第34話
カーテンから漏れ出た朝日が顔にあたり、ロゼッタは目を覚ました。起き上がって周囲を見渡したが、見覚えのない部屋だ。
聖女宮の寝室ではないし、領主館の部屋とも違う。
「あら?私どうしたのかしら、ここはどこ?さっきまで私……」
アロンツォに馬車へ押し込められ連れて行かれたが、エルモンドたちが助けに来てくれたこと、アロンツォに剣で刺されたことをロゼッタは思いだし、刺されたはずのところを確認した。
「確かここを刺されたのよね?傷がないわ、夢でも見たのかしら、エルモンドとジェラルドはどこへ行ったの?アリーチェ?」
誰の返事もない。ロゼッタは状況が分からず、誰か分かる人を探そうと思いベットから出てパジャマのまま部屋の外へ出た。
「すごい神殿ね、王都の神殿より大きくて荘厳ね。でもどうしてかしら、ここに来たことがある気がするのは、おでかけすることなんてあまりなかったから、来たなら覚えているはずなのに」
「それは、
「わっ‼︎驚いてしまいましたわ——まあ⁉︎エキナセア様?」ロゼッタは背後から突然声をかけられ飛び上がり、誰に声をかけられたのかその顔を見て気がつき、さらに驚き腰を抜かしそうになった。
「ロゼッタ、お前は余の血を分けた子だ。人として生まれる前ここにいたから、潜在意識の中にこの場所が刻まれているのだろう」
「私が、エキナセア様の子供?まさか、私のお父様はピエトロ・モンティーニでお母様はグレタ・モンティーニです」
「其方の母は、其方を産みはしたが、血の繋がりはない、もちろん父親とも血は繋がっていない。あの夫婦は清らかな魂を持っていて、私の子を育てるのに値すると思い授けただけだ」
「私は神の子ということですか?」
「神の子であり、其方自身も神なのだ」
「エキナセア様、私——剣で刺された気がするのですが、死んだのでしょうか?」
「コロニラは世の子を殺めた罪を負うことになるだろう」
「そんな……。悪いのはヴェルニッツィとモディリアーニだけです。他の人たちは何も悪くないのです」
「其方は人が好きなのか?」
「難しいですわね相手によりますし、人という大きなくくりで言うと好きなのでしょうけれど、どの程度好きかと聞かれたら、さほど好きではないと答えるでしょうね」ロゼッタは困ったように笑った。
「何だそれは、結局どっちなのだ」
「人とは曖昧な生き物です。全てのことに白黒つける必要はないってことです」
「よく分からんがまあよい、ついて来い、よいものを見せてやろう」
エキナセアはロゼッタを建物の外に連れ出した。
広大な草原が広がり、そこを聖獣たちが寝そべったり、走ったりしていて、頭上には精霊たちが飛び回って遊んでいた。
その中に見知った聖獣たちをロゼッタは見つけた。
「マルーン、ゴールデンロッド!シンバもドジャーも無事だったのね」召喚できなくなってからロゼッタは聖獣たちをずっと心配していた。
ドジャーはロゼッタの頭上を楽しそうにくるくる周り、マルーンとゴールデンロッドはロゼッタに飛び乗り、シンバは鼻をロゼッタの腰に回して擦り寄った。
「其方は聖獣に好かれているな」
「私も聖獣が大好きですのよ」
「人はさほど好きではないと言い、聖獣は好きだと言った、そんなお前に精霊の王は適任だと思うのだが、精霊女王にならないか?」
「精霊の王⁉︎私には務まりませんわ、それに精霊王様ならすでにいらっしゃるのではなくて?」
「精霊王を辞めたいと言い出した。理解できんが、引退して各地を巡る旅がしたいのだそうだ。それで、お前を時期精霊女王にと思っている」
「そんな大役——自信がありませんわ」
「其方は聖獣にも精霊にも好かれておるではないか、それだけで王の素質がある。人を好きではないというのもまた重要な素質だ」
「何故でしょうか?」
「人が好きなら、誰も彼もを愛し慈しみたくなるだろう?だが、全ての人を助けるなど無理な話だ。ならば無関心の方がよいということだ、精霊女王、引き受けてはもらえないだろうか」
「——少し考えさせてくださいませ」
両親が実の親ではなく育ての親で私は神の子。自分が死んでしまったことがどこかへ吹き飛んでしまうほどの衝撃だ。
その上、精霊女王にならないかと提案された。突然に色々なことが起きて処理しきれない、落ち着いてじっくりと考える必要があるとロゼッタは思った。
それに死んだことを嘆く時間が自分には必要だ。エルモンドにもう会えないのだと思うと、胸が痛んだ。
「ああ、分かった、神殿の中はどこでも自由に見学するがいい」エキナセアは神殿の中へ消えていった。
それから1ヶ月ロゼッタは神殿の中で寝起きし、昼は聖獣や精霊たちと過ごした。
「エキナセア様、私やります精霊女王。精霊の皆さんも聖獣の皆さんも私に女王になってほしいって言いますし、私も皆さんを守りたいと思うのです」
「そう言ってくれると思っていた。では、頭をこちらへ」
ロゼッタはエキナセアの手の下に頭を差し入れた。
「
「誓います」
「汝ロゼッタは聖獣に尽くすと誓うか?」
「誓います」
「では其方は本日をもって精霊女王となる」
「ありがとうございます。エキナセア様」
「ロゼッタではなくこれからはローズと名乗れ」
「ローズ——精霊女王ローズ」
「気に入ったか?」
「はい、気に入りました」
「其方に宮殿を作ってやらねばな」
エキナセアが手に石を乗せ、魔力を込めるとただの石だったものがみるみる大きな宮殿へと変わっていった。
「すごい!宮殿だわ!」
「其方も練習すればできるぞ、今の其方には魔力が宿っておるからな」
「私に魔力が⁉︎では私も精霊みたいに魔法が使えるのですか?」
「神の魔力は精霊の魔力より強いぞ、国1つ潰すことなどわけないわ」
「コロニラを崩壊さないで済む方法はありませんでしょうか?」
いずれコロニラは衰亡する。家族のことはエルモンドたちに任せておけば大丈夫だろうけど、聖女宮の侍女たちは?その家族は?ロゼッタは親切にしてくれた皆の力になれたらと考えていた。
「精霊女王、其方が考えよ」
「私がコロニラを救う方法を考えてよいと——何をしてもよいのでしょうか?」
「其方がしたいと思うことをすればよい。神の力は偉大だ。実現不可能なことなど何もない。ついて来い」
エキナセアは新しくできた宮殿へ向かった。
広い宮殿の中に大きな水瓶が置いてあり、そこでエキナセアは立ち止まった。
「会いたい者の顔を思い浮かべて覗いてみよ」
ロゼッタはエルモンドの顔を思い浮かべた。
水瓶の中を覗き込むとそこにエルモンドが現れた。
「エルモンド!エルモンド!」
「こちらの声は聞こえぬ、今日は其方の裁判の日らしい」
「私の、裁判……。エルモンド」
水瓶に映るエルモンドは生気を失ったように見え、まるで幽霊だとロゼッタは思った。
打ちひしがれているエルモンドをロゼッタは愛おしく思った。自分の死をそこまで悲しんでくれていると思うと、申し訳ないような嬉しいような複雑な気持ちになった。
初めての恋人、ショッピングとかランチとか観劇とか、夢を見ていたことは沢山あったのに何一つ叶えられなかった。
唯一の素敵な思い出は、舞踏会の日一緒に踊ったことだ。
「見学するがいい、コロニラを救う方法が思いつくかもな」エキナセアはロゼッタを残して宮殿を出ていった。
それからロゼッタは連日開かれる裁判を傍聴し続けた。
最初はエルモンドの顔が見れて嬉しかったが、暗く沈んだエルモンドの顔を見ているだけで、何もしてあげられないことが辛く、励ましてあげられないことに苛立ちを覚えた。
最終弁論が終わり、いよいよ判決だという日にロゼッタはエキナセアに頼んだ。
「エキナセア様、向こうの世界へ行くにはどうすればよいのでしょうか?」
「其方の魔力はまだ弱い、向こうの世界にはいけない」
「こちらに来ることはできましたわよ」ロゼッタがにやりと笑った。
エキナセアは苦い顔をした。「それは余が一緒だったからだ」
「エキナセア様が一緒に行ってくださるなら向こう側へ行けるということですね」
「其方は憎らしい。あの男に会いたいのか?連れてくることはできないぞ、あれはただの人だからな」
「分かっておりますわ、私だってエルモンドには生きていてほしい、私のことを忘れないでいてくれたら嬉しいですけれど、それ以上に自分の人生を歩んでほしいのです」
「では何をしに行くのだ?」
「私の裁判なのですから、私が罰を下してもよいのではないでしょうか?」
「なるほど、コロニラへの罰も自分で決めると?」
「はい、その通りですわ」
「よいだろう、何やら面白そうだし、連れて行ってやろうではないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます