第20話 青い少年たち


 銀さんと田淵両刑事は早速英会話教室の講師のマンションに向かった。

  

 『ピンポン』 『ピンポン』

 玄関先にひょろっと背の高い30代中半くらいの男で、「菊乃屋」の元社長夫人梨華を付け回していた関根講師が現れた。


「警察の者だが、あなた首なし死体で発見された「博多玉露抹茶バウム」の副社長隆史さんの事はご存じですよね?あの夜梨華さんの事で喫茶店で話し合いを持っていたが、その後喫茶店を出た後3人はもみ合いになったらしいが、あなたのその後の行動を聞かせて下さい」


「……その後、梨華さんと副社長は車で帰りました。むしゃくしゃしていて酒でも一杯飲んで帰ろうかと思いましたが、車だったのでその後直ぐ家に帰りました」


「あの後2人の後を付けて行ったという事は有りませんか、実は…あの日の深夜博多玉露抹茶バウムの副社長は何者かに、それも何とも惨い首をちょん切られて殺害された。関根さんあなたが関わっていないのなら、誰か怪しい人物を御存じありませんか?」


「……あの~?元夫「菊乃屋」の社長のところに一度送ったことが有るのですが、その時に豊田店の女店長と鉢合わせして……あの~?凄い剣幕で梨華さんを怒り付けていた事がありました。何か……腹の虫が治まらなかったのか、酷かったです。その理由は夜にやって来て金の催促をした事への怒りです。梨華は以前贅沢な生活をしていたので、その味が忘れられないのです。かといって今更パ-トで働くなんて……元々お嬢様育ちで働いた事が無いお姫様ですから『夫がいながら散々男遊びををして置いて……自分の意志で離婚して置きながら、お金が無くなるとお金の無心にやって来るなんて……それもこんな夜に、私と言う妻がいるのをお忘れですか?やっぱり元夫が良くて、こんな夜にやって来たの?私がいなかったらどんな事になっていた事やら……今は私の夫になったのよ。勝手な真似は許しません』あれだけ美しい梨華が今尚夫の周りをうろつく事への危機感から、そんな言葉を吐いたのだとは思うが、梨華はお金が必要だったらどんな事でもする女なんです。だから……お金の工面で出掛けただけなのに……」

 

 両刑事2人はこの梨華と言う女の言動にも不信感を抱き始めた。そこで銀さんと田淵両刑事は防犯カメラの分析を急いだ。

 

 すると「博多玉露抹茶バウム」の副社長が梨華を岡崎の自宅マンションに送り届けて、その後豊明の自宅に帰る所が防犯カメラに捕らえられていた。


 だが、知立市の一号線辺りから一台の車が執拗に副社長隆史の車にへばり付いて離れない様子が、防犯カメラに映し出されていた。それも、その車は軽自動車のアルトラパンと言う車種でカラーは夜なのでハッキリした事は分からないが、ミントパ-ルメタリック(薄緑メタリック)に見えた。それから……夜なので薄っすらとしか分からないが、見た感じでは女性で年齢までは分からないが、20代から30代……いや40代に差し掛かっているかも知れない。


 だが、その廃墟の民家付近には防犯カメラが見当たらない。犯人もオメオメとしっぽを出す訳がない。よくよく調べて犯行に及んだに違いない。そして証拠隠滅の為に完全防備で切断したに違いない。雨合羽に手袋という格好で切断したのだろうか、そうすれば指紋も残らないし、服にも血が飛び散る心配が無いから………。


    ***

 


 そうそうそう言えば、母梨華が言っていた銀座のアンテナショップで4年前に事件が起こった事件。それは「菊乃屋」の饅頭に針が入っていた事件だ。


 あの事件は一体誰の仕業だったのか

 

 流星の父親と勝君のお爺ちゃんは、共にお菓子製造販売という共通の仕事を生業にしていた。どちらの商品も人気があり地元だけに留まらず、各都道府県でも販売されていた。それは、東京駅や新宿の「ご当地プラザ」更には各大都市のアンテナショップにも自社の商品や土産物を卸していた。

 

 勝君のお爺ちゃんの店は、博多に本店を構える「博多玉露抹茶バウム」と言う土産物専門店。この店の人気商品は何と言っても、八女茶玉露抹茶を使ったバウムクーヘンが人気で店の看板商品だ。他には冷凍の「フロ-ズンバームク-ヘン」も爆発的人気を誇っている。その為、人気の「博多玉露抹茶バウム」は主要都市東京Ⅿ百貨店と大阪のH百貨店にも店を構えている知る人ぞ知る有名店だった。そして…売り上げ№1を誇るT百貨店に店を構える名古屋支店を任されていたのが、誰有ろう社長の息子で勝君の父親隆史さんだった。


 そして…流星の父で「菊乃屋」社長と勝君の父「博多玉露抹茶バウム」副社長は何と流星の母梨華を奪い合った仲だった。だから流星と勝君は、実はとっても仲良しだった。そんな理由から、色んな事を話し合っていた。

  

 それでは流星と勝君の最初の出会いはどこだったのか?

 

 それは「選・和菓子職人大会」が東京の製菓学校で開催されたのだが、その時「博多玉露抹茶バウム」のバウムクーヘンが和菓子職人部門で優勝した。

そこには当然「菊乃屋」の人気商品もノミネートされたが、賞には選出されなかった。


 そこで流星の父「菊乃屋」社長が、早速母に名古屋駅のT百貨店にバウムクーヘンを買いに行かせた。当然「博多玉露抹茶バウム」の副社長隆史は「菊乃屋」社長夫人の顔は何度か見た事があったので知っていた。ましてや「選・和菓子職人大会」和菓子職人部門で優勝したとあって物凄い行列が並んでいた。そんな時偶然にも「博多玉露抹茶バウム」副社長もこの時とばかりに、もっともっと我が社の商品を売り込もうと百貨店に顔を出していた。


 そして…同じ和菓子屋の、それも愛知県ではその名を馳せていた有名和菓子店「菊乃屋」社長夫人がいる事に気付いた副社長が、従業員にこっそり呼び出してこさせた。


 それは……わざわざ行列に並ばずに、折角同じ和菓子業界の雄同士の仲。気の毒に思いすぐさま渡したかったのだった。


 その時に、梨華に笑顔を向けられた副社長隆史はビビッと来てしまった。

 それは……梨華にしても同じ事。栄えある「選・和菓子職人大会」で「博多玉露抹茶バウム」のバウムクーヘンが和菓子職人部門で優勝した事への尊敬の眼差しから、恋に変わるのにどれだけの時間が掛かろうか?


 それと言うのも「菊乃屋」はその大会に数え切れないほど参加していたが、優勝どころか準優勝に輝いた事も無い。一度だけアイデア賞を貰った事があるだけだった。

 だからその賞が如何に輝かしいものであるのか、痛いほど痛感していた。


 梨華は仕事の出来る副社長の才能に惚れたのだった。一方の隆史はその華やかな容姿にイチコロとなってしまった。最初から美しい女性だとは思っていたが、改めてゆっくりと拝見した時の美しさは大輪の薔薇の花のような、それこそ珠玉の美しさだった。こうして…双方ともビビッと来るものがあり相思相愛となってしまった。



 一方の流星と勝君達は「選・和菓子職人大会」の日が土曜日という事もあり流星も、勝君も父親の雄姿を見ようと家族総出で見学に行っていた。


 そして…今日の「博多玉露抹茶バウム」の行列にも休日という事もあり、後継ぎという事もあり母梨華と一緒にやって来た。


 だから……所々で2人流星と勝君は後継ぎという事もあり会っていた。


   ***

 そんな時に母から思いも寄らない事実を聞かされた。


 銀座のアンテナショップで4年前に事件が起こったと言うのだ。

 それは「菊乃屋」の饅頭に針が入っていた事件だ。


 どうも……突き詰めて行くと、その当時「菊乃屋」の饅頭が人気で、それを妬んだ他店の仕業ではないのか?と言う噂だった。「菊乃屋」の饅頭は餅にクルミが練り込まれてあって、小豆も十勝産の絶品饅頭だった。今まで不動の一位を誇っていたにも拘らず、後から入ってきた新参者にお株を奪われた形の「博多玉露抹茶バウム」が、「菊乃屋」を追い落とそうとして針を侵入させたのでは?そんな噂がまことしやかにあの当時囁かれていた。


 今までは不動の1位だったのに、日に日に売り上げが落ち込んで行った「博多玉露抹茶バウム」の店長が思い余って針を饅頭に差し込んだと言う話だった。


 それでも…ハッキリとした証拠は出たのか?


 それが「博多玉露抹茶バウム」の店長が、アンテナショップ「菊乃屋」に侵入した映像は防犯カメラにハッキリと捉えられていたが、その時中学生ぐらいの男の子が2人その店長に、手を引かれて閉店しているお店に入って行ったと言うのだ。


 その中学生2人は誰だったのか?


 そして…店内には店長の姿は無く、あれは確か節分の前夜で閉店して間もなくの時間帯で2月2日の午後8時過ぎだった。そして…その中学生の2人は鬼の面を被って、何やら怪しい行動を取っていた。


 その中学生が、小豆にでも針を侵入させたのだろうか?針は原形を留めていない短いものだった。饅頭の小豆が水に浸して有ったので、その時に小豆に侵入させたのだろうか?


 翌朝職人さんが、小さすぎて分からなかったので煮込んでしまったのかも知れない。こうして事件は起きた。だが、その事件はニュースにはならずうやむやになってしまった。只「博多玉露抹茶バウム」の店長だけは責任を取らされて首になっていた。


 それでは店長は踏んだり蹴ったりではないか?どう見ても中学生らしき2人組の犯行にみえてしまうのだが?


 その中学生2人組は、誰だったのか?

 


 実は…子供たちは大人のエゴをイヤと言う程見せ付けられていた。


「大人は勝手だ。子供には勉強して良い大学に入れ!それって親のエゴじゃないか?第一職人に一流大学必要?只の見栄だろう。何だよ……俺達が知らないとでも思っているのか?親同士の不倫。フン!有り得ねぇってんだよ!なぁ」


「全くママにも困ったものだ!ママなんか……ママなんか……大っ嫌いだ!」


「本当!本当!うちのお母さんが気付いていて夫婦げんかが絶えないんだ……困っちゃってね!」


「あのふしだらな大人達の目を覚まさせてやろうぜ。許せない!」


 こうして…事件は起きた。

 それは……「菊乃屋」の饅頭だけではなく「博多玉露抹茶バウム」のバウムクーヘンにも混入させられた。


 それではどうして事件にならなかったのか?


 あの時の事を再現してみよう。


 丁度夏休みで流星は母と東京デズニ―ランドとアンテナショップ視察の為に東京にやって来た。それは流星と勝君が示し合わせたものだった。だから……勝君親子も東京デズニ―ランドとアンテナショップ視察の為に東京にやって来た。


 だが、ひとつ違っていた。それは普通だったら流星が母と東京ディズニーランドに行くのであったら、勝君の家も母が一緒に来るのが普通であろう。勝君は父とやって来たのだった。それは大人の都合。流星の母と勝君の父が逢瀬を楽しむためだった。


 子供達2人は許せなかった。それは流星の父が悲しむ姿をイヤと言うほど見せ付けられていたし、勝君にしても義母が狂うほど影で泣いている姿を見せ付けられていた。


 こうして復讐は始まった。


「店長僕が誰だか分かっている。ハン!僕はこの会社の跡継ぎだ。変な事言ったら許さないから!」


 こう言って両方のアンテナショップの鍵を、開けさせて針を仕込んだのだった。

 まだ青い少年たちは、勝手な事をする大人たちが許せなかった。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る