第5話/負けヒロインと僕が親孝行のためにウソをついた時



 一人暮らし用の狭い部屋に、小さなテーブルを囲んで四人が座っていた。

 楯の母である幸子、エイルの母であるアイリーンは非常に機嫌よく。

 一方で楯とエイルは非常に気まずい雰囲気、だってそうだ母親の訪問なんて寝耳に水すぎるし寄りによって今この状況でなんて最悪きわまりない。


(どーすんのよアンタこれ!! どーにかしてよアンタの母親でしょ!!)


(お前もお前のオカンをどーにかして? つか何? ウチらの親って知り合いだった訳??)


「あら見ました堅木の奥さんっ、エイルちゃんと楯ちゃん、目と目で通じ合ってるわっ! 感動して涙がでてきちゃうわよぉ~~っ」


「見た見た、バカ息子が女の子とアイコンタクトで通じあってるなんて……成長、したんだね楯……」


(ママ!? なんで感激して泣くのよ!?)


(頭痛くなってきた、どーなってんだよオカンさぁ……??)


 自分たちを話題に母親たちが大盛り上がり、しかも理由がわからないとか地獄すぎる。

 聞いてみないことには始まらないが、二人を恋人だと誤解しているのは確かなようで。

 どちらが先に聞くか、楯とエイルは目でぶつかり合う。


(はよ、はよ、アンタから聞きなさいよイヤよアタシ聞きたくないこの調子だと絶対ロクなこと言わないんだから)


(君から聞くんだよ! 僕だって分かるよこれ絶対ヤバイやつーー!!)


(オラッ、くらえっ!! 聞きなさいよこれ以上誤解されたらヤバいでしょうが!!)


(ぐぬおッ!? 手の甲を抓るんじゃないよオジー!! くぅぅぅっ、反撃できないからってぇぇぇ!!)


 表面上は笑顔でテーブルの下では醜い争い、しかし母親たちからは見えないが故に。

 楯とエイルは仲睦まじく手を繋いでラブラブであると、これには我が子を心配していた母たちも目から涙がはらりと。

 ずっと、ずっと心配していたのだ。


「本当によかったわぁ、ママ心配してたのよ? エイルちゃんってば高校に上がった時からずっと雪希ちゃん雪希ちゃんって……」


「ま、ママ、それは――」


「エイルちゃん、誰かに恋してる顔してるのに雪希ちゃんの事ばっかりで……恥ずかしい話だけどママ、エイルちゃんがその、ね? 女の子しか愛せない子で、誰にも言えず、ずっと苦しい思いをしているのかと……」


 しまった、とエイルは頭を抱えたくなった。

 恋愛事情を親と話すのは気恥ずかしくて、お邪魔虫として恋路を妨害している以上は楯以外の誰にも話せず。

 そして、楯は同士で戦友で恋愛対象外だったから一切その名を口にせず、結果がこれだ。


(え、この状況でママに違うって言うの?? 拷問じゃない? こんなに泣くほど嬉しいのに違うって言ったら……いや、その前にこんな朝っぱらから堅木の部屋に居て違うって信じてもらえるの??)


 誰が予想しようか、朝の7時に母親が来るなどと。

 エイルは親に大学で受講してる講義の時間割を教えている、そして今日は講義がない日。

 母は知ってて来たのだ、二人が恋人である証拠を掴みにきたのだ。


「ねぇ楯、こっちも心配だったんだよ? アンタが秀哉君に異性愛を感じてるんじゃないかってね。ちっこい頃からアンタは秀哉が秀哉がって、そりゃあ幼馴染みの男友達なんだしそんなもんかって思ってたよ、……高校入学した直後ぐらいまでは」


「あー、なんでソコで??」


「だってアンタ、高校の行事の写真とか、あとは学校の行き帰りとかさぁ……ずぅ~~っと秀哉くんの事を只ならぬ視線で見てたじゃない、それで思ったのよ――子供の顔は見れないかもしれない、恋は届かないかもしれない、でも……見守ってあげようって」


「オカン!? 初耳なんだけどそれ!? なんでそんな誤解してるのさ!! 僕が見てたのは――――」


「エイルちゃん、だったんだろ? いやー早とちりしてたわ、あの頃からよく四人一緒にいたものねぇ……、一昨日の夜ね、千作さんの奥さんから話を聞いた時にアンタの高校時代の写真をよくよく見返したら、秀哉くんの先にエイルちゃんを発見して、ああ、この子だったんだって、水くさいねぇ、その時から付き合ってるならもっと早く言ってくれればいいのに」


(見てる所違ーーう!! もう一つ先!! もう一つ先だよオカン!? オジーの隣に前浜さんが居たじゃんかああああああああああああ!!)


 裏目も裏目、完全に裏目である。

 あの頃の楯とエイルと来たら、登下校は絶対に秀哉と雪希を二人っきりにさせないと割って入って。

 なお割って入られた二人からは、二人っきりだと恥ずかしくて上手く話せないという初々しい頃だった為に感謝されている模様。


(どうして……どうしてこうなっていたのよおおおおおおおおおおおおおおお!! この分だとパパにも誤解されてたってコトぉ!?)


(うげぇ~~っ、僕が秀哉を?? ありえない、ありえなすぎて吐き気がする、しかもオヤジも誤解していた可能性…………うあああああああああああああああああああああああああ!! なんだよそれさああああああああああああああああああああああああ!!)


 酒、酒を呑んで忘れたい。

 人を呪わば穴二つ、人の恋路を邪魔して馬に蹴られて死んだ後も追い打ちがあるなんて予想外にも程がある。

 今にも死にそうなメンタルを必死に叱咤して、これ以上は不味いと楯は母親たちに聞くことにした。


「それで今日は何しに来たのさオカン、単に確かめに来たってだけなら……」


「あ、それそれ、今日は二人に良い話を持ってきたのよ。小路山さんと話し合ったんだけどね? ――二人を同棲させちゃおうって、もう五年か四年なんでしょ? 大学に入ってからは通い妻って話もあるし」


「ママね、いい話だと思うの!! なんなら在学中におめでた婚も許しちゃう!! 結婚は卒業後か前、それとも就職した後かしら? ママとパパはね、それなら一緒に暮らしちゃってもいいと思うの!!」


 母親達は「「ねーっ!」」と実に楽しそうに、すっかり意気投合した様子。

 いったいいつから両家の親は知り合いだったのか、どうして同棲という結論に至ったのか、などなど疑問は尽きないが。

 何か手を打たなければ、二人が長く付き合っている恋人だという誤解は解けないし、同棲だって待った無しだ。


「――――ちょっと待って、話は嬉しいけど少しだけコッチだけで話し合いさせてよ、五分でいいからさ」


「そっ、そうそう! ちょっと二人だけで話したいのよっ!! 外に出るけどアパートの外に出るワケじゃないからッ!!」


「部屋の間取りはエイルちゃんを優先するんだよバカ息子、泣かせたら絶縁モノだからね!」


「寝室は一緒でも、それぞれ別にプライベートルームを持つのがコツよエイルちゃん! いくら愛しくて一日中一緒に居たくても楯くんに一人の時間をあげなきゃダメよ~~っ!」


 それぞれの親の声を背に、楯もエイルも死んだ目で外へ。

 もしかすると母達がドア越しに聞き耳を立てているかもしれない、そんな不安からアパートの庭の端まで早歩き。

 到着するや否や、二人はしゃがみ込み小声で。


「どーーすんのよ大ピンチじゃないッッッ!! なんでアンタ親とコミュニケーションとってないのよぉ!!」


「それ言うならお前もだよオジー!! なんだよ僕ら最悪じゃないか好きな人に告白も出来ず好意も気付かれず挙げ句の果てに親から異性は愛せないタイプって誤解されてたんだよ!?」


「どうして……どうしてこんなコトにぃ……アタシ達が何をしたって言うの!!」


「人の恋路を邪魔して……告白もせず……親とコミュニケーションしなかったからじゃないかなぁ…………」


「正論すぎて反論できないわよアホタレ!!」


 因果がどうしようもなく巡っているのを感じる、しかし今は嘆いているだけでは何も解決しない。


「ううっ、あんなに喜んでるのに……アタシ、ママを悲しませるなんてできないっ、けどウソをつきたくないし…………」


「それなんだよなぁ…………」


 半泣きのエイルを前に、楯は覚悟を決めた。

 彼女と“再会”した時から堅木楯には、小路山エイルの力になると覚悟を決めていたのだから。


(この際というか、いつも通りというか、僕は後回しでいいや。――親を悲しませない、エイルにウソをつかせない)


 ならば親達に言う言葉なんて簡単だ、ならエイルには。


「………………なぁオジー、今から僕に合わせてくれるかい? 僕を……信じてくれるかい?」


「堅木……? アンタいったい何を――」


「君が親にウソを言う必要はない」


「ッ!? アンタそれって……っ!!」


 エイルは勘づいた、もはや見慣れた光景とも言ってもいい。

 今まではそれが雪希と秀哉の気持ちを尊重しての事でもあったが、この瞬間においては純粋にエイルの為であって。

 唇を少し噛む、そんなのはダメだ、己の為なのに彼一人に全てを押しつけるなんて、と。


「――また一人で泥かぶってさ、貧乏くじを引くつもり?」


「さぁ、どうだかねぇ」


「ったくさぁ、世話が焼ける男よね、そしてバカ」


「酷い言い草だ」


「そんでアタシもバカの一人ね、……やるわよ、明日どころかママ達帰ったら後悔するし絶望するだろうけど…………悲しませたくないもん、悲しませるぐらいなら――――アンタと恋人のフリだって同棲だってしてやるわ!! アンタもそうなんでしょう戦友!!」


「いいのかい戦友、僕は君の為なら喜んで犠牲になる、それぐらいには恩義を感じているんだぜ?」


「はっ、アンタ一人を犠牲にできないでしょう? 告白できずに敗北した同士お似合いじゃない。アタシが負けヒロインならアンタは負け犬、いいコンビでしょ?」


「じゃあ行こうか負けヒロインさん、ラブラブに演じてみせるよ何せ高校から付き合ってるらしいからね!」


 そして戻った二人は、母達の前で。


「喜んで同棲するよ! 僕も一緒に暮らしたいって思ってた所なんだ」


「アタシも……たぁ君と同棲したいって思ってたの、ありがとうママ!!」


「ううっ、ついに娘が……娘が親の前でもラブラブな姿を……!! 部屋探しは任せて! 実はもう決めてあるの!! 丁度いい物件をパパのグランパが持て余しててね? 新婚用だから子供ができたら手狭だろけど、ここから近くて、だから大学からも近い――」


「ママ! ママ! わかった、わかったから!! 嬉しいのはホント分かったから泣きながらパパやお兄ちゃんどころか親戚連中全員にメッセージ送ろうとしないで!!」


「――――楯、しっかりするんだよ、分かってるね」


「オカン? なんでそんなに目が怖いの?? もしかしなくても同棲生活がアカンことになったら殺されちゃうんだね僕??」


 やっぱり早まったかもしれない、二人はさっそく後悔に襲われたが。

 ともあれ、数日後には引っ越しと相成ったのであった。


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