第23話 本物


「俺たちの負けだ。焼くなり煮るなり好きにすれば良い。仕事とはいえ、それだけのことをした。覚悟はできてる」


 殺し屋のリーダーらしい男は、堂々とした口調で言った。

 誇りと矜持を感じる態度だった。


 私は彼らを拘束して、自警団に引き渡すことにした。

 処遇を伝えると、リーダーの男は怪訝そうな顔で言った。


「あまり良い選択とは思えないぜ、嬢ちゃん。自警団に引き渡せば、俺たちの身柄は高等法院に委ねられることになる。あそこは不正と癒着の温床だ。俺たちのクライアントも多くいる。適当な理由を付けて一週間も経たずに釈放されるだろうよ」

「いいんです。他の貴族達に私達の力を示すことができる。ことあるごとに殺し屋を送られても面倒なので」

「それが目的なら、俺たちを殺しても問題はないはずだ。死体を適当な貴族の家の前に並べておけばあんたのプラン以上の効果が期待できる」

「そんなに死にたいんですか?」

「死にたくはないさ。ただ、少し甘いんじゃないかと感じただけだ」


 リーダーの男は言う。


「あんたが対峙しているのは利益と保身のために平然と人を殺すことができる外道どもだ。救いようのない悪人だが、だからこそ他者を平気で裏切り、蹴落として繁栄を謳歌している。殺したくないなんて贅沢を言っていると足下をすくわれるぜ」

「ご忠告ありがとうございます。でも、私が殺しを選択しないのは単純にそのやり方が最善だと思わないからなんですよ」


 私は言う。


「私、ものを捨てられない性格なんです。勿体ないなって。まだ使えるかもって思ってしまう。敵対した人たちについても同じです。生きていてくれれば、何かの時に利用できるかもしれない。だったら殺さない方が良い選択じゃないですか。特に貴方は見逃してくれたことを恩義として認識してくれそうな人柄のように見えますし」

「俺を生かして後で利用しようと布石を打っていると」

「ええ。絶賛悪巧みの途中です」


 私の言葉に、リーダーの男は笑った。


「なんて嬢ちゃんだ。まったく」


 やれやれ、と首を振ってから言った。


「大したもんだよ。もしかしたら、世界を変えるのはあんたみたいなやつなのかもな」






 縛り上げた殺し屋たちを自警団に引き渡してから、私はお父様を打倒する計画をヴィンセントと立てた。


 今回は被害を出さずに済んだけれど、次もうまくいくとは限らない。

 送り込んだ殺し屋たちが失敗したことを知れば、お父様はさらに強硬な手段で私を亡きものにしようとするだろう。


 間違いなく仲間や領地の人たちにも被害が出る。


 その前にお父様を叩き潰し、二度とそういうことができない状況を作らないといけない。


 しかし、そんな大変な状況にもかかわらず、私は目の前にある予想外の光景に激しく混乱していた。


「あの、シエル……近いんだけど」

「我慢しなくて大丈夫です。こうすることでしか解消できない不安もありますから」


 戻ってきたみんながやたらと私のことを心配してくれるのだ。


 シエルはずっと私のことを抱きしめて離さないし、ヴィンセントもちらちらとしきりに私の方を見ながら、お菓子やらケーキやら用意して持ってきてくれる。


「どんなことでもご遠慮無くお話し下さい。私で良ければ、何時間でも何日でも話を聞きます」


 完璧な執事としての隙の無い表情に、どことなく心配そうな感じが混じっていた。


(やさしくされすぎて困惑してるとは言えない……)


 たしかに客観的に見れば、私は殺し屋に襲撃されて間一髪救われた十歳の子供なわけで、心配に思うのは自然なこと。


 心に傷ができて、今後の人生にもよくない影響が出るんじゃないかと不安に思っているのだろう。


 心配してくれるのは元暴徒のエージェントさんたちも同じだった。


「俺たちにできることがあったらなんでも言って下さい」

「これ、俺が作ったさくらんぼのタルトなんですけど」

「いつでもどんなときも私たちはミーティア様の味方です」


 大事にされすぎている状況に、困惑せざるを得ない私だった。


 まさかこんなに心配してくれるなんて。


 とはいえ、悪い気はしなかった。

 こんな風にみんなから心配されて、優しくしてもらうのはほとんど経験がないことだったから。


 驚くべきことに、その日の作戦会議はそのまま私甘やかし態勢で行われた。

 シエルに後ろから抱きしめられながら、私はヴィンセントの調査報告を聞いた。


「ラヴェル・リュミオールの急所を突き止めました。狙うべきは私室の金庫にある機密資料です」


 ヴィンセントは言う。


「貴族社会における黒い交際や金の流れのメモを彼はそこに隠しています。外に漏れれば、築き上げてきた地位と名誉に大きな傷がつく。何より、出してはいけない資料と情報を流出させてしまったとなると、もう貴族社会で生きていくことはできない」

「忍び込んでそれを手に入れることができればお父様も私たちに手出しできなくなる」


 私の言葉に、ヴィンセントはうなずいてから続けた。


「問題は、ラヴェルの屋敷に魔法国屈指の厳重な警備態勢が敷かれているということです。ここ数日でさらに人員を増やしている。あの警戒網をかいくぐって内部に侵入し機密資料を手に入れるのは極めて難しいと言わざるを得ません」

「でも、私たちならできる。そうでしょ」

「ええ。その通りです」


 二人で笑みを交わす。

 でも、シエルが私を抱きしめてるので悪女感はいまいちだった。


 残念ではあるけど、大切にされてうれしい部分もあるので仕方ない。


 作戦の立案にはヴィンセントが育ててくれた元暴徒のエージェントさんたちも協力してくれた。


「屋敷の設計を担当した建築家のアトリエに潜入し、リュミオール伯邸宅の構造図を入手しました。活用して下さい」

「こちら日常的にリュミオール家敷地内に出入りしている人間のリストです。一通り身元を調査した上で成り代わりやすい有力候補にはチェックをつけました」

「作戦目標である金庫を製造した職人を特定しました。構造図などの資料が残ってないか捜索を続けています。明日朝までには結果が出るかと」


 瀟洒な外套に身を包んだその人達の出で立ちには隙ひとつない。

 磨き上げられた靴と皺一つ無いスーツ。

 ヴィンセントの訓練によってその立ち振る舞いにはさらに磨きがかかっている。


 まるで物語の中からそのまま出てきたみたいなエージェントチーム。


(やっぱり完全に本物……というかもはや本物も超えてるような……)


 少し前まで「ヒャッハー!」とか言いながら暴徒やってた領民さんたちなのに。

 あまりの変わりように呆然としていた私だけど、協力してくれる仲間としてはすごく心強い。


「みんなミーティア様に感謝しているからこそ熱心に励んでくれているのです」


 小声で微笑むヴィンセントに笑みを返す。


 初めてできた同じ趣味の同志が、ここまで見事なごっこ遊び仲間を育ててくれたのだ。


 私も悪女なりきりマスタークラスの実力を披露しなければ。


「シエル。お願い」

「はい、ミーティア様」


 シエルは私のしたいことがわかったらしく、目を細めて背中を押してくれる。

 歩み出た私は、かっこよく髪をかき上げて振り向いた。


「向かってくる者には容赦しない。二度と刃向かえないところまで徹底的に叩き潰す。それが私たちのやり方よ」


 私は言った。


「肥え太った悪徳貴族に教育してあげましょう。この世界を統べるのにふさわしい本当の悪というものを」


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