第4話 ゴーレムとホムンクルス

「相変わらず、錬金術師に頼むと仕事が早いな」


 マルゾコは先日冒険者ギルドから持ち込まれた精製の仕事を、早速ギルドの受付に持ち込んだ。ケルダールの中央通りのやや東側に存在する酒場兼冒険者ギルド受付『銀牙の杯』は、酒場として運営していない昼間は冒険者のたまり場となっている。


 言い方を変えれば「日雇いあっせん所」ではあるが、これがなかなか大陸規模で存在する組織的なものであるために、あるのとないのとでは街の発展度合いが変わるのだ。

 王国や特定の権利組織に運営が依存しないために人や金に対して平等フラットな依頼が多く、人殺しが絡まないなら敵同士になることもありうる。


 何のつてもなく自身の技能スキルひとつで成りあがろうとするならば、これほど強い味方はいない。

 だが同時に、とてつもなく冷酷でもある。能力があると思いこんだ残念な新人ルーキーが簡単な依頼一つクリアすることなく辞めていくこともしばしばある。良くも悪くも能力至上主義なのが世の常なのだ。


「まあね、私ほどでなくとも錬金術をかじったことがあれば、あの程度の量は三日もかからないよ」


 マルゾコは肩を落としながらぼやいた。

 今となっては錬金術師ができることなど、誰でもできる「既存技術」となってしまった。

 そもそも、錬金術に必要なものは「理解」と「計算」だと言っていい。剣士のような鍛え上げられた筋力も、魔法使いのような大量の内包エーテルも必要ない。


 物の性質を知り、エーテルの流れを追加したり、断ち切ったり、その方法を理解し調整する。

 ……十八番おはこの『賢者の石』の精製法が判明・禁止された現在では、誰も望んで就きたがらない職業なのだ。


「じゃあ、また何かあれば」


 そう言いながらマルゾコは受付を後にした。


「失礼するよ」


 マルゾコに入れ替わるように、数人の男たちが受付にやってきた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 先頭の男が口を開くや否や高圧的な態度で受付に食って掛かった。


「は、な、なんでしょうか?」


 男たちは冒険者と言うよりどこかの役人のような風体だ。略式鎧をまとい、そこそこ大きめの獲物を腰や背中に下げている。話しかけた男は厚手の革帽子をかぶっているが、残りの男たちは深めのフードをかぶっていた。


「我々は隣の国『ザナス』の冒険者ギルドを拠点としている者だ」


 そう言って彼は帽子を外してギルド証を提示してきた。


「あ、確かに準一級のギルド証ですね……」


 等級は五級から存在し、最高は一級だ。頭に『準』が付くのは『実力はあるが昇格試験を受けていない』ことを意味している。これは依頼内容の難易度を始めから選別する意味合いもあるが、ある一定の組織から依頼を受ける際の指標にもなっているのだ。単純に言えば、国や公共機関がギルドに依頼をかける際、二級以上でなければ紹介できない等の基準になる。


「実は、一月ほど前ここを訪れた冒険者から『ケルダールから人が消えてゴーストタウンになっていた』と報告を受けた。だが、調査のために来てみたがそんな気配はない。いったいどうなっているんだ?」

「そ、そんなことを言われましても…… 当の我々はこうして生活しておりますし」


 受付の人間も意味が分からない質問と回答を繰り返すばかりで一向に埒が明かない。

 すると、今まで入口近くでたむろしていた一人が突然寄ってきて突っかかってきた。


「なら、この街に詳しい錬金術師は居るか?」

「れ、錬金術師、ですか? それなら……」



   Δ



「また、なにやったらこうなるんだよ」


 マルゾコは持ち込まれた自動人形ゴーレムを見ながら、依頼者のガッセンに状況を確認した。


「いや、何もしてないよ! 最近はちょっと動きがぎこちなくて、そろそろ全身調整オーバーホールかな、とは思ってたけど。突然動かなくなるのはまた別の理由かな? って……」


 工房の作業台にどかっと乗っているのは、現場作業用の自動人形だ。生産ギルド関係の下請け作業に使っていた、荷運び用の人形が動かなくなってしまったらしい。


「んー、まあとりあえず診てみますけど」


 そういってマルゾコは人形を解体し始めた。

 自動人形は、コアとなる物質に動作パターンを命令群の登録プログラムした後エーテルを注入し、体となる単一素体あるいは人の形をした多素体に埋め込む。あとはエーテルが循環している間入力された命令を実行し続けるのだ。


「パッと見た感じ、核は無傷のようですね。なら命令実行は正常なのでどこか動作不良があるのかも」


 動作不良はこのエーテルが不足したり単一素体の不足、あるいは物理的破損などが重なると動かなくなる。登録した命令に『動作不良が五割を超えたら行動を停止する事』と刻み込んであるからだ。つまり、一種の安全装置が正常に働いたことを意味する。


「直りますかね?」


 ガッセンはオドオドしながらマルゾコに尋ねた。彼は生産ギルドに入ってまだ三年も経ってない。立場の弱い新人である。できれば穏便な話で終わらせたい。


「おや?」


 マルゾコの手が止まった。


「この核、命令が改竄かいざんされた形跡があるぞ……? 後天的に命令を追加するとエーテルの循環に支障がきたすんですが」

「え!? かか改竄!?」


 マルゾコは核を丁寧に取り外すと、真っ白な机の中央にそれを置いた。


 すると核が細かく振動を始め、さらに深紫色の光が机を走りだし、複雑な幾何学模様を机に浮かび上がらせた。この核に書き込まれていた命令の一覧である。


「ほら、他の運搬人形ではあまり使わない動作ルーチンが組まれてます。ほら、ここには作業時間帯の追加や付属品の使用命令もありますね」


 マルゾコが今まで見てきた人形の命令はこんなに複雑ではない。せいぜい決まった地点の往復と荷上げ荷下ろし程度だ。


「たぶん、最近拡張した坑道の作業用に命令を誰かが追加したんでしょうね。エーテルを充填する時間も少なくなってる。これくらいなら難しい改竄じゃないし。でも、これじゃあ壊れますよ」

「そんなぁ…… 先輩の仕業だな。また俺が親方に叱られる」

「どうします?」


 マルゾコはフラスコの中のエーテルをくゆらせながらガッセンに質問した。


「理想は…… 改竄命令の消去と体の補修なんですけど、どれくらいかかります?」

「この人形の核はイーアステン汎用金属がメインだからそれとパロズステンをちょっと工房から融通してくれれば、核の書き換え代金だけでいいですよ。んっと、12200ルードくらいで」

「おおぉっ、ちょ、ちょっと高いなぁ」

「そうですかね? 普通に修理費計算すると58600ルード。新品の自動人形を作るとなるとざっと220000ルードだから、格安だと思いますよ?」

「ううう、人形は文句言わないからなぁ」


 ガッセンは親方と話をするということで一度ギルドに戻った。

 最終的には一部素材の融通許可をもらったとのことで、18600ルード+イーアステン希望分が落としどころとなった。


「じゃあ作業しちゃうから、少し待ってて下さいね」


 マルゾコは再び核を机の上に置き、展開された幾何学模様にスイスイと手を加える。描かれたエーテル式を直接自分のエーテルで切り貼りしているのだ。


「……すごい手際いいですね」

「いやいや。魔法使いはこの手の展開を素手か杖を使って魔法を使うわけだし、私たちはそれを誰もが使えるようにするだけの仕事ですしね」


 ある程度の書き換えが終わると、一度核を元に戻す。人形本体の駆動部分で不具合が出ている場所を特定しつつ、受け取ったイーアステンを加工して人形の部品に仕上げていく。


「やっぱ、ホムンクルスの方が使い勝手いいんですかね?」


 ガッセンがぽつりと呟いた。


「え、どうして?」

「いや、他の生産ギルドとかから話聞くんですけど、人形ゴーレムはあらかじめ組み込まれた命令以外はしないじゃないですか。だけど、ホムンクルスは自分で判断できるからこういう不具合は起こさないって聞きますよ?」

「ガッセンさんは、ホムンクルスとゴーレムの違いって分かります?」


 マルゾコは手を止めず、声のトーンを落として質問した。


「いやわかんないです。より人に近い、ってことくらいしか」


 ホムンクルスとは人造人間。ヒトによって造られたヒトの事だ。


「彼らは、ある意味ヒトなんですよ。『使い勝手』なんて言い方したら失礼になっちゃいます」

「え、そう言うものなんですか?」

「逆に聞きますけど、ホムンクルスと我々の違いは何だと思います?」


 ガッセンはちょっと悩んで答えた。


「そりゃ、ゴーレムと同じで核があるんですよね?」

「それ以外は?」

「それ、以外?」


 ガッセンは言葉に詰まった。


「彼らには『魂』があるんです。核に使われる素材にもよるんですが、良いものを使えば我らと遜色ない生命が宿ることもあります。もし賢者の石を核にできたら、それは人を超えることもできるかもしれない」

「そんな…… 誰かやったことあるんですか?」

「かつていたかもしれない。でも、確認できた錬金術師は数えるほどしかいないでしょうね。でも、だからって彼らを道具のように扱うことはあまりいいことじゃあないです」

「そういう、もんですか」


 そんな話をしているうちに、自動人形の修理は終わった。


「核にちょっと重めの保護プロテクトをサービスでかけておいたので、今度は誰かに命令改竄されることは少ないと思いますよ」

「あ、ありがとうございます! 助かるぅ」


 そう言ってガッセンは人形を連れて工房を後にした。


「さて…… ん?」


 依頼人を工房の外へ見送ると、見慣れない集団がこちらに来るのがマルゾコの顔に映った。一人は革帽子を目深に被り、他の数人はフードを深く被っていたため、それらがどんな集団かは分からなかったが、一つだけ読み取れることがあった。


「あれはウチに来るな。理由はわからないけど」


 マルゾコは隠れるように、しかし店内の様子を伺えるようにカウンターのすぐ裏で待機した。

 ほどなくして来客を告げるドアベルが鳴り、数人の男が店に入ってきた。


「いらっしゃいマセ」


 プルクがいつもと同じ様に応対する。


「ここに錬金術師がいると聞いたが?」


 革帽子の男がプルクに問いかける。


「はイ、この店は錬金術師が作った商品を並べておりまス」

「……君は自動人形ゴーレムか!?」

「ど、どうしたんですか隊長?」


 フードの男の一人が革帽子の男の動揺に驚き、声をかけた。


「自動人形に発声器官をつけ、なおかつ接客させる命令ができる錬金術師……」

「そんなにすごいことなんですか?」


 別のフードの男は革帽子の男が感心した内容を今一つ理解できないようで、呆れた声をこぼした。


「……お前の主人はどこだ?」


 そこで、さらに別のフードの男が一歩前に出てプルクに問いかけた。


「いま主は接客中デ、奥の工房で仕事をしていまス」

「ああ、いいよプルク。それならさっき終わったから」


 マルゾコは自分が作った自動人形を褒められて嬉しいのか、上機嫌で裏からカウンターに入ってきた。


「どうも、私が個々の工房主のマルゾコです」


 ところが、マルゾコが姿を見せた途端男たち全員が固まってしまった。


「……フラスコの小人ホムンクルス?」

「いえいえ。こんな姿ナリですが、れっきとした人間です」


 ここまでは彼にとって日常風景テンプレだ。

 だが、今日に限っては少し様子が違った。


「『賢者の石』はどこだ?」


 先ほどマルゾコの居所を聞いたフードの男がさらに詰め寄って質問してきた。


「は? 『賢者の石』はもう世界的には新しい石の生産を事実上禁止にしましたし、店で売るような在庫は……」

「黙れ!」


 フードの男は突然マルゾコの首を掴んで片手で持ちあげた。


「お、おいベルヴェラ! よさないか!」


 革帽子の男がフードの男の行動を静止しようと服を掴むが、その手から煙が噴き出し手を離してしまった。


「ぅあっち! な、何だ一体!?」

「ひと月前だ。この街から人影が消えた。貴様だろう? 街の人間のエーテルを抜き出して作られて賢者の石を盗んだのは!」

「は、な、何の話……」

「やめろベルヴェラ! 我々はそんなことを調査するために……」


 革帽子の男はその男のフードに手をかけ引きはがすと、革帽子の男はさらに驚いた。


「お、お前…… 誰だ!?」


 はがれたフードから覗いたその頭は、ほかの人とは違う形状をしていた。

 肌は血色を失った青白い色で、全体に白い産毛が生えていた。耳も少し大きく、巻きの強い癖のある形をしており、瞳の色も人間ではありえない黄金色をしていた。

 ヒトではないものから創られたヒト…… 人造人間ホムンクルスである。


「き、貴様! ベルヴェラをどこぉ…… くぅあ……」


 掴みかかろうとした革帽子の男は、言葉の最後を言う前にその頭部が顎と上部真っ二つの三分割に切り刻まれた。


「た、隊長ぉ!?」


 フードの男が一人その身体に駆け寄り、残りの三人は人造人間に獲物を抜いて突きつけた。


「やめろ! それ以上――」


 だがその言葉を紡いだ男は、残りの言葉を吐く前に喉がつぶされてしまった。


「貴様ぁ!!」


 残りの二人が振りかぶって襲い掛かるも、人造人間はマルゾコを掴んだまま二人の懐に入り込み、体を大きく翻した。腕に仕込んでいた鎌のような暗器が男たちの腹部や胸部を大きく切り裂き、二度と立ち上がれない体に変えてしまった。


「おいおい、人の店になんてことしやがる」


 マルゾコは冷静に人造人間をたしなめた。強く首元を握られているのもあり、言葉だけがまともに抵抗できる手段だったからだ。


「顔を見られた。生かす意味がなくなった」


 彼は自身が屠った相手がきちんと始末できているか確認中だが、冷静に話を返した。


「そんな大事なら、基礎ベースに手を抜く方が悪い」


 そのマルゾコの言葉に反応したのか、彼はフラスコ頭を勢いよく床にたたきつけた。


「もう一度聞く。ひと月まえにこの街でできたはずの賢者の石はどこだ」

「……知らないね」

「なら用はない」


 人造人間は、躊躇なくそのガラスに自らの拳をたたき込んだ。

 クシャ、と湿った音とともに入ったヒビからドロドロとエーテルが漏れ、次第にマルゾコの体から力が抜けていった。


形体ガワが無ければいくら人造人間といえど死ぬだろうな」


 そのまま人造人間はプルクを動けない程度に破壊し、工房を隅々まで探索して回った。


「……街の規模の割に錬金術師が少ない。かと言ってどこもサイズに関わらず賢者の石を隠していない、ということはもう、誰かが持ち去ったとしか考えられないということか」


 人造人間は鬱憤を晴らすようにあちこちを破壊した後、マルゾコの店を後にした。

 音が消え、静まりった街は次第に日が落ち、また街中に鐘の音が響き渡った……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る