第21話

「そうじゃない。お守りを持っていればあの地蔵を見ることができる。地蔵をみることができる人間がイケニエになる。簡単なことじゃないか」



明宏は一旦視線を3人に合わせて言葉を続けた。



「次のイケニエを自分たちで決める。そして、お守りをもたせて地蔵へ行かせるんだよ」



自分たちと同じ境遇に他人を立たせることで、自分たちは開放される。



明宏の考えたのはそういうことだった。



地蔵は自分たちをイケニエに選び、そこから脱するためのイケニエを更に選ぶということだ。



「イケニエのイケニエ」



佳奈が小さな声で呟いた。



それは誰かを犠牲にするということ。



自分たちと同じ苦しみと、意図的に他人に押し付けるということ。



そう思うと心がズッシリと重たくなる。



まるで鉛を飲み込んでしまったかのような不快感。



「そんなの無理だよ」



佳奈と同じように春香も苦しんでいた。



もう2度も首を取られている春香はその苦しみを佳奈よりも理解しているつもりでいた。



「じゃあ、一生抜け出せなくて良いのか?」



明宏の言葉に2人は同時にビクリと体を震わせた。



この悪夢が一生続いていくなんて考えられない。



そんなことになるくらいなら、今すぐ自分から命を絶ったほうがマシだった。



2人は黙り込み、うつむいてしまった。



あれも嫌だこれも嫌だと言っていたのでは前に進むことはできない。



決断しないといけないときがくる。



「考え方を変えてみよう」



明宏がさっきよりも穏やかな口調になった。



2人はおずおずと顔を上げる。



「佳奈」



「え?」



「慎也がずっとこのままでもいいと思うか?」



その質問に佳奈の胸は一瞬にして痛みが貫いていった。



クローゼットの中で呼吸を繰り返している慎也。



生きているのに死んでいるのと変わらない。



ずっとこのままなんて、いいわけがなかった。



佳奈は左右に首をふる。



「だよな。僕も美樹があのままなんて嫌だ。助けたいと思ってる」



助けたい……。




「イケニエが私達じゃなくなったら、慎也と美樹ももとに戻るの?」



聞くと明宏は「わからない」と、素直に答えた。



「もしかしたら戻らないかもしれない。でも、戻る可能性もあると思う」



誰も経験したことがないのだから、戻ると断言だってできるはずがなかった。



ただ、自分たちがイケニエから脱することはできるかもしれないのだ。



そうすればきっとまたなにかが変わる。



行動しなければなにも変わらない。



「どうする?」



その質問は酷だった。



佳奈の返事次第では慎也も美樹ももとには戻らないままかもしれないのだから。



押し黙ってしまった佳奈より先に、春香が口を開いた。



「それなら、私は賛成する」



「春香!?」



「大丈夫だよ佳奈。佳奈だけが悪いんじゃない。これはここにいる全員で決めたことだよ」



春香の言葉に大輔と明宏は頷いた。



ここにいる全員で決めたこと……。



それならと拳を握りしめる。



「わかった。他のイケニエを探すことに私も賛成する」



すべてはこの悪夢を終わらせるために決断したことだった。


☆☆☆


「次は、誰を選ぶかだな」



明宏が顎に手をあててつぶやく。



「あまり知らない人の方がいいな」



春香がおずおずとつぶやくように言った。



それは佳奈も賛成だった。



よく知っている人物に押し付けるのはさすがに気が引ける。



「だからって通行人を捕まえてお守りを渡すわけにもいかねぇしなぁ」



大輔はすっかり傷の痛みが引いたのか、さっきから顔色がよくなっている。



「お守りを渡すだけじゃない。なにか理由をつけて地蔵まで行ってもらわないといけないんだ」



明宏の言葉に佳奈も考え込んでしまった。



そんなに都合よく動いてくれる人がいるとは思えない。



「ちょっと待ってて」



なにかを思いついたような表情を浮かべて明宏がリビングを出ていく。



そして5分ほどで戻ってきたとき右手にはクラス写真が握られていた。



「その写真をどうするの?」



春香が質問すると、明宏はクラス写真をテーブルの上に置いた。



総勢40名の大きなクラスだ。



写真を取ったときの並び順は自由だったので、佳奈たちは集まって写っている。



ピースサインをしている自分の姿を見つけて佳奈は少しだけ微笑んだ。



この頃もそれなりに悩みがあったはずだけれど、今ではすっかり忘れてしまった。



それくらい大きな壁が今は自分たちの前に立ちはだかっている。



「目立たないグループを選ぶんだ」



写真を見ている明宏の目がギラギラと光って見えた。



「まさか、クラスメートの中から選ぶつもり?」



春香が引きつった表情で聞く。



明宏は躊躇なく頷いた。



「赤の他人にやらせることはできない。顔見知りで、だけど僕たちとは少し遠い存在を選ぶのが一番いいと思うんだ。他のクラスの奴らでもいいかと思うけど、連絡先がわからないから」

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