2.待ち合わせはハチ公前で

 北の神様のサマーバケーション。

 北欧というと冬は厳しく辛いもののように感じる。北欧神話を少し勉強してみたが、豪快だけど荒くて暗いイメージは確かにあった。

 それでも夏がないわけではないだろうに。


「フィンブルの冬は、夏が少しも間に挟まれることなく風の冬、剣の冬、狼の冬が続き、しかもあらゆる方向から雪が吹き付ける。この間に、数えきれない戦乱があり、兄弟同士が殺し合いました」

「忍、情報はありがたいけどその読み聞かせみたいなの勘弁して」


 待ち合わせの時間まで少しある。その間に忍は手持ち無沙汰なのかはたまた単に気になったのか、デバイスを両手に持って朗読してくれた。

 思っていたより厳しい。


「今回は魔界関係者じゃないしふつうに観光すれば終了なのでは?」


 案内日当日。照りつけて来た太陽を避け、なけなしの木陰で忍はふつうに仕事モードで返事をよこす。

 割と神魔のヒトたちが好きな忍はこういう時、ほんのりやる気が上がりそうなのに今回はなんだかテンションが低めに見える。

 司さんも気づいているらしくどうかしたのかと声をかけると


「サマーバケーションという言葉と北欧神話のイメージが、知れば知るほど離れて行ってどうしていいのかわからなくなってきた」


 それな。調べなくても大体オレの心境だよ。

 今日の暑さも相まって、未知のものに対する情報の飽和で忍の目が遠い。


「今から忍がそれだと不安だ。とにかく夏を満喫したいんだからそれっぽいところを提案するのに全力になってくれ」


 怒れる魔王、ベレト様のリクエストは通勤ラッシュ体験だった。

 魔界の女王リリス様は、銀座でショッピング。

 無茶ぶりも過ぎるところだが(主にオレが)命からがら一緒に乗り越えてきたんだからきっと大丈夫。

 そう信じなければオレがつぶれる。

 暑さが拍車をかけて待ち合わせだけでももうろうとしてきそうな季節だった。


「スケジュールは丸投げとか……魔界のVIPでもないのによく引き受けたよな、ダンタリオンのやつ」

「引き受けるのは公爵ではなく俺たちだからだろう」

「そうですね」


 引き受けたというよりパスされたものをそのまま横に流された状態か。

 なんでこの時期にハチ公前で集合なんだよと思っていたところに、人々のざわめきが聞こえてきた。


「?」

「ちょっと見てくる」


 司さんがそういってすぐに向かったのはもの見たさからではない。司さんは武装警察の人だから何かあればまっさきに事態の収拾に動かなければならない人だ。

 人垣ができているので何事か問題には違いないだろう。こんな時は呼ばれなくても様子を見に行かなければならないのだ。

 しかし、すぐに帰って来た。何か肩に担いで。


「……司さん」

「行き倒れてた。残念ながら特徴が一致した」


 短く言って木陰に「それ」を横にしてやる。白い髪、白いまつげ、白い肌。人間にはあり得なさそうな色彩で、美貌の青年がそこにいた。


「バルドル様か~熱中症かな」


 司さんがてきぱき応急処置をしてあげているのでオレと忍はそれをただ見下ろしている。緊急事態に対するプロなのであっというまに休ませるのに適切な環境になったが、水は必要だろうので自動販売機でお使いをするオレ。


「大丈夫なの。いきなり熱中症で倒れるとか」

「北国の人だから暑さに弱いのかな」

「そういうことじゃないよ。この先不安しかないっていう話。なんでそもそも一人なんだ?」

「さぁ」


 先方は三人の予定だったはずだ。異母含めて全員兄弟らしいが事前情報では三者三様の外見だった。本人が意識を失っているので確認しようもないのがどうしてみようもない。迷子というには近くにいたし……


「?」


 たぐいまれなる美貌とハチ公前という人の多さも相まって、視線は集まっているが行き交う人が多すぎてそれらは流動的だ。

 オレたちは敢えて周囲の視線に気づかないふりをして三人揃って疑問符を浮かべる。


「今回来るのはあと、ヴィーザルさんとヘズさん」


 なんでバルドル様だけ様付けなんだよ。

 聞くと、その人はけっこう有名人らしく、あとの二人は忍の事前知識にも入っていなかったヒトたちらしい。

 どちらにしても厄介なのでここで三人で全員「さん付け」に統一することにする。

 彼らは公式訪問ではなく観光なので、そうなると大体どんなに偉い人でも「さん付け」から入るのがなんとなくの暗黙の了解だ。


「兄弟よ、どうしたというのです」


 ちょうど待ち合わせの時間だった。三人してしゃがみこんだまま悩んでいると後ろから声がかけられた。

 まっさきに視界に入ったのはとても頑丈そうな靴。人間がはくのとはだいぶデザインが違っている。

 見上げると、見上げるにしてもやたらと長身の男の人がそこに立っていた。


「……兄弟」

「ひょっとしてヴィーザルさんですか」

「その通りです。……あなたたちは『ごしょきょく』とやらの人間ですか」


 事前に訪日する三神の情報はもらっていた。紙で。

 映像技術も親交も全くない方面の神様なので、情報はアナログだった。

 それによれば、光の神バルドルは白い容貌の美青年、その弟ヘズは盲目、そしてもう一人の同行者ヴィーザルは……特徴が「長身」としか書かれていなかったのでよくわからなかったのだが、三人揃って来るから大丈夫だろうくらいに考えていた。

 この状況は想定していなかった。


「はい、本日案内をいたします近江秋葉(おうみあきば)、戸越忍とそれに護衛の……」

「白上司(しろうえつかさ)です」


 さすがに常日頃お世話になりっぱなしの司さんは呼び捨てで呼びづらく視線を流すと空気を読んでくれた。名乗ってから司さんは状況を説明してくれる。


「バルドルさんは熱中症……この暑さで倒れたようです。すぐそちらに居ましたが、残りのお一人はどうされました」


 そう聞かれるとヴィーザルは長い前髪のかかった眉をわずかにしかめている。

 そして、どこか重々しい様子で口を開いた。


「ヘズは行方不明です」

「行……っ!?」

「待って、何か日本語が変」


 I am a Pen. くらいに聞こえたのか忍があやうく言葉の重大さに声をあげそうになったオレを引き留めた。司さんが聞く。


「行方不明とは?」

「この駅とやらの前に出たとたん、姿が見えなくなりまして。バルドルと私は探しておりました」


 あぁ。それね


 迷子だわ。


 行方不明と言えば行方不明だが、その言葉を使ってしまうと大分重みが変わって来る。

 ここは日本であり東京であり、渋谷駅前である。

 たぶん、人込みに紛れたんだろうけどすぐ保護されるやつだ。


「時間になったので、こうして一度来てみればこのような状況で……」

「司さん」

「いま無線で聞くから」


 本当に。

 この先、大丈夫なのだろうか。

 一抹どころか9割くらいの不安を抱きながらオレは北欧の神様二人を交互に眺め見た。

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