第21話 深い闇


「さすがの手際ですミーティア様」


 部屋に入ってきたのは、貴族達にジャスミンティーを配っていた会場関係者の男性だった。


 今日初めて会った彼が本当は誰なのか、私は知っている。


「ううん。全部ヴィンセントのおかげ。ありがとう」


 男性が特別製の変装用マスクを取る。

 中からヴィンセントの顔が現れた。


 二人で貴族たちを身動きできないように拘束して、控え室に移す。


 第三議会の貴族達を眠らせたのは、彼らを会場で拘束して動きを封じるためだった。


 その隙にシエルと元暴徒さんたちが、彼らに成り代わって邸宅に潜入。

 当たりを付けていた弱みとなる機密資料を収集する。


「隠していた証拠資料、ばっちり全部取ってきました」


 数時間後、みんなが集めてきた機密資料の数々に私はシエルと手を打ち合わせた。


「それじゃ、第三議会を掌握しちゃおうか」


 私は会場の一室を使ってシェーンハイト伯と深い関係を持つ貴族たちと一人ずつ面会を行った。


「汚い手を使いよって……だが、私は誇り高き貴族の一人。貴様に屈することは決して――」

「こちら、貴方が行ってきた誇り高い収賄の証拠資料になります。この規模ですと、十年は魔法監獄で暮らさなければなりませんね。私は優しいので貴方が言うことを聞いてくれるなら、黙っておいてあげてもいいですよ?」

「…………君の指示に従おう。何でも言ってくれて良い」


 誇り高い貴族さんたちには、自分の身が一番大切だという共通の性質がある。


 みんなが集めてきてくれた証拠資料を使って弱点を突き、私は手際よく貴族達を籠絡していった。


 私に意地悪をしたアロンソ伯と議長にもたっぷりお返しをしてから、すべての鍵を握るシェーンハイト伯と向かい合う。


「自らは手を汚さず、部下と側近を使って私を追い詰める。第三議会で最も優秀な貴方らしい見事な手際でした。でも、今回は相手が悪かったですね。こちら、貴方が二十年に渡って行ってきた脱税の証拠資料になります。東部地域で絶対的な権力基盤を持つ貴方でもさすがに王室を敵に回すのは困るでしょう。私は優しいのでこれから貴方が私の言うことを聞いてくれるなら黙っておいてあげてもいいですが」

「私の負けだな」


 シェーンハイト伯は言う。


「見事なものだ。君が私の想像をはるかに超える怪物であることは認めよう。だが、君はひとつ見込み違いをしている」

「見込み違い?」

「この国を覆う闇は君が考えているより深い」


 その言葉が、単なる負け惜しみではないことは感覚的にわかった。


「私が勝てる可能性はどのくらいあると思いますか?」

「未来のことは誰にもわからない。だが、極めて難しい戦いになることは間違いないだろうな。無謀と言ってもいいかもしれない」

「良いですね。高い壁の方が上り甲斐があります」

「もし君が本気でそれを成そうとしているのならば、まず始めに彼を打倒する必要があるだろうな」

「彼?」

「現段階で君の存在を最も疎ましく思っている人物」

「お父様、ですか」


 私は深く息を吐いて言った。


「その口ぶりだとシェーンハイト伯のところにも陰から働きかけをしていたみたいですね」

「できるだけ早く行動を開始した方が良い。第三議会が失敗したことに気づけばリュミオール伯は本気で君を消そうと動くことだろう。彼は手段を選ばない。領民や君に仕える者たちにも犠牲になる者が多く出るだろうな」


 何もしなければ、間違いなくシェーンハイト伯の推測通りになると思った。


 あの人は魔法適性を持たない人のことを人間だと考えていない。


 だから何の罪悪感も持つことなく簡単に命を奪うことができる。


「させません。その前に私が父を叩き潰します」

「良い目をしている」


 シェーンハイト伯は口角を上げて言った。


「もし君がこの戦いを生き残ることができたなら、私は君を支援することを約束しよう」

「私が脱税の情報を握っている時点でそれは既に確定してますけどね」

「君には叶わないな」


 シェーンハイト伯は笑って首を振った。


「励みなさい。闇の深さに呑まれないように」






 ◆  ◆  ◆


 砕け散る音が悲鳴みたいに響いた。

 壁から垂れる紫の液体と破砕したワイングラス。


 聞かされた自身の娘についての報告。

 胸を焼く激しい怒り。


「無能どもめ……出来損ないの娘一人叩き潰せぬとは……」


 状況は、《三百人委員会》の中でさらなる出世を求めるラヴェル・リュミオールにとって厳しいものになりつつあった。


 彼が主導して行ったリネージュにおける生物兵器実験の失敗。

 加えて、貴族社会の中では着実にミーティア・リュミオールの噂が広がっていた。


 前例や貴族社会の常識に従わず、魔法適性を持たない劣等種を人間扱いする変わり者の娘。


 その存在は、優生思想を持つ貴族たちにとっては裏切りにも見えかねないものだった。


 冷ややかな目を向けられることが増えた。


 周囲から問題を抱えていると認識されている。

 軽んじられている。


 その事実がプライドの高いラヴェルは許せない。


「ラヴェル様。お客様が」


 そんな中で、家を訪ねてきたのは三大公爵家のひとつであるローエングリン家当主アレクシスだった。


 慌てて出迎え、深く頭を下げた。


「申し訳ございません。予期せぬことが多く少し時間がかかっておりまして」

「何を謝ることがあるのですか。私は貴方を高く評価しているのですよ」


 アレクシスは意外そうに言った。


「見事な手際でした。第三議会の貴族たちを動かし、自然な形でミーティア・リュミオールを潰すための査問会議を開いた。その上で、彼女に彼らを屈従させることでその優秀さをたしかな形として示した。素晴らしい働きと言わざるを得ません。我々の中でミーティア・リュミオールの価値はさらに高いものになっている。貴方の働きのおかげです」


 それから、にっこり目を細めて続けた。


「大丈夫です。私はちゃんとわかっていますから。だって、意図したことでなければ貴方は十歳の娘を本気で潰そうとして出し抜かれた救いようのない愚物ということになってしまうでしょう? 優秀な貴方に限ってそんなことあるわけない。そうですよね」

「…………」

「よかったです。最高幹部の一人にそんな無能がいるとなったら大変な事態ですから。一刻も早く外れてもらうことになってしまうので」


 アレクシスはラヴェルの肩を叩いた。

 耳元に口を寄せて言った。


「これが最後のチャンスです。早くしないとみんなに無能だとバレてしまいますよ?」


 アレクシスが帰ってからも、ラヴェルは応接室で座り込んだまま動くことができなかった。


 もはや猶予はない。

 どんな手を使ってもあの娘をこの世から消し去らなければならない。


「金で殺し屋を集めろ。あの娘を殺せ」


 ラヴェルの言葉に、老執事は青い顔で言った。


「しかし……ミーティア様は現地の住民から非常に強く慕われていると聞きます。暗殺されたなんてことになれば彼らが以前のように暴徒と化す可能性も」

「兵を送り皆殺しにして鎮圧すれば良い。元々生きている価値のない連中だ」

「ですが、事が明るみに出れば責任問題にも――」

「相手が劣等種なら簡単にもみ消せる。発覚しなければ何もないのと同じだ」


 ラヴェル・リュミオールは感情のない目で言った。


「邪魔する者は殺して構わない。どんな手を使ってもあの娘を殺せ」


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