ポルノ小説道中記

晴れ時々雨

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こんにちは、本です。僕は、持ち主の待機時間をやり過ごすためにいつも持ち物に忍ばせられる小さめな本なのですが、そんな時間にしか開かれないのでなかなか読み終わってもらえません。まぁ結構いろんなとこへ連れていかれました。いつか僕の性格が変わってしまうんじゃないかと思うくらいには。


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どうも、本です。僕は外出用の本なのでさまざまな場所へ付き添うのですが、とりわけ回数が多いのがやはり病院なのです。持ち主は持病のため月イチで通院していて、その都度僕がカバンの隙間と待ち時間の埋め合わせ要員を勤めるわけです。前回終えた印である折り目から僕はさっぱりと開かれます。持ち主は栞を使いません、僕には。当初はそれが嫌でした。不本意な位置で体を折られるというのは気持ちの良いものではないですからね。まぁ折られることについては、本意な位置ってのも無いんですが。その頃の僕はまだ持ち主との付き合いが浅く、彼にそのような癖があるなんて知りませんでした。それは突然やってきました。二ページ僕を捲ったところで持ち主はいきなり僕の耳をひん曲げたのです。あいたっ、と声を出したつもりですが聞こえたかどうか。そしてぴちりと音を立てて僕を閉じました。僕は乱暴にカバンの中に放り込まれ、逆立ちを強要させられました。それからひと月近くそのままの状態だったんです。ひどいよね。自分が物だということをこれ以上ないくらい思い知らされた瞬間でした。僕はポルノ小説なのですが、一番驚いたのは、持ち主が僕の内容の如何にまったく頓着していないということでした。なんせ僕を折り曲げたとき、物語は冒頭さえ終わっていなかったからです。和薫(かずしげ)という凝った名の男が街を徘徊しながら女漁りもせず身の回りの説明をするだけで、これからめくるめく性の帳がひらかれる前兆すら匂わせる段階にきていない。和薫です。せめて名前だけでも覚えていってくださいよなんて、ポルノという特性からハメるのが主題の僕の方がやきもきする羽目になるとは。ですから、次にあたる二ヶ月目は、当然というか、主人公の名前にルビの振ってある箇所まで遡って読みを確認することから始めるので、僕はそわつきました。

ある日の被読体験を抜き出してみましょう。その日はいつもの通院時とは少し状況が異なり、持ち主はいたって短い間隔で何度も僕を開閉するのでした。ページというよりもはや行単位でしか進行しない読速度です。僕の本題は既に始まっていました。一般的に僕のような種を手に取る読者というものは、性格の内容をいち早く知りたがるものなので展開や設定などにそこまでこだわらず、とにかく核心をついた描写の流れを求めます。今まさに和薫の指が、本章のゲストである笙子の秘部を捕らえた場面に差し掛かり、刹那的で情熱的なまぐわいまで流れに乗って一息に読みおさめる箇所であるにもかかわらず、その日に限って老人と同行していた持ち主は一旦僕の肩を折って本を閉じたのです。和薫と女々にとって、持ち主ほどのイケズはいないでしょう。僕はまだこのとき、この行いに対して怒りを抱いていました。けれどこう日に何度も細切れに中座・おあずけを食らうと、だんだん楽しくなってくるのでした。まるでマニュアル仮免許者のエンストのように体が前後に揺すぶられる、一種のダンスめいた不可抗力感とでもいうのでしょうか。とんでもない場面でぶった切られ、また再開する快感。途轍もなく長い膣挿入。オーガズム後の余韻を演出する余白ページを瞬殺して次章へ突入。ゲストの口淫の最中でのインターバル、から抜かずの背面座位での激しいピストン、から新手の女が一章の女の母だと判明して燃え上がる背徳的な母娘丼。この潔いほど容赦ない中途でのぶった切りには、本編の女達よりも僕ががっくんがっくんです。僕の中に登場する男は避妊具をつけない主義なのに特定の相手とまとまる気もないらしいので望まぬ妊娠が危惧されますがその気配がない。君こそ婦人科へ赴くべきではないのか、え?ワクンよ。ああ「かずしげ」だったっけ。どっちだって構わない。いざゆかん婦人科外来。しかし僕の性格上、診察で出逢う女医は新たなゲストになりうるのです。彼女らは高確率で高純度高濃度のM担当です。

ああまったく僕は自信を失います。はたして僕は持ち主を正当に愉しませることができているのでしょうか。持ち主は一度たりとも、息を荒くしたり片手で僕を支えたり、あまつさえ汚したりしないのです。ただ僕を乱雑に扱うだけ。僕は持ち運ばれ、体の至るところを折られ、びろびろになっていく。でもまぁ本としては、摩擦などで購入時より体の厚みが増すというのはそこそこ嬉しいことなのですがね。だからまぁ、その、なんだ、これからもお供いたしましょう。どこへなりとも。僕はそう、旅する本なのです。

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