銀竜の困り事

宮草はつか

第1話 銀竜がやってきた

 強烈な日差しが照りつける、真夏の森。生い茂る木々の中に、ぽっかりと開けた場所があり、そこに一軒のログハウスが建っている。

 ここはサンタさんの家。そしてオレは、この家で暮らしながら修行をしている、サンタさんの弟子だ。


「弟子! なにボーッとしてるのよ、来るわよ!」

「わかってるぜ!」


 家の前で、オレは立って身構えていた。玄関先には、サンタさんの相棒である妖精のスノウがいて、声をあげる。オレの肩には、相棒のコクマルガラス、クロウがいて、「キュンッ!」と声を出して応援してくれる。

 目の前にいるのは、オレの三倍ほどある黒いライオンの姿をしたワザワイだ。


「グォォォオオオオオーーーッ!!」


 黒いライオンは大口を開け、いきなり炎を吐いてきた。


「うわぁっ!?」

「弟子! なに避けてるのよ! サンタさんの家が燃えちゃったらどうするの!」


 オレが炎を避けると、後ろにいるスノウが文句を言ってくる。

 家に炎が当たらないよう、気を付けながら走る。


「あーっ、暑いわ! このままじゃあ、サンタさんが蒸し焼きになっちゃうわよ! 弟子、とっとと倒しなさい!」


 ただでさえ真夏で暑いのに、炎のせいでさらに辺りの温度が上がる。

 オレはしたたる汗を拭いながら、ワザワイに近づいた。足を止め、手袋をはめた右手を、空に向かってあげる。


「一気に決めるぜ! 〈 Presentプレゼンツ 〉! ――――っ!?」


 指を鳴らした瞬間、火照っていた身体に、突然寒気が走った。

 オレはとっさにワザワイから飛び退いて、距離を取る。


「ギャァァァアアアアーーーッ!?」


 ワザワイの頭上から、同じほどの大きさのなにかが落下してきた。ワザワイが悲鳴をあげ、地面にひれ伏す。

 足から生えた鋭利な鉤爪が、ワザワイの背中に食い込む。長い尾をくねらせ、背から生えるコウモリのような翼が揺れる。頭から伸びる二本の角が光に反射し、アクアマリンをはめこんだような瞳が下を向くと、鋭い牙の生えた口を開け、ワザワイの首に噛みついた。

 

「わぁー、面倒なヤツが来たわ……」


 後ろからスノウの、引き気味な声が聞こえる。

 オレたちの前に現れたのは、銀竜。さっきまで蒸されるほど暑かったのに、今はまるで冬のように辺りが冷気に包まれる。

 ワザワイの首に噛みついた銀竜は、戸惑うことなく、その首を引きちぎる。黒いライオンの生首をかかげ、食べ始める。それからワザワイの足をひとつずつ引きちぎり、胴に食らいつき、したたる黒い液体を舐めながら、ワザワイを食べ尽くす。


「不味だなぁ。やはり怨霊より、生の肉体のほうがいい」


 食事を終えた銀竜が、銀の舌でなめずりをしながら言葉を零す。


「シルドラ!」


 オレは銀竜の名前を呼び、駆けだした。


「あっ、弟子! あんなヤバいヤツに近寄っちゃダメ!」

「キューンッ!」


 後ろからスノウの呼び止める声が聞こえて、肩に乗るクロウが怯えるように、オレの着ているフードに身を隠す。

 それでもオレは、シルドラへ駆け寄った。太陽の光を受けて、銀の鱗がキラキラと輝いている。シルドラは顔をさげ、アクアマリンの瞳にオレを映した。


「やぁ。人でなしの人の子。久し振りだな」

「会えて嬉しいぜ。どうしたんだ、今日は?」


 尋ねると、シルドラは手の爪で頭を掻く仕草をする。


「ちょっと困り事を聞いてくれないかい? さもなくば、俺の餌になれ」

「そっか。オレで良ければ、いいぜ」


 そう答えると、シルドラはアクアマリンの瞳を嬉しそうに細める。こちらへ顔を近づけ、口を開けると、不意にオレをくわえた。


「ふぇ!? フィルフォファシルドラ!? フィルフォファシルドラー!?」

「それじゃあ、この人でなしの人の子は、連れて行くよ」


 オレは足だけ外に出された状態で、上半身はシルドラの口の中。

 シルドラの声が耳に入るや否や、翼の羽ばたく音が聞こえる。身体に強い重力を感じ、足が風を切っていく。どうやら空を飛んでいるみたいだ。


「あぁー、もうっ! うちの弟子を勝手にさらっていかないでよーっ!!」


 頭を抱えながら叫ぶスノウの声は、もちろんオレには届かない。

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