第20話 査問会議


 査問会議の会場に着いた私は、悪女らしくシェーンハイト伯を思う存分挑発してやった。


 こういうのができることが悪女の良いところである。

 正義の味方じゃできないからね。


 欲望のままにやりたいことをやりたいようにやるのが悪の道。


 シェーンハイト伯もまさか、私が何事もなかったかのように会場に現れるとは思ってなかったのだろう。


 びっくりしてる反応が気持ちよかった。


 到着するまでの間、汚れたドレスを涙目になりながら手洗いし続けた甲斐があったぜ。


(《衣類をやさしく洗濯する魔法》が使えてよかった)


 生活魔法しか使えなかったからこそ、その分野なら誰にも負けないくらいに練習してきた私だ。


《衣類をやさしく洗濯する魔法》に関しても、その道一筋で生きてきた熟練洗濯師さんに匹敵するレベルの技術を持っていると自負している。


 一方で、私が警戒していたのはシェーンハイト伯と話していた人物のことだった。


 最初に会ったときとは異なる変装した姿だったけれど、そこにいたのが誰なのか私は気づいている。


(私を気に入って支援物資を送ってくるやばいストーカー……!)


 隣国の商会長らしい彼は、我が身を守るために差別主義者を演じていた私をいたく気に入るという筋金入りのイカレ野郎なのである。


 きっと一日に八回は民族浄化ダンスを踊らないと禁断症状が出てしまうみたいな狂気的な思想の持ち主なのだろう。


 さっきも、シェーンハイト伯を煽る私をやけにキラキラした目で見ていたし。


(絶対に関わらないようにしなければ……)


 改めて決意しつつ、査問会議が始まるのを待つ。


 査問会議が行われる会場は、第三議会が定例会議を行っているのと同じ場所だった。

 この国の議会が使うものとして一般的な構造。


 中央の席に座った私を、第三議会に所属する貴族達が取り囲んでいる。

 注がれる視線。

 張り詰めた空気。


 私は張り切って悪女っぽい振る舞いを披露する。


 椅子に深く腰掛け、持ち込んだ紅茶を飲む。


 いつもはたくさん入れる砂糖も今日は入れない。

 悪女っぽくないからだ。

 おしゃれは我慢と言うけれど、悪女になるにも我慢が必要なのである。


(うう……苦いわ……)


 顔をしかめる私の視線の端で、会場の関係者さんが話していた。


「すみません。魔導式送風機の調子が悪くて」


 どうやら、設備の管理を担当している方らしい。


 室温が高くなってしまい申し訳ないと何度も頭を下げながら貴族たちにジャスミンティーのグラスを配っている。


 私の分のジャスミンティーはなかった。

 貴族たちは少し優越感を感じているみたいだった。


(ぐぬぬ……今に見ておれ)


 内心の怒りを堪えつつ、涼しい顔で持ってきた紅茶を飲む。苦い。


 会議は傍聴者を入れず密室で行われるという。

 その方がより確実に私を叩き潰すことができると考えたのだろう。


 慎重で常に確率が最も高い方法を選択するシェーンハイト伯らしい判断。


「それでは、会議を始めましょう。今回皆さんに集まってもらったのは、ミーティア・リュミオールがリネージュの地で行っている悪政について処罰を下すためです」


 シェーンハイト伯が子飼いにしている議長が言う。

 続いて、壇上に立って説明を始めたのはシェーンハイト伯の側近であるアロンソ伯だった。


「まずは彼女の行っている施策が如何にひどいものかご覧に入れましょう。手元の資料をご覧下さい」


 そして始まったのは、私に対する弾劾だった。


「領民たちを強制的に働かせての強引な開墾。持続性と財源の安定性を考慮しない異常な額の減税。出所が怪しい資金を使って、周辺地域の貧困層にお金をばらまいているという噂もあります」


 アロンソ伯は朗々とした声で続ける。


「無茶苦茶な政策によって領民たちの不満は増大。治安は悪化の一途を辿り、税収もそれまでに比べて明らかに少ない数字になっています。たとえ魔法が使えない人々に対しての行いであるとはいえ、私たちは廉潔な愛国者の一人としてこれ以上彼女の横暴を見過ごすわけにいかない」

「ありがとうございます、アロンソ伯」


 満足げにうなずいて議長は言う。


「続いて処罰についての検討を――」

「お待ちください」


 私は手を上げた。

 視線が私に注がれる。

 議長は手元の資料に視線を落として続けた。


「彼女の処罰についての検討をします」

「魔法国における査問会議では、査問対象による答弁が行政法第二十二条によって認められています。廉潔な愛国者である皆さんが国が定めている法律を破るなんてことはしないですよね?」


 議長は唇を引き結んだ。

 沈黙が議会を浸した。

 やがて、言った。


「先ほどの答弁に意見があるなら述べたまえ」

「ありがとうございます。まず、事実関係を精査させてください。アロンソ伯が言った領民たちの不満の増大と治安の悪化。こちらについて客観的かつ信頼できるデータはあるのでしょうか」

「私とシェーンハイト伯が部下を使って調査を行った」

「どのような方法で行ったのですか?」

「現地に赴き、聞き込みを――」

「こちらにリネージュの北側にある関所の通過記録があります。該当しそうな人物の名前はここにありませんが」

「調査は信頼性を確保するために情報を伏せて行った。そんなこともわからないのか」

「だとしても、該当する方はいません。元々往来が多い地域ではないのでそれらしい方がいるとわかるはずなんです。貴族家の関係者が魔法が使えない人々の住む地に訪れることって稀なので」

「…………」

「現地に訪れてないのに信頼できる調査ができるなんて、さすがアロンソ伯の部下の方は優秀ですね。私は能力が無いので、現地の人々と接して調査を行いました。リネージュの方二千人から署名付きで取ったアンケートです。『すごく満足している』と『概ね満足している』を合計すれば96パーセントの方が私の政策に納得していることになる。不満が増大しているとは言えないのではないでしょうか」


 私は言う。


「治安の悪化についても同様です。こちらに、リネージュにおける過去二十年の犯罪件数をグラフにしたものをご用意しました。例年と比べてリネージュにおける犯罪件数は著しく減少している。いったい何を持って治安が悪化したと述べているのか論拠を聞かせてもらいたいのですが」

「査問にかけられている君が取ったデータに信憑性があるとは認められない」

「現地に訪れてもいない人が作った感想文よりは信頼できると思いますけど」

「静粛に。アロンソ伯の調査は信頼できるものだ。ミーティア・リュミオールの異議を却下します」

「……わかりました」


 議長の言葉に、私は口をつぐんだ。


 これではっきりした。

 今回の査問会議は、初めから結論が決まっている。


 議長を含め、全員がグルになっていて、どんなに真っ当な意見を伝えたところで状況が覆ることはない。


 だとすれば、抵抗するだけ労力の無駄というものだ。

 私は足を組み、頬杖をついて会議の進捗を眺めた。


 どうでもいい人たちがどうでもいいことを言っていた。


 私に対する悪口が飛び交い、リネージュの人たちに対する侮蔑が飛び交った。


 私は小賢しい愚か者の小娘として散々罵倒された。


 リュミオール家の令嬢ということを忘れてしまうくらい、先ほど私が言った意見は彼らの感情を逆なでするものだったのだろう。


 あるいは、お父様から「私を潰せ」というお達しが出ているのかもしれない。


 どうでもいいことだ。


 私は《紅の書》に『もしも私が異世界に転生したら』という内容の妄想小説の設定を書きながら時が過ぎるのを待った。


「ミーティア・リュミオール。まずは更生への第一歩としてここにいる皆様への謝罪から始めていただきたい」


 議長の言葉に、私は言った。


「謝罪が必要なことは何一つしていませんが」

「ここまで来てまだ自らの非を認めないのですか」

「ええ。むしろ皆様に私への謝罪を要求したいくらいです。遠方に呼びつけられ、誰かが用意した賊に襲撃された上に罵倒され続けて、私の心労は計り知れないレベル。謝罪してもらわないとうっかり皆様に報復をしてしまうかもしれません」

「報復……?」


 私の言葉に、アロンソ伯は嗜虐的な笑みを浮かべた。


「できるものならやってみたまえ。無力な子供である君にこの状況で何が出来る」

「子供でもできることはありますよ」

「それは興味深い。見せていただきたいものだ。どうせ、大したものではないだろうが」


 勝利を確信している様子のアロンソ伯。


 周囲の貴族達も同様だった。

 追い詰められた小娘に好奇の視線を向けている。


 私は深く息を吐いて紅茶を飲む。

 それから言った。


「不思議だとは思いませんでしたか?」


 声が会議室に響く。


「どうして今日に限って送風機の調子が悪いのか。冷たいジャスミンティーのグラスを配ってくれた関係者の方は、本当に皆さんが知る人物だったのか」

「何を――」


 雪崩のような音が響いたのはそのときだった。

 議席に座る貴族たちが崩れ落ちたのだ。


 二十人以上の貴族たちが意識を失う異常な光景。


「貴様、まさか……」


 よろめきながら、懸命に自分の意識をつなぎ止めるアロンソ伯。


「会議でお疲れだと思いまして強めの眠り薬を入れさせてもらいました。目覚めたときには二度と逆らえない状況になってますので。安心して、ゆっくりお休みください」


 アロンソ伯が崩れ落ちる。


 沈黙が部屋を満たしていた。

 深い海の底のように静かだった。


 私はかっこいい悪女のように優雅に紅茶を飲んで、その沈黙を楽しんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る