3.山手線に、北の神想う

 ヘズさんはすぐにみつかった。

 盲目故に迷子になったが、盲目故にふらふらしているところをすかさず交番のおまわりさんが保護してくれたのだ。

 日本慣れしていない神魔のヒトが迷子になるのは今や、ものすごくあるあるなパターンなのである。


「すみません、僕は目が見えなくて」


 神様ですよね。目が見えないってホントに見えないみたいですけど、何か代替の手段はないんですか。

 小柄で控えめそうな少年のような青年は、声音も控えめで支えがないと方向もすぐにわからなくなるようだった。不自由すぎて涙が出てきそうだ。


「日本人は親切だし割とユニバーサルデザインもあるので慣れれば大丈夫だと思います」


 盲目なのは一目でわかる。瞳は閉ざされ、それでふらふらしてれば誰でもわかる。

 その人間と何ら変わりない状態に、夏を楽しませることの難易度が一気に上がってしまったように思う。

 しかし、忍は三人を目の当たりにしてふっきれたのか、大丈夫の根拠があまりなさそうな大丈夫を推している。

 まぁ、あからさま目が見えなければ他人もサポートに入ってくれるだろうという謎の安心感もないでもない。


 全員揃ったところでヴィーザルさんがバルドルさんを担いで場所移動。

 その最中に本人が目を覚まして、自己紹介など時間を兼ねて、木陰のミストシャワーの下で少し休んだあとにオレたちは動くことにする。


「いきなり暑いところはまずそうだな」

「サーティースリーに行こうか。私は柑橘系の何かが食べたい」

「待ち時間の暑さでやられただろ。最初どこ行く予定だったんだっけ?」


 忍も平気そうな顔してもうろうとしているので、見かねた司さんがバルドルさん用に手にしていた冷却シートを忍の頭にぽす、っと乗せている。

 乗せた側もだが、乗せられた側も何事もなかったかのようにシートを頭の上に乗せたまま返事をよこした。バルドルさんはもう元気だ。


「えっとね、ラストは森のビアガーデンがいいかなって思ってたんだけど」

「最初」

「じゃあひみつ堂行こう。きのうみつけた」


 アドリブがすごい。名前からして何だかまったくわからないがきのうみつけて面白そうだから行こう。みたいな空気はものすごく伝わってくる。

 忍のことだからテーマに沿った夏っぽい何かだとは思うが……


「何? っていうか、どこ」

「谷中……日暮里駅から徒歩5分。かき氷屋さん」


 うん、夏っぽいな。

 でも徒歩5分って大丈夫なのか、オレたちが。

 待ち合わせは10時で今日の天気は快晴夏日和。大時計のように設置されている温度計はすでに36度を指している。最近の暑さは異常だ。


「日本で三番目に登場したかき氷専門店で、すごく人気らしいよ」

「知らなかった。まぁテレビとか見ないから自分で調べないとわからないんだろうけど」


 忍もそれで「昨日みつけた」に違いない。

 日暮里駅は上野の北向こう側で、山手線でも使う人と使わない人がはっきり分かれるようなイメージがあるから、知らない人は知らないんだろうなとは思う。


「ここで待ち合わせたのはみなさんの希望ですよね。やりたいことがあったのでは?」


 司さんが「じゃあなんでここで集合した」という疑問を解決すべくそれだけ確認してくれている。


「あぁここはこの国に来たら一度は見ておいた方がいい場所だと聞いて」

「すごい人ですよね。どこから出てくるのかというほどの……ひょっとしてこの国の人は冥府の亡者も自由に街を行き気が出来るんでしょうか」


 出来ません!

 どういうわけか、ヘズさんが活き活きと怖い発想を放ってくる。

 意味が全く分からないので聞くと


「我々のような霊的次元の存在が、容易に行き来している国なのでそう思いました」


 大いなる誤解が明らかになった。


「ではこうでは? あちらの建物に入った人が、地下道を通ってこちらの建物から出てくるのです。そして人の流れは永遠となる」


 誰得。


「ヴィーザルは知恵者なのだ。いたるところに地下道が通っているのを見ればあながちはずれでもないと見える」

「そうですね。朝一で向こうに行った人は夕方に戻ってくると思うので、常に双方向でそういうことがあれば、間違ってはいないと思います」


 忍が可能性でもって応えて終結とした。とりあえずエアコンの効いた車内に移動すべきだろう。

 出会い方が出会い方だったので、もうだいぶ前にオレたち三人の神様たちに対する緊張感はすべて崩れ去っていた。

 この会話はデジャブだ。

 観光神魔は大体事前勉強をしてくるものだが、大体、何かが間違っている。

 この分だとどこにいってもこの調子だろう。緊張感をもって対応しろという方が無理だ。


「! 外はあれほどの熱波にもかかわらず、これほど冷涼な空気が吹くとは……我々はギンヌンガガプに来てしまったのでは……!?」

「ギンヌンガ……?」

「世界の割れ目みたいなのですよね。熱波と寒気がぶつかるところ」

「そうじゃないです。外に出たらまた暑いので安心してください」


 ヴィーザルさんが何か心配そうなので全く安心していいのか不明な要素で説明する。平日、渋谷から上野方面へ向かう山手線は空いている。

 バルドルさんもヘズさんも、車窓に忙しく流れる景色をずっと物珍しそうに見ている。夏のなさそうな北欧から、しかも文明的にもお目にかかったことのないものばかりで楽しいというより目まぐるしそうだ。


「すまん……酔った……」


 駅に着くと我慢していたのかおえぇぇ、とホームの柱に手をつきつつ吐きそうになっているバルドルさん。世紀の美貌が台無しのリアクションだ。


「……電車移動無理なんじゃ?」

「ずっと窓の外見て目を回したんだと思うよ。景色眺めるコツを教えてあげれば大丈夫だと思う」

「逆にオレが聞きたいわ。山手線から景色眺めるコツって何」

「もしフレスベルグに乗せてもらったら、高速移動なのにすぐ手前は見ないでしょう? 遠くを見てください」

「なるほど。確かにそれでは目を回してしまうな」

「フレスベルグって何」


 それは彼らの世界の大樹ユグドラシルの頂上に住まう、死者の魂を運ぶ巨鳥だという。

 オレの復唱は疑問というよりお約束に近かったが、忍は画像を見せてくれる。何かのゲームアプリだ。

 ……北欧神話は日本人のスマホの中まで浸透している。


「暑いね」


 車内で涼んで復活したのか大して熱くなさそうな顔をしながら忍が案内をしてくれた。

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