とある旅の物語

山染兎(やまぞめうさぎ)

第1話




私、星宮優里はいつもこう思う。


  ――人生は、世界はつまらないものだ


 誰だって一度はそうだろう?文明は楽を求めて発展してきたようなものだと私は考えている。その最たる例がAIや自動化だ。人々の生活を楽にするために造られたものたち。それがあると自分たちはより楽になる。より趣味や娯楽を行う時間が増える。そんな考えもあって造られたのではないか、と。それに私は物心が付いた時から様々なことが出来た。二本足で立つことも、言葉を話せるようになるのも、他の子たちと比べて早かった。周りは私のことを『天才だ!』と度々褒めてくるが、私としては理解できない。何故なら、『やれば出来てしまう』からだ。寧ろ、『何故、こんなことも出来ないのか?』と問い返すこともある。傲慢だと言うかもしれないが、それは自覚している。自覚しているからこそ、不思議に思う。こんな私にも遠慮なく話し合える友人がいることに。

 あぁ、訂正があった。『いつもこう思う』ではなかった。正しくは『いつもこう思っていた』だ。『何故過去形なのか?』だって?それは今から語る物語を読んでくれれば分かるだろう。少し長いと思うかもしれないが、最後まで読んでほしい。




 2019年、新型コロナウイルス感染症――COVID-19が世界中で猛威を振るい始めた頃、私は初めて自分の意志でニュースを調べた。大抵の病気に対する抗体を獲得しているため、寝込むことも病院に行くこともない。一度体験してみたい。そう思って調べていたのだが、その時ふと目にしたものがあった。それは貧困に苦しむ国が取り上げられた記事だ。


 ――何故、世界はこうも格差があるのか?


 そう思った時、私は笑いかけてしまった。私にもこんな感情があったと知って。その後の行動は早かった。まずは周りの人から聞いてみることにした。海外旅行を趣味にしている父親はどこにいるのか分からないので、母親に聞いた。


「国が違えば、文化も経済も当然違うわ。もしも平等な世界があるとしたら、それは誰もが等しく冷遇された世界かもね。」


 そうかも知れない。だけど、そんなことを知りたいわけではなかった。

 次に中学校から一緒にサッカーをやって交流を持った田中快青に聞いてみた。


「一生懸命やっていても給料が低ければ低いままじゃね?」


 確かに、国が違えば、収入も変わる。同じ仕事をしていても人によって変わるのも当たり前だ。国庫に収められている金額によってもやれることが変わるのだから。

 他にも色々な人たちに聞いてみた。物知りな近所のご老人たちに、ネットで知り合った人たち。だけど、みんなの答えはほとんど似ていた。

 しかし、一人だけ異なる意見を出した者がいた同じく友人であり、幼馴染みでもある本宮遥香だ。


「実際に行って見てみないと分からないなぁ〜。」


 その時、自分は『これだ!』と思った。周りに聞いてもイマイチ、ピンッとくる答えを得られなかった。だったら旅に出ればいいのではないか?そう思えてきたのだ。だから自分は旅に出ることにした。世界を直接見て回れば、答えを得られるかもしれないと思って。大学は既に取れるだけの単位数は取っていたし、見たことをレポートにしてまとめれば、それの出来によって単位を加算してくれる。外国語も英語、韓国語、中国語など、数か国語を喋れる。以前作ったパスポートも更新まで一年以上先だ。母親にも相談して一年以内に帰ってくることを条件に許可を出してもらった。旅の準備は出来ていたし、質素な生活をすれば半年は持つことのできるお金も持った。あとは実際に行くだけだった。



 優里にとっては初めてのことばかりの旅だった。一人で旅に出ることも、飛行機に乗ることも、外国の文化を見て体験することも、すべてが初めてだった。

 だけど、本当の目的はそれらではない。色々な世界を実際に見ることだ。そして、出来るならばそれを実際に体験することだ。そうすれば何かを見つけられるかもしれない。何かを抱けるかもしれない。何かを感じられるかもしれない。つまらない灰色の世界に、鮮やかな色彩が加わることを願って・・・・・・。


 韓国、中国、インド、イギリス、ロシア、アフリカ、エジプト、アメリカ、オーストラリア、様々な国を訪れた。途中で無実の罪を着せられそうにもなったし、危ない橋を渡ったこともあった。犯罪に関わりかけたこともあったが、そこはきれいに避けていったつもりだ。そして色々な人と関わった。今の生活でも幸せだと言う者もいれば、裕福な生活をしたいと言う者もいた。苦しい生活をしているはずなのに、自分と話すときには笑顔で話そうとしていた者もいた。

 アフリカ大陸で現地の人達の仕事を手伝っていたある時、『何故、苦しい生活のはずなのに、そうやって笑っていられるんだ?』と呟いてしまったことがある。そうしたら、その人は不快に思わず笑顔で、


「他の家や地域ではもっと苦しい生活をしている人がいます。そんな人達と比べたら私達は危険であってもこうして仕事をもらえ、屋根が付いて、布団や毛布があり、一日三食も食べられます。たとえ、食事の量が少なくても、給料が少なくても、寝床の質が悪くても、私達にとっては豊かなのです。それに今は一時とはいえ、貴方が手伝ってくれています。見ず知らずの者達であるのにも関わらず。私達はそれが何より嬉しいし、感謝しています。だからこそ、笑顔で接しようと思えるのです。」


と言っていた。そのとき、自分の心がチクリと痛みを発した。ただ、自分は知ってみたかったが故に行動したというのに。善意の行動ではないというのに。他の人なら『善人気取りか?』などと言われてもおかしくない行動をしているのに。こうして感謝されるとどこか罪悪感が出てくる。


 その後、しばらくしてからまた旅だった。一緒に生活したり、仕事をしたりしていた人たちに別れを告げて、アメリカへ向かった。アメリカの中でも、治安が悪かった場所だったからか、いつもより犯罪に巻き込まれかけることが多くなった。そして、いつものように避け続け、巻き込まれたらすぐに逃げた。流石に銃を所有するわけにはいかないので、素手であしらったこともあった。

 そんなことを数ヶ月続けていたときだった。フードを被っていて顔が見えない怪しい人に警告された。『これ以上踏み込まず、家に帰れ』と。だが、自分はその警告を無視した。折角、ここまで来たのだ。あと少しで何かが分かりそうなのだ。なのにここで引き返したら、何もかもが無駄になってしまう気がしたのだ。



 それから更に数ヶ月後、

  

  ―—あぁ、どうしてこうなったのだろう。


 こう思わずにはいられない。だって、変な奴らに追われているのだから。真っ黒な服を着て、拳銃を持つ者達。いかにも殺し屋らしい格好をしている。確かに危ない橋を何度も渡ったが、犯罪になるようなことはしなかった。なりそうになったらすぐに避けていたのだ。もしかしたら、その過程で何かヤバいところを通ってしまったのか。

 心当たりはあるが、まさか国境を越えてやってくるとは思ってもみなかった。

 追っ手の一人が銃口をこちらに向けてくる。


  ―—これは死ぬなぁ。


 そう思ったその時、1台の軍用車両が止まってきた。ちょうど、自分と追っ手の間に挟まるように。

 自分も追っ手もこう思ったことだろう。『誰なんだ?』と。


「優くん、大丈夫!?」


 私にはそれはすぐに分かった。この声で、この呼び方をする人は一人しか知らない。ついでに言えば、こんなに力強く異性に抱きつく女性。幼馴染みの遥香だ。大学生になった今でも呼び方を変えない。以前は少し恥ずかしいから止めてほしいと言ったが、なかなか止める気がなかったので、彼女に関しては今ではもう無駄だということで諦めている。勿論、他の者が言った場合はその瞬間、即抵抗するが・・・・・・。


「よう、優里。無事か?」


 よく見たら、快晴もいた。それに、あの怪しい人も。あのときはフードを被っていたせいで顔がよく見えなかったが、今は彼らに信用してもらって乗せるためか、それを外していた。よく自分の家に入ってくる遥香たち――事前に断りを入れてくる――なら写真に写っている姿を見ているし、何度か実際に会ったこともあるので、簡単に信用を得られるだろう。何故なら、その怪しい人物は、


「何だ、生きていたのか、クソ親父。それにしても、どうやってここに自分がいると分かったんだ?」


 つい口を悪く言ってしまった。海外旅行に行っていたとしても、必ず年に数回は帰ってくるので、自分も父親の顔や声は覚えていた。しかし、母さんを放っといて海外旅行をし続けているものだから、どうしても悪態をついてしまう。稀に殺気を飛ばすこともある。母さんは微笑を浮かべ、『良いのよ。構わないわ。年に数回は必ず何があっても帰ってくれるのですから。』と言いながら、自分のことをなだめてくれるが・・・・・・。誰かがいるときならいつもは隠せていたのだが、本人を前にすると抑えが効かなくなってしまうようだ。


「本当に俺を前にすると口が悪くなるな〜、お前は。まぁ、沙織さんを放って世界中を渡り歩き、年に数回帰ってくるかどうかの俺のことを嫌うのは分からなくもないし、いつもの無関心ヅラよりはよっぽど良いがよ。」


 苦笑しながら父親は言う。ちなみに、父親が言っていた『沙織さん』とは私の母親のことだ。なお、二人は今まで見せたことのない表情と口調に驚いているようだった。ただし、遥香は力強く抱きついたまま、未だに離してくれないが・・・・・・。


「ちなみに、わかった理由は簡単だぞ?俺の職場は情報屋だ。古今東西、あらゆる情報を収集し、取り扱っている。ちょうどコロナについて調べていたんだが、その過程でお前が世界中を渡り歩いていることを知ったんだ。ついでに言えば、こいつらは嫁さん経由な。こいつらを連れて行ってくれと言われてな。それにしてもよく無事だったな。お前の免疫力と即応力、そしてタフさは遺伝だろうけど、まさかコロナにも聞くとはな・・・・・・。」


 仕方がなかったんだという顔をし、後半部分は苦笑しながら、父親はそう告げてきた。逆に、自分としてはどうしてこんなにも免疫力と即応力、そしてタフさを持って産まれられたのかを聞きたい。そんな気持ちを何とか抑えて、ついでに力強く抱きしめてきている遥香を優しく振り解き、頭を撫でた。そうすることで、遥香は落ち着くし、自分の気持ちもなだめることができる。そしてふと呟いてしまった。


「あぁ、そうか。『人生は、世界はつまらない』のではなく、『興味や関心、楽しみなどを見出していなかった』だけなんだな〜。」


 この旅を通して、そして遥香たちと再会して、ようやく答えを得た。

 どうやら自分の呟いた独り言は、すぐ近くにいた遥香にも聞こえなかったようで、キョトンとしている。『何か言った?』と聞いてきたので、『いや何も。ただの独り言だよ。』と自嘲するかのように言った。快青は『自殺にも走りやすいから、自嘲はほどほどにしとけよ。オメェがいないだけでも遥香は怖かったのに、もしも死んだら、想像しただけでも恐ろしくなる。』というありがたい(?)忠告というか警告というか、後半部分が自分には意味不明な言葉をかけてくれた。

 何やら、黒服の大人たちが父親と自分の近くに来て話し始めた。話の内容からどうやら自分の処遇についての話だと推測できた。やはり、犯罪に巻き込まれないようにしていた過程で何かやらかしてしまったらしかった。


『ミスターマモル。その子はあなたの息子ですか?』

『あぁ、そうだが?こいつが何かしたのか?』

『えぇ、彼は・・・・・・という疑惑がありまして、・・・・・・ということなのですが。』

『あぁ、恐らく逃げる時にうっかり通過しちまったんだろう。こいつは犯罪に巻き込まれるかどうかの察知能力がバカ高くて、何度もやったことがあるんだ。以前は・・・・・・なんてことをやっていたぞ。反射神経で色々な妨害をやるからなおさらたちが悪い。あいつのログを調べれば分かるはずだ。』


 しかし、遥香や快青、そして父親と再会して緊張の糸が緩んだのか、疲労によるものであろう眠気が一気に襲ってきた。そして、近くでやっているはずの黒服の大人たちと父親との会話も聞こえない部分が出てきた。


『・・・・・・念の為、彼を拘束はさせていただきます。・・・・・・』

『あぁ、・・・・・・。うわ、おい優里、大丈夫か!?おい!優里!』

『優くん、大丈夫なの!?・・・・・・くん、優くん!』

『おい、優里!しっかりしろ!おい!』


 そしてついに、黒服の大人たちと父親との会話もほとんど聞こえなくなってきた。何やら、父親と快青が焦りながら呼びかけているようだが、返事ができない。体がだるい。ただ、遥香が抱きしめてきていることだけが何となく感じられたが、五感が麻痺しているのか、徐々に薄れていった。


 そうして、優里は意識を失った。




 ここまで、私の回想を読んでくれた者達に感謝しよう。

 私の長い昔話に付き合ってくれてありがとう、と。

 私の昔話は面白かったかい?それともつまらなかった?

 もしかして、あの後どうなったのか知りたいのかな?今こうして書いているのだから、きちんと生きていたし、そのまま終身刑になったりもしなかったよ。ただし、暫くの間は謹慎処分をくらったけどね。ちなみに、起きたときには何故か病院にいた。私の担当の主治医が言うには『数週間も寝込んでいたよ。生命活動が低下していて、非常に危険な状態だったんだ。』とのこと。だから、謹慎処分期間の半分は病院生活だったね。勿論、遥香たちは先に帰国させたよ。オンラインで安否は確認できるわけだから大丈夫だろうということでね。当然のように遥香は駄々をこねていたようだが、父親の手によって強制的に帰国させられたようだ。

 あの時、父親の助けがなければ私は今頃生きていなかっただろう。病院の手配もそうだが、何よりあのままでは実際に自分は死ぬところだったのだ。相手が急所を外して撃ったとしても、生命活動がグッと下がって死んでいただろう。

 ただし、母さんをおいて一人で旅行している父親のことは今でも良くは思っていない。一応、毎月数十万というお金を送ってくれていることには感謝をしている。しかし、年に数回ではなく、月一回くらいは家に帰ってきてほしいと思う。母さんも喜ぶだろうしね。

 そうそう。あれから数年後、私は遥香から告白されたよ。本人と周りからの圧がものすごかったね。『断らないでくれ〜!』という怨念じみた幻聴まで聞こえてしまったほどだよ。勿論、断る気はなかったし、何か新しいものが得られるかもしれない、見れるかもしれないと思うと断れなかったさ。告白の内容にも約束として含まれていたことには驚いたけどね。

 話が脱線してしまったので、本題に戻ろうと思う。

 私がここで言いたかったのは何か?君たちには理解できたかな?

 勿論、貧困のことではない。それは世界全体で解決すべき問題であり、何か提案したとしてもすでに実践されているものかもしれないのだから。

 もし、以前の私のように『何事にも無関心で退屈な人生』を送っているのだとしたら、今すぐ止めて、一度世界をよく見、よく調べるといい。君が思っているよりも果てしなく広く、そして見通せないほど深く思うだろうから。それこそ、イチから人生をやり直したとしても知り尽くせないほどの、ね。

 私が言いたかったことはそういうことだ。私と同じ道を歩んだとしてもいいことは無いからね。そもそも私のような天才とも呼ばれる才能を持つのは小説の中でしか存在しないとツッコミを入れるかもしれないけどね。ハハハ。

 では、さらばだ。君たちとはまた何処かの本で会えるかもしれない。もしかしたら、直接会うかもしれない。ただ、私は君たちと会えることを楽しみにしたいと思う。その時は私が君たちの話を聞く番なのだろう。だから、いつか聞かせてくれないだろうか?君たちが体験してきた物語を。


   一体、君たちはどのような旅を、もしくは生活をしてきたんだい?











(※この話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。)

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とある旅の物語 山染兎(やまぞめうさぎ) @tsukahaya

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