第25話 本当の願い
魔族に連れ去られた武彦は、魔族の国の上空を飛んでいた。暗く岩だらけの世界。中央に高くそびえ立つ巨大な建物があった。その姿は山のように大きく、黒い岩でできていた。暗くて重苦しい雰囲気を放っている。
「ああ、もうすぐだ。我々の悲願が叶う」
武彦を抱えた魔族は嬉しそうな顔をした。巨大な門が開かれる。中は紫色の炎で照らされ、怪しげな空間を作っている。床に巨大な魔方陣が描かれており、その端に青、緑、黄色の結晶が光を放っている。中央にベッドほどの大きさの石の台が置かれていた。儀式のようだ。武彦は魔方陣に見覚えがあった。時空を移動する魔方陣だ。魔族は武彦を持ち上げると台の上に乱暴に放り投げた。
「魔族の世界が始まる」
「魔王様、準備ができました」
魔方陣を囲うように集まっている魔族たちが声をあげた。こつこつと足音が聞こえ、武彦の周りにいた魔族たちが一斉に頭を垂れる。足音の正体は黒い鎧を着ていた。魔王と同じ姿だ。しかし、体格は人間と同じだ。その体は崩壊しかけており、腕がぼろぼろと崩れながら再生を繰り返していた。
魔族たちはその人物を魔王と呼んだ。消えたと思っていた魔王は生きていたのだ。
「すぐに儀式を始めよう」
魔王の言葉に魔族が歓声を上げる。そして武彦を連れてきた魔族が計画を話した。
「さらばだ、魔法使い。魔王様が今からお前たち魔法使いをひとり残らず消し去ってくださる。俺たちが殺してもよかったが、お前たちはこそこそ隠れるからな」
別の魔族も高らかに笑った。
「魔力源はお前たちだ。ははは、お前たちは仲間の力で滅ぶのさ」
この魔方陣で魔法使いたちを殺す。武彦は疑問を覚えた。この魔方陣は時空を移動するものだ。魔法使いを別の空間に飛ばすとしても、殺すという認識はおかしい。武彦は聞いた。
「ぼくたちをどこかに飛ばすのか?」
「飛ばす? お前、話を聞いていたか? 殺すと言ったんだ。皆殺しにするのさ」
魔族の答えを聞いて、武彦は確信した。この魔族は知らない。時空の魔方陣だと言うことを。魔王は魔族たちを騙している。武彦は考えた。なぜ魔王は時空を飛びたがるのか。魔王の正体に武彦は心当たりがあった。自分と同じように異世界に迷い込んだ人物。彼女の部屋にあった魔方陣。元の世界に執着した絵。
武彦はくくっと笑った。それに気づいた魔族は武彦の髪を掴み、顔をのぞき込んだ。
「何がおかしい。随分と余裕な態度だな。お前は今から魔法使いを全滅させるための触媒になるというのに」
魔族の言葉に武彦は鼻で笑った。
「わかったよ。魔王の本当の目的が。君、騙されているよ」
武彦の言葉に魔族は怒った。
「本当の目的だと? そんなのお前たち魔法使いが奪った土地を取り戻し、お前たちを全滅させることだ!」
「そこまでだ」
魔王が後ろから、声を荒げる魔族を止めた。魔族は一礼して後ろに下がる。
魔王は武彦を見下ろし、冷たい声で言った。
「なにか言い残すことはあるかな?」
武彦は魔族たちに向かって大声で叫んだ。
「魔族よ! 君たちは騙されている! この人は自分のためにこの世界を犠牲にしようとしている!」
魔族たちは騒ぎ出した。
「あの小僧は何を言っている?」
「はやく魔法使いを滅ぼしましょう!」
武彦は続けて叫んだ。
「この魔方陣は魔法使いを全滅させるものじゃない! これは時空の魔方陣だ! 発動したら世界が滅んでしまう!」
武彦は茨の棘の痛みに耐え、腕を無理矢理引き抜いた。棘に引き裂かれた痛みを我慢し、魔王に飛びかかり、顔を掴む。兜を外すと、中から顔を出した。
そこには華純の顔があった。
「魔王様じゃない。お前誰だ! 魔王様はどこにいる!」
魔族のひとりが華純に槍を向けた。華純は頬に手をあて、わざとらしく首をかしげた。
「魔王様? ああ、私をこの世界に呼んだあの化け物ね。あれは随分前に殺したわ」
「殺しただと」
魔族は信じられないと言う顔をした。
「ええ、あれはただ結界を破壊したくて私を呼んだみたいだった。迷惑な話よ」
華純は槍を持つ魔族に近づく。
「あれの心臓を取り込むことで、強力な魔力を得ることができたの」
華純は魔族の頬を優しく撫でた。魔族は動かずに槍を強く握っている。
「手足となって動く駒を得るために、皮を被った」
華純は魔族から手を離すと、腕を愛おしそうに撫でた。
「どうだったかしら? あなたの魔王様、上手くやれたかしら?」
魔族は我に返り、槍を振り回した。華純は余裕の笑みで後ろに下がる。魔族が魔方陣の中で魔法を使おうとすると、膝から崩れ落ちた。
「なんだ? 魔力が吸われる!」
魔方陣が淡く光り出した。
「魔方陣の中に入るな!」
「遠距離ならどうだ!」
周りの魔族たちは遠くから華純に向かって槍を投げた。しかし、それらははじかれる。
「念のために防御魔法を組み込んでよかったわ」
華純は笑った。
その時、上から岩が降ってきた。
「タケヒコ!」
フェリシアの声がする。彼女は箒に乗って杖を振り、岩を魔方陣に飛ばしたが、その攻撃はすべてはじかれた。
「魔法使い! 魔法を使うな! 吸われるぞ!」
魔族は手を振ってフェリシアの攻撃をやめさせようとした。フェリシアは魔族たちが自分を攻撃してこないことを不思議に思った。魔族たちは、魔王の姿をした女性を睨んでいる。
「あはは。ではいきましょうか、武彦くん。あなたの死を持って、時空の扉を今開きましょう」
華純は短剣を取り出すと、武彦の胸に突き刺そうとした。武彦は片手で刃を受け止めた。ぼたぼたと武彦の手から血が流れた。
「止めてください、華純さん。この魔法が発動すればこの世界が消えてしまう」
「知っているわ。でもいいじゃない。こんな偽物の世界なんて」
華純は冷たい目をしていた。武彦は問い返す。
「偽物?」
「ええ、偽物よ。私たちの世界に魔法なんてなかったでしょう?だから偽物よ」
「偽物なんかじゃない! この世界は存在する! みんな生きている!」
武彦は力を込めて短剣を奪おうとする。しかし、華純の力はますます強くなった。
「ずっとずっとこのときを待っていたわ! 私は死んでここに来た。元の世界に戻る方法を探した。死ぬ前の時間に戻る。見つけたわ。でも足りなかったのよ。私が帰るための鍵が。元の世界の人間が。そのために武彦くんを呼んだのよ。さあ、私の願いのために死んで!」
華純は短剣に体重をかけた。限界だ。武彦は手の力が抜けそうだった。その時。
「タケヒコくん」
リナシーの声とともに華純の肩に火の玉が当たった。華純は驚いて武彦から離れた。
リナシーとレドモンドが壁を破壊して突入してくる。その後ろには魔法師団と避難所でともにした人々が駆けつけた。
「火だ! 火の魔法を使え!」
魔方陣には火の結晶がない。その弱点に気がついた魔族が声をあげ、華純に向かって火の魔法を放つ。状況を理解した魔法師団をそれに続いた。
華純は体を水の膜で覆い、炎を防いだ。その顔は青ざめている。フェリシアは武彦の側に駆けつけると茨の拘束を解いた。起き上がる武彦にフェリシアは泣きながら抱きつく。リナシーとレドモンドは炎をまとった剣を華純に向けた。
「あなたが魔王ね。モイラさんをどうしたの?」
剣を強く握りしめながらリナシーが睨んだ。華純は荒い息をしながら、不適な笑みを浮かべた。
「モイラ? ああ、あの赤い髪の女ね。予想外のことをする迷惑な女よ」
「どこにいるの!」
リナシーが激しい炎をあげた。彼女の怒りの炎のようだ。
「あの女の魔力は素晴らしかった。取り込もうとしたとき……ああなんて忌々しい。一体化の瞬間に爆発しやがったわ。おかげで体はぼろぼろよ」
華純は腕をさする。リナシーは震える声で聞いた。
「モイラさんはどうなったのよ!」
「死んだわ。自爆したのよ。もう終わる世界を守るためにご苦労なことよ」
華純の言葉にリナシーは言葉を失った。剣の炎が消えていく。
「こいつの話を鵜呑みにするな!」
レドモンドは華純に斬りかかる。しかし、剣は水ではじかれた。
「伏せろ!」
背後の声とともに大きな火の竜の口が華純に向かう。レドモンドは戦意を喪失したリナシーを抱えてその場を離れた。
火の竜は華純の水の盾を破壊するが、華純はよろめきながらも生きていた。彼女の顔色が悪かった。汗を大量にかき、苦しそうに息をしている。炎の暑さで苦しんでいるのではない。過呼吸になっている。
武彦は川で溺れて死んだことで、水に対する恐怖心を持っていることを思い出した。華純は炎に対する恐怖心があるようだった。
「あなたは、もしかして火事で亡くなってこの世界に?」
武彦は静かに聞いた。
「うるさい、うるさい、黙れ!」
明らかに華純は取り乱している。華純の周りに激しい炎が上がった。岩も焼き尽くすような高温の炎。地獄のような熱が武彦たちを包む。
魔法使いと魔族は身を守るために攻撃をやめた。彼らは障壁を張るが華純の炎の強さに破壊される。
華純は武彦に近づき、武彦をかばうフェリシアを突き飛ばした。
「死んだ前に戻ってあの子を助けるの! あの子を産むために!」
華純は短剣を武彦に振り下ろす。武彦がここまでかと思った時、ズサッと鈍い音がした。華純の動きが止まった。そしてゆっくりと倒れると、彼女の背後からリナシーが現れた。手には赤い血の付いた剣を握っていた。
「リ、リナシー……」
リナリーは無表情で華純を見下ろすと、短剣を取り上げた。そして魔方陣の外に華純を蹴り飛ばした。リナシーは短剣を見つめる。
「時間を戻す……」
そう呟いた。
武彦は嫌な予感がした。リナシーはモイラの生きている時間に時を戻そうとしているのではないかと思った。
「私の……邪魔をするな!」
華純が起き上がり、リナシーに飛びかかる。二人は短剣を奪い合った。
「私は元の世界に戻る」
「わたしは時間を戻す」
両者どちらも譲らない。
「あの子に」
「モイラさんに」
「会うために!!」
短剣から武彦の血が滴り、魔方陣に落ちた。すると結晶が光り出す。空気が激しく揺れ、魔法陣からは爆風が発生した。そして空間が歪み、真っ黒な闇が武彦たちの周りを包んだ。
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