 天井を見上げながら、二人は遠い目を。

 しかしその瞳は死んではいない、意志という炎はまだ燃え続けている。

 彼女の左手の指と、彼の右手の指が遊ぶように絡まるって。


「――――そうか、長期戦か」


「何か思いついたのね!!」


「僕は秀哉のように頭が回るタイプじゃないからね、奇策って訳にはいかないけど……正面から戦う方法なら分かる」


「オッケー、死なば諸共だわ」


「言う前に了解しないで嬉しいけど、……ま、こっちも長期戦で一つ一つ解決していこうって話さ。しかも運が良ければ恋人同士って誤解も解ける」


「そんな方法があるの!?」


「覚悟しろよエイル……僕たちはこれからラブラブな恋人になるんだ!! それからの…………不仲を見せつけていく」


「ッ!? そうかっ――――誤解を解くのが難しいならその誤解を利用して、少しづつアタシとアンタが険悪になる所を見せつけて、最終的に別れたと……」


「名付けて……円満破局作戦だ!! 僕らの恋は茨の道だ……だが、諦めずに一歩一歩進むのみ!! えいえいおーー!!」


「えいえいおーー!! なら今からラブラブカップルの練習よ!!」


「そうだ練習…………うん? 練習??」


 勢いのままに動きすぎでは、と楯は思ったが彼女が楽しそうなので止めるのを忘れてしまって。

 足音の後は冷蔵庫を開ける音、何となく展開が読めてしまったが。


(そーいえば何でアイツ僕より一部屋多く確保してるんだろ、しかもあの部屋、絶対に許可なく開けるなとか言ってるし、真っ先に段ボールを運び込んでたよね)


 何か怪しい、つきあいはそれなりに長いとはいえプライベートは知らないのだ。


(――――多分、あの部屋にエイルの僕にも言えない秘密がある、いつかは踏み込まないといけないのかも)


 その反対もあって。


(いつかは……僕も話す時が来るのかも)


 隠している事がある、お互いに。

 でも今は――。


「おーし呑むわよーー!! 恥ずかしくて素面でイチャイチャできわけないわよ!! アンタも呑みなさい!! オラァ!! 口移ししてやるんだから感謝しなさい!!」


「もごぉッ!? んぐんぐんぐっ、ぷはっ!! せめてもう一本持ってくるとかさぁ!!」


「ふっ、演技が甘いわねたぁ君……そこはアタシのおっぱい揉んでオラついて、しかたないな子猫ちゃんベッドが恋しいのか躾てやるぜって言う所でしょう??」


「僕に何させる気? それって恋人ってより悪いセフレでは? エロ漫画読み過ぎじゃない??」


「あ、あれっ??」


 ともあれ、妙に酒臭く性的な朝食の後、引っ越しの荷解きが体の交わりになって。

 夕方になりエイルが、ラブラブ甘えん坊カノジョ面モードを会得した後。

 最近にしては珍しく酒無しの夕食の後、二人のスマホへ同時に通知が入った。


「…………あれ、秀哉?」「うん? 雪希?」


「「――――四人で恋愛相談??」」


 明日、ファミレスで四人が集まる。

 楯とエイルは、過酷な恋愛相談になるだろうと思わずビールを飲み干し景気付けにセックスしたのであった。


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