第20話

「大輔も絶対に戻ってきてよ?」



「わかってる。だから先に行ってくれ。夜が明ける前に!」



大輔の言葉を背中に聞いて、2人は駆け出したのだった。



「……っ!」



ハッと大きく息を吸い込んで春香は目を覚ました。



頭上から降り注ぐ電球のまぶしさに目を細め、それから自分の首に手を当てた。



首、ついてる……。



その事実にようやく空気を吸い込んだ。



生きている。



私はまだ生きている!



徐々に実感が湧いてきて、両手で顔を覆い隠した。



涙が自然と湧いてきて止まらない。



昨日の夜、黒い影たちは春香の前に現れた。



影たちは前回と同じ鉈を持っていて、それでまたも春香の首を切断した。



首を切られたときの痛み、恐怖、苦しみは現実世界と変わらず、それは目覚めた今でもリアルに記憶に残っていた。



鼓動が早鐘を打って、苦しくて吐いてしまいそうだ。



布団の上に上半身を起こして耐えていると、隣の布団で眠っていた佳奈が飛び起きた。



そして春香を見た瞬間、抱きついてきた。



「春香! よかった!!」



痛いほどに抱きしめられて、春香の鼓動は徐々に落ち着きを取り戻していった。



佳奈のいつもとかわらないぬくもりが、安心感を与えている。



「佳奈。私の首を見つけてくれたんだね」



「明宏が見つけたんだよ。それに、大輔も頑張ってくれた」



「大輔……」



そうだ、大輔の傷は大丈夫だっただろうか。



不意に昨日の出血を思い出した佳奈は不安になった。



「昨日、傷が開いたみたいだった」



「そんな、じゃあまた病院に行かないと」



2人して布団から出たとき、ノックもなしにドアが開いた。



入ってきたのは大輔と明宏だ。



「春香!」



大輔は部屋に入ってくるなりさっきの佳奈と同じように春香を抱きしめた。



力いっぱい抱きしめたせいで春香の呼吸ができなくなったくらいだ。



「大輔、足は大丈夫なの?」



ようやく離れた大輔へ向けて聞くと、大輔はグルグルに巻いてある包帯を春香に見せた。



部屋に来る前に一応自分で応急処置をしたみたいだ。



「後でちゃんと病院に行こうね」



「おう」



見つめ合う2人に佳奈と明宏はそっと部屋を出たのだった。


☆☆☆


午前中に病院へ行って縫合し直してもらった大輔はこっぴどく怒られたらしい。



無茶な運動はしないようにと、さんざん釘を刺されたと春香が嘆いていた。



けれど、正直今の状況で大輔を頼れないとなると厳しかった。



化け物は大数を増やし、更には出現率も増えている。



昨日話題に登ったダイナマイトを実際に作ってみるとか、なにか対策を考えないとダメそうだ。



「それで、春香」



昼食を簡単に済ませた後、佳奈は春香へ視線を向けた。



「なに?」



「首を切られた時に相手となにか会話をした?」



友人が首を切られる夢を見た場合は黒い影と会話はできない。



しかし、首を切られた本人なら、その時に自分から影に話しかけることができるのだ。



それは佳奈自身が経験済みだった。



春香は真剣な表情で頷いた。



「私、影に向かってこんなこといつまで続けるつもり? って怒鳴ってやったの。ガイコツを見つけてあげたのに全然終わる気配がなくて、腹が立ってたし」



春香は昨日の夜の出来事を思い出しながら言った。



体は金縛りにあって動けないし、だけど意識だけはハッキリとした中での出来事だった。



首を切られる前に渾身の力を込めて質問したのだ。



「影はなんだって?」



明宏が身を乗り出して聞く。



「次のイケニエが決まるまで続く。そう言ってた」



「イケニエ?」



佳奈は眉間にシワを寄せる。



「僕たちのことだ」



明宏がすぐに答えた。



地蔵の首になるためのイケニエ。



影たちは自分たちのことをゲームのキャラクターではなく、イケニエとして認識していたみたいだ。



どちらにしても、自分たちからすれば大差はないけれど。



「イケニエはどうやって決められるんだ?」



大輔の質問にも明宏が答えた。



「あの地蔵が見えるかどうか。つまり、佳奈みたいなお守りや、三福寺にまつわるなにかを持っているかどうかだと思う」



「三福寺はすでになくなってるから、次のイケニエなんて見つからないなじゃないの?」



春香が青ざめて言った。



その可能性はゼロじゃないかもしれない。



三福寺にまつわるものを持つ者なんて、そう多いとは思えない。



ご近所さんだった人たちなら、まだなにかを持っているかもしれないけれど。



「それじゃあ、いつまでも私達がイケニエで変わらないってこと? そんなことになった、ここにいる全員の首が……!」



春香が叫ぶように言ってそのまま両手で顔を覆った。



微かな嗚咽が聞こえてくる。



佳奈はどうするべきかわからなくて、拳を握りしめた。



「お守りを捨ててみようか」



思いついたことはそのくらいのことだった。



お守りを捨てることですべてが元通りになるのなら、簡単なことだった。



「そんなことをしても意味はないと思う」



明宏が冷静に答えた。



「じゃあどうするの!? このまま次のイケニエが現れなかったら春香の言う通り私達全員の首がなくなるかもしれないんだよ!?」



正式には1人だけ生き残るが、そんな細かいことはこの際どうでもいいと思えた。



「黒い影が教えてくれたじゃないか」



冷静な声で言う明宏はなにかを決意したような言い方をした。



真剣な目が空中を見つめている。



「次のイケニエが現れるのを待つのか?」



大輔の言葉に明宏は左右に首をふる。


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