第6話 フェリシア・ピンクローズ

学園生活の二日目を迎えた。

午前の授業は魔法薬学の授業。部屋の中央に木が生え、青い透明のキノコが神秘的に光っている。木を囲むように鍋が並び、湯気の立ちこめる鍋を生徒たちは必死にかき回していた。

植物庭園の出来事の後、武彦に大丈夫だったかと気にかける生徒や、腫れ物を扱うような目で見てくる生徒など、対応は様々であった。

今、武彦はリナシーと鍋をのぞき込んでいる。


「これでいいのかな?」


武彦は教科書に書かれているイラストを頼りに鍋を材料に入れていく。まだ文字の読めない武彦は、リナシーに教えてもらいながら魔法薬を調合した。


「うん、大丈夫だよ。あとは火力を調整するだけだよ」


リナシーは鍋の下に書かれている魔方陣に手をかざした。魔方陣が赤く光る。


「ありがとうリナシー。助かるよ」

「ど、どういたしまして。タケヒコくん、魔法薬学に熱心だね。どうして?」

「そうかな?別に熱心じゃないよ」

「先生の話をすごく真剣な表情で聞いてたから。魔法薬学が好きなの?」

「うーん、好きというか……」


武彦は言葉に詰まった。


「魔法がうまく使えない自分には魔法薬に頼るのもいい手だと考えてるんだ」


武彦は正直に言った。「魔法薬学者にでもなろうかな」と冗談も言った。


「タケヒコくんならきっと素敵な魔法薬学者になれると思う」


リナシーが純粋な目で応援するので武彦は照れくさくなった。

その時、横から金髪の女の子がやってきた。


「あら、魔法薬を学ぶよりもっと簡単に魔法を使う方法はあるわよ」


肩に掛かる髪を払いながら武彦の隣に来る。


「あ、フェリシアさん………」


リナシーは驚いて武彦の背中に隠れた。武彦は魔法防衛術の授業で女の子の失礼な態度に根を持っており、嫌な顔をした。


「なんだよ急に、君はなんなの」

「私の名前も知らないの?失礼ね、フェリシア・ピンクローズよ」


フェリシアはむっとした表情をすると、さらに武彦に言った。


「魔法を学ぶことさぼった人が、魔法薬に頼るなんておかしくてつい口を挟んじゃったわ」フェリシアは決めつけるように言った。


「その歳でまだ感情爆発を起こすような人ですものね」


フェリシアの態度に武彦はイライラしてきた。背中のリナシーは小さく縮こまっている。


「何が言いたいんだよ」イライラが押さえられずに強めの口調で怒りを表した。

「魔法道具に頼りなさいと言いたかったの。まあ、あなたが貧乏でなければの話ですけど」


フェリシアはやれやれと肩をすくめて自分の鍋の方へ戻った。

彼女が去った後、武彦は背中に隠れているリナシーに聞く。


「魔法道具?」


リナシーは背中に隠れたまま答えた。


「魔法道具は誰にでも魔法が使えるように開発された道具だよ。でも高価なものばかりなの」

「そうか、魔法道具か……」


フェリシアの態度にはむかついたが、良い情報をもらったと同時に思った。



午前の授業が終わり、リナシーとお昼を食べた。モイラは用があると来られないとリナシーが残念そうに言った。お昼も食べ終わると何やら二階が騒がしかった。なんの騒ぎだろうとリナシーに聞いた。


「次の魔法実習の依頼探しだよ。報酬が高い依頼は人気だから、掲示されると取り合いになるの」


「報酬?お金がもらえるの?」


武彦はリナシーの話に飛びついた。お金が稼げれば役に立つ魔法道具が買えるかもしれないと、希望に満ちた目でリナシーに詰め寄った。武彦の行動に少し引き気味でリナシーは答える。


「い、依頼によるけど……タケヒコくん。もしかしてフェリシアさんの話気にしているの?」

「まあ、気にしているかと言われるとそうだけど。魔法道具を買うにも、魔法薬を作るのもお金が必要そうだし………」


武彦は頬を掻きながら言う。


「そうだね。じゃあ、一緒に探そうか。二人なら出来そうな依頼があるかも」


リナシーの言葉に武彦は感謝し、つるを掴んで二階に移動した。二階の壁には紙が大量に貼り付けられており、生徒たちはその紙を次々に剥がして持っていた。二人が選ぶ頃には、たくさんあった紙もまばらに残っていた。


リナシーは紙の一つ一つを確認し、吟味する。武彦も紙を見てみたが、文字が読めず参ってしまった。

リナシーは一つの紙の前で悩んでいた。武彦もリナシーの隣に移動した。


「タケヒコくんはおかねが欲しいんだよね。うーん、これ出来るかな?」

「リナシーはいつもどんな依頼を受けているの?」

「わたし?わたしも魔法を使うのが苦手だから、学園の近くで薬草探しとか、草むしりかな?おかねは余りもらえないよ。お菓子はたくさんもらえるけど」

リナシーは「頼りなくてごめんね」と寂しそうに笑った。


急に二人の間に腕が割って入り、見ていた紙を取り上げた。


「あら、この依頼を受けるの?お二人では無理では?」


後ろを見ると、フェリシアが自慢げな顔で依頼の紙をひらひらとさせている。


「また来たのか!」

「なによ、嫌そうな顔をして。あなたたちのためを思って言っているのに」


フェリシアはむくれた顔をする。武彦は無愛想な声をあげた。


「で?なんの用だよ?」

「あなたたちの依頼を手伝ってあげようかと思いましてね」

「ええ!?なんで?」


今まで武彦を馬鹿にしてきた彼女が急に手伝いたいと言い出したことに武彦は驚いた。リナシーもびっくりした表情をしている。フェリシアはペンを取り出すと、紙に書きながら理由を述べた。


「私の発言のせいであなたたちが身の丈に合わない依頼を受けて、死なれては困りますもの。責任を持って私が管理してあげるわ」


書き終わると紙を武彦たちに差し出した。武彦が受け取ると「それ、書いたら出しておいて」と彼女は箒を取り出して飛び去った。


渡された紙を持って武彦とリナシーはしばらく呆然としていた。訳がわからないと顔を見合わせた。



放課後、武彦は魔法の練習をするためにリナシーと森に行き、モイラに魔法実習のことを話した。モイラは嬉しそうに話を聞いていた。


「それで、三人で行くことにしたんだね」


モイラは武彦の隣に座って、目を輝かせた。


「ええ、依頼の紙を持っていたら、フェリシアの名前を見て大丈夫と言われました」

「フェリシア・ピンクローズか。たしか高等部4年にお兄さんがいたかな。そうそう、ロジェ・ピンクローズ。かなり優秀な人だよ」


優秀なお兄さんと聞いて、フェリシアの態度に関係しているのかと考えたが、モイラの質問に慌てて考えを払った。


「それでどんな依頼を受けたの?」

「ルミナ街近くの森にある廃墟から捜し物です。どこにあるのかもわからない宝探しみたいなものです」


武彦は苦笑いしながら答えた。


「それと魔法道具について聞きたくて」


武彦は話題を変えようとした。魔法道具のことを詳しくモイラから聞きたかった。


「魔法道具?それのこと?」


モイラは武彦の胸元を指さした。胸元を見るとモイラにもらったペンダントが光っている。

「タケヒコくん!モイラさんの持っているの!?ずるい!」とリナシーが声をあげて飛ぶように立つと、「あ、ごめん」とおどおどと座り直した。


武彦はペンダントを手に持つともう魔法道具を持っていたことに驚いた。


「これ作ったと言ってましたよね?お願いします。他にも魔法が使えるようなものも作ってくれませんか!?」


武彦はペンダントをモイラに見せながら懇願したが、彼女はダメダメと手を振った。


「魔法道具にすべてを頼るはいけないよ。緊急時に魔法道具が壊れたり、なくしたり、盗まれたとき、困るのはタケヒコくんだよ」


モイラは自分の力で魔法を使ってほしいと思っていることを説明するが、武彦は「えー」と不満を漏らす。


「自分で買って使う分には私もなにも言わないよ。さあ、お金を稼げるように魔法の練習に戻ろうか」


モイラがにやりと笑った。魔法が使いたいから魔法道具がほしいのに、魔法道具のために魔法を使うなんて、うまくいかないなと武彦は大きなため息をついた。

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