第5話 魔法の練習

状態が落ち着いた後、武彦はロータ先生と学園校内に移動した。魔法理論の教室とは正反対の場所に行くと、扉に咲いた花が音楽を奏でて出迎える。その部屋に入ると、植物が壁にびっしりと生え渡っていた。真ん中の椅子で、真っ白な服に真っ白な布を首に巻いた男性が座っていた。


「どうしましたかロータ先生。生徒がまたクサリナ草にいたずらして、くさい液の被害にあいましたか?」

「いいえ、感情爆発です。少し様子を見てもらえますか?ネピュラ先生」


ネピュラ先生は武彦に優しく微笑みながら、自分の隣にあった椅子を掴んで武彦の方へ引き寄せた。武彦は椅子に腰掛ける。ロータ先生は武彦の肩に両手を置くと、ネピュラ先生の目を見ていった。


「あとをよろしくお願いします。わたしは生徒たちのところに戻ります。タケヒコさん。今日の授業はもういいわ。ゆっくり休んで」


肩を軽く揉むと、ロータ先生は部屋を後にした。武彦はネピュラ先生と二人きりになった。


「タケヒコくんだね。感情爆発どういうことかわかる?」

「わかりません。急に手から水が出てきただけで何がなんだか」


ネピュラ先生は武彦の発言にふむふむと相づちを打つと、質問を続けた。


「そのときの自分の様子はわかるかな?なにか強い感情がなかったかな?」

「強い感情?川に入ったら、急に恐ろしい気持ちになりました」

「なるほど。川に恐怖を覚えたんだね」


ネピュラ先生は納得という顔をした。


「魔法というのは感情にも大きく作用するんだ。魔法の使い始めは魔力のコントロールが未熟でね。怒りや恐怖、悲しみ、あと喜びの心が大きすぎると、無意識に魔法を発動してしまうことがある。それが感情爆発だよ」


武彦の沈んだ顔を見て、ネピュラ先生は肩を優しく叩いた。


「大丈夫。コントロールできるさ。そのための学園だよ。存分に頼りなさい」



ネピュラ先生にもう大丈夫と言われ、部屋を出た。もう授業は終わったのか、生徒たちがのんびりと過ごしている。寮に戻ろうか迷ったが、モイラに相談するのがいいと思い、ポケットから見取り図を出すと、バツ印のところを目指して歩き出した。


場所は学園を少し離れた森の中で、見取り図を見ながら歩く。木の根に引っかかり転けそうになるもなんとかたどり着いた。


雲まで届きそうな高い木々と、色とりどりの花。それと対照的に地面はでこぼこで、岩には焼けたような跡があった。そしてこちらを見ているリナシーがいた。


「あ、あれ、タケヒコくん。もう大丈夫なの?先生から休んでいるって聞いたけど」


心配そうな顔でリナシーは武彦に近づいた。


「心配かけたね。でももう大丈夫だよ」


武彦は両手で力こぶを作る真似をして笑った。リナシーは安心した顔をした。


突然モイラの声が聞こえた。

「リナシーお待たせ。あれ?タケヒコくん体調不良って聞いたけど大丈夫なの?」


モイラがパッと瞬間移動で現れた。武彦は力こぶのポーズのままモイラの方を向き、元気であることを伝える。モイラは武彦の体調が大丈夫だと知ると笑顔を向けた。


「良かったよ。じゃあ、さっそく魔法の基礎について教えるよ」


モイラは両手を前に差し出した。まるで空気を包み込むように軽く指を曲げている。彼女は手の中の何かを見つめていた。


「私たち生き物すべてにはエーテルと呼ばれる微弱なエネルギーが流れているんだ」


モイラの手の中がゆらゆらと揺れた。


「エーテルを集め魔力に変換し、命令を与えることで発動する。それが魔法だよ」


モイラの両手の中央からホワッと炎が上がった。


「魔法の基礎は火、水、風、地。四元素と呼ばれているよ。この4つの魔法を覚えれば、組み合わせ次第であらゆる魔法が使えるようになるよ」


モイラの手の中の炎は水に変わり、その水が消えるとモイラは両手を前に広げた。武彦の顔面に風が直撃した。


「うわ」


思わず手で顔を守る。風がやみ手をどけると、今度は体の周りを砂がぐるぐると回っていた。


「これが魔法だよ」


モイラが両手で指を鳴らすと砂は地面に散った。

武彦は感動した。同時に疑問も浮んできた。


「すごいです。ロータ先生は杖を使っていましたけど、何か違いがあるんですか?」


武彦の質問にモイラは嬉しそうな顔をした。


「よく観察しているね。そう、魔法を使う手段はいくつかあるよ。詠唱、杖、魔方陣に魔法結晶。長所短所があるから自分に合った方法を見つけるといい」


モイラは静かに見ていたリナシーを呼ぶと彼女の頭を軽く撫でた。


「さあ、リナシー。呪文による魔法を見せてあげて」

「ええ!?わたし人前での魔法は苦手なのに………」

「そのための訓練だよ。ほら大丈夫」


モイラに言われ、リナシーは緊張した様子で呟いた。


「わ、我が魂の火よ、燃え盛れ。エルド!」


リナシーの前に背丈ほどある火が一瞬上がったが、すぐに消えた。リナシーは不安そうな顔でモイラの顔を伺う。


「リナシー体がガチガチだよ。リラックス、リラックス」


モイラはリナシーの手首を掴むと腕をぷらぷら揺らした。そして武彦の方を見て言った。


「さあ、タケヒコくんもやってみよう。魔法を使う上で大切なことはイメージと心さ。手の平に熱く燃える火をイメージして。ただし心は冷静に」


武彦は自分の手のひらを見つめると、軽く目を閉じ、イメージした。モイラのような炎を出したい。そう願いながら呪文を唱えてみたが、なにも起こらなかった。

がっかりと肩を落とす武彦にモイラは言った。


「冷静な心でイメージを繰り返すことも大事だよ。魔力のコントロールに役立つ」


武彦は日が沈みかけるまでトレーニングを重ねた。



「よ!タケヒコくん。どうだった?初めての学園生活は」

ベルデはキラキラした顔で窓から顔を出した。初日から散々な目にあった。結局、暴走した魔法以外は使えていない。ため息交じりで答えた。


「疲れました。」


武彦の答えにベルデは明るく笑った。


「お疲れ様。お風呂先に入ったら?そうだ、後で共有室に行こう。きっと気分転換になるよ」


ベルデと別れると、お風呂に向かった。武彦はお湯に浸かりながら自分の手を見た。なぜ浅い川で感情爆発が起きたのか。川で溺れた後、ここの世界に来たことを思い出す。それが関係しているのだろうかと武彦は考える。魔法を使えるようになれば元の世界に戻れるのか、モイラか先生に相談するべきなのか、考えを巡らせ悩んだ。

武彦は大きくため息をつく。ずるずると体を沈め、肩までお湯に浸かった。


お風呂から戻り、ベルデのところに行く。すぐに手を引かれ、共有室に連れて行かれた。ツリーハウスから少し離れたところに形がサーカステントそっくりの建物があった。全体がツタで覆われている。出入り口にドアはなく、中で人がくつろいでいる姿が見える。テントの中に入ると巨大な映像が壁に映し出されていた。一体どういう仕組みなのか立ち止まってあたりを見回すと、反対側の壁に巨大な目がギョロリとしていた。


「うわ!なんだあの目!」


思わず声をあげた。するとテントにいる寮生たちが一斉に武彦を見た。


「うるさいぞ!今から始まるんだ。静かにしてくれ!」


苦情を言われ、すみませんと謝り、身をかがめてベルデの近くに行く。


「はは、怒られちゃったね。あの目で映像を映しているんだ。壁に生息する目玉さ。二体同一個体生物。右目で見て、左目で見せることができるんだ」

ベルデは「よくテストに出る生物だよ」と小声で武彦に教えた。


時間になると、みな映像に夢中になった。どうやらドラマのようだ。途中からで話はわかりにくいが、探偵物だとわかった。終盤にさしかかり、探偵が犯人を言い当てる場面になる。探偵がゆっくりと腕を伸ばし、人差し指を指した。犯人の名前を言おうと口が開く。そのとき——


——番組は途中ですが緊急事態のため、中止となりました。国を守る結界の一部が破壊されたことが確認されました。結界近くのアルティス街が魔族の襲撃を受けており、現在、魔法師団が交戦中です。アルティス市長は市民に避難を呼びかけていますが、死傷者や行方不明者の数はまだ把握できていません。このニュースは今後も続報をお伝えします——


ドラマを見ていた寮生が一斉に声をあげた。

「うそだろ!いいところだったのに!」「また魔族かよ」「うわー最悪」「あーあ」と口々に不満を漏らし、立ち上がると出口に向かった。それと入れ替わるように、大人びた寮生たちが駆けつけるようにテント内に入ってくる。その様子を見ていると、隣に座っていたベルデが肩を叩いた。


「行こうタケヒコくん。もう戻ろう」


ニュースの内容に嫌な感じを覚えながら武彦はテントを後にした。

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