二〇〇七年(完)

 モバゲーの足跡機能は厄介だ。クソリプや引用リツイートで他人にディスられるよりかはマシだけど。


 でも、今はその心配はない。だって、




『へ? 君の携帯を?』

『うん。持ってないでしょ? しば、しばらく私とメールして欲しいんだ。んじゃ、そういうことだからっ』




 午後七時過ぎ、部活で疲れた帰り道に待ち構える、ほぼ面識のないクラスメイトの女。しかも現れるなり、自分の携帯を押し付けて去っていく、ときている。


 支離滅裂にも程がある。死にたくなってきた……


「そして、結局自分のを使うという」


 顔から火が出そうになるプランを聞いた母は、最初はめちゃくちゃ怒った。


 当たり前だ。今ほどケータイで繋がるネットは万能じゃなかったけど、彼が悪人だったら私の名前で高額な買い物をしたりするかもしれない。バカな私は、そんなことにも全然気づいていなかった。


 母は彼の家に電話をかけ、彼の母親に事情を説明し、先程二人で私の携帯を返しにきた。


 そして、全てを聞いた彼の母親は、自分の携帯を息子に貸すことでメールが可能に。てんやわんやの騒動で、私は頭を下げていた記憶しかない。


 思い出す。苦笑いする彼の顔を。


 でも——玄関先で、言ってくれたのだ。




『じゃあ、今日の夜さっそくしてみようよ』




 あああああ、とベッドで悶える。柔軟剤の匂いがするパジャマは既にくっしゃくしゃ。


 しかし、時間を昨日に巻き戻して欲しいと願う間もなかった。


 聞き間違えることのない、専用の着信音。


「————!!」


 飛び上がり、ケータイを開く。


 そこに記された文面は、


『こんばんわ えーと こんな感じかな。 美山さん、聞こえてますか』


 吹き出しそうになった。


 何これ!? おばあちゃんが打った文章みたいじゃん! 聞こえてますかってどゆこと?


『こんです、ぎこちなさすぎ(笑)もうお風呂とか入った?』


『うん、入ったよ。そっちは?』


『あの後すぐね笑 迷惑かけてごめんね!』


 ……いつの間にか、緊張はなくなっていることに気づく。


 まあ、私だって男子とメールくらいするし? 私のこと気になる子だって何人かいるよ? 自分で視線に気づかなくても、女子は他の子に向けられる視線や態度にも敏感なんだから。


 なんてことまで、彼とのメールで喋ってしまった。友達とも男子とも、親にすら話したことがないことまで、不思議と打ち込んでいた。


 厳しかった彼の父がケータイを禁止するまで、そのやり取りは続いたっけ。うろ覚えだけど。


***


 追憶が遠ざかっていく。きっかけはスマホに表示された通知だった。


 メールよりも遥かに便利になったアプリ。画面に表示されていたスタンプを見て——




「ふーん、最初は絵文字を暗号みたいとか言ってたのに。小慣れたもんじゃない」




 気がつくと、女子高生の集団はいなくなっていた。


 そういや、当時はケータイ小説なんてのが流行ってたっけ。










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2007年——メアドのなかった君の記憶。 ししおういちか @shishioichica

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