第9話 偽装


 ミーティアを訪ねてきた隣国の商会長を名乗る男性。


 出迎えたヴィンセント・ベルベットは、一目でその人物が何らかの嘘をついていることを見抜いていた。


(所作が洗練されすぎている)


 伝説のエージェントとして活動する中で磨き上げた観察眼。


(爵位を持っていないというのは明らかな嘘。幼い頃から厳しい礼節の教育を受けている)


 執事として恭しく応接室に案内しながら、男の様子を探る。


(歩き方を見るに、付き人は相当の手練れ。緊急時には護衛役を任されている。ここまで優秀な護衛を伴っている時点でまず凡庸な人物ではない)


 おそらく、日常的に周囲を警戒しなければならない環境下にいる人物。


(ウィッグで髪型を変えている。眼鏡にも度は入っていない。痩せた頬はメイクで演出したもの。洗練された技術。巧妙な変装)


 悟られないよう観察を続ける。

 その正体に気づいたのは、男を応接室に通した直後のことだった。


(この耳の形……まさか)


 脳裏をよぎる記憶の残像。

 諜報員として頭にたたき込んだ情報の一端。


(カイル・フォン・エレミア第二王子……)


 息を呑む。

 どうして、第二王子がミーティア様を訪ねてくるのか。


 動向を探ろうとしているのは間違いない。

 しかし、あまりにも動きが早すぎる。


 目的もわからない。


(もし《三百人委員会》と繋がっていたとしたら――)


 一歩間違えば取り返しの付かない事態を招く可能性さえある。


(ミーティア様にお伝えしないと)


 向かいのソファーに座る主人にアイコンタクトを送る。

 しかし、ミーティアの反応はヴィンセントがまるで想定していないものだった。


 すべてを見通しているかのような落ち着いた表情と小さなうなずき。


(気づいている……! 私より早く……!)


 興奮が抑えられなかった。

 やはりただ者ではない。


 まだ十歳の子供にもかかわらず恐ろしいほどの観察眼。


(ミーティア様なら、安心して任せられる)


 ヴィンセントは落ち着いた所作で会話を始めた主人を見て、目を細めた。






 ◇  ◇  ◇


 卓越した頭脳を持つ私は、その人物がただ者ではないことを部屋に入ってきた瞬間に見抜いていた。


 高そうな仕立ての良い服に、きらびやかな装飾品。

 連れだった優秀そうなお供の人。


 間違いない。


(この人めちゃくちゃお金持ちの人だ!)


 隣国の商会長とのことだけど、それはもう大きな商会を経営しているのだろう。


 しかし、お金をたくさん持っているということはそれだけ強い影響力のある人物だということ。


(悪徳貴族と繋がっている危険な人物である可能性も高いわね)


 絶対に野望を悟られてはならない。


 細心の注意を払いつつ、質問に答える。

 装うのは世間知らずで一生懸命な子供領主。


 悪徳貴族たちが警戒する必要が無い無能な姿を自然に演出する。


「私、歴史と伝統ってすごく大切だと思うんです。上の世代の人たちがたくさんがんばってくれて今があるので、この国は今の体制のまま繁栄していくべきだなって」


 商会長は探るように私を見つめた。

 それから、いくつか私に質問をした。


「病に苦しむ領民を救ったのはどうしてですか?」

「領民がいなければ税収を上げることはできません。魔法国に奉仕する一領主としてそうするべきだと思いました」


「どうして税額を引き下げたのですか?」

「一時的な措置です。本当は周辺地域と足並みを揃えて高い税額を維持するべきなのはわかっているんですけど、領民の人たちが感染症で困窮していたので」


「何故農業に力を入れるのですか?」

「生産高を増やし、長期的な税収を上げることで偉大で素晴らしい魔法国の一員としての務めを果たすためです!」


 それっぽい回答をして追求をかわす。

 印象的だったのは、その後に商会長が放った問いかけだった。


「この地の人々はそのほとんどが魔法適性を持たない劣等種です。彼らをどうして救う必要があるのか。とても不思議なのですが」


(出た……! 貴族にありがちなやばめな差別主義思想……!)


 リュミオール家とその周辺では当たり前だった考え方。


 お父様なんて百万回くらいその類いのことを言っていて。

 だからこそ、私は胸の奥に熱い興奮を感じていた。


(なんて俗悪で惰弱! 信念がなく人を見下して悦に浸ってる半端な悪徳貴族! 殴り甲斐しかない……!)


 再確認する。

 こういう貴族社会の連中こそ、本物の悪女である私がぶっ飛ばしたい最高の相手。


(落ち着け。悟られないよう、冷静に)


 私は紅茶を一口飲んでから言う。


「税収源として魔法国に貢献することができますから。救う価値はあると私は考えます」


 建前を口にしながら、心の中で拳を握る。


(おごり高ぶってる差別主義者の貴族ども……! 絶対にぶっ飛ばしてボコボコにしてやるわ!)


 密かに決意をしつつ、私は警戒されないよう凡庸な子供領主としての演技を続けた。






 ◇  ◇  ◇


 会談の後、王都に戻る馬車の中でカイル・フォン・エルミアは帽子を脱いでウィッグを外す。


 リネージュの地を救った十歳の領主。

 魔法国貴族社会における模範的な回答を徹底的に続けたその姿は、カイルの脳裏に強く焼き付いていた。


「どのように感じられましたか?」


 付き従う護衛騎士の言葉に、カイルは物憂げに息を吐いた。


「見事なものだったよ。彼女は本当のことをひとつも言わなかった」


 カイルは言う。


「冷静に自分をコントロールしていた。相手が俺でなければ、それが嘘だと気づくことさえできなかっただろう」

「どうして嘘をついていると?」

「わかるんだ。ずっと嘘つきに囲まれて育ってきたから」


 馬車の座席に深く腰掛けて続ける。


「何より興味深かったのは、リネージュの人々を劣等種と呼んだときの反応だ。一瞬彼女は冷静さを失った。本物の感情――怒りがそこに垣間見えた」

「私も一瞬ぎょっとしましたけどね。カイル様も遂に、そういう人になってしまったかと」

「演技にあまりにも隙が無かったから、ああでもして揺さぶるしかなかったんだよ。正しい方法ではなかったと反省している」


 カイルは嘆息して言った。


「だが、あの反応で確信することができた。とんだくわせものだぞ、あの娘は。巧妙に本心を隠しながら、この国が狂っていることを誰よりも理解している。そして力を蓄え、何らかの方法でこの国を変えようとしている」


 口角を上げて続けた。


「動向は逐一報告しろ。これは第二王子としての命令だ」


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