第7話

 真っ白な神官服を着込み、白く滑らかな生地に赤紫色の糸で、エキナセアの花が咲き誇るように刺繍がしてあるローブを羽織ったロゼッタは、エキナセア大聖堂の中にある謁見の間に、足を踏み入れた。

 豪奢な飾りで彩られた椅子が1脚、大広間に向かってポツンと置かれている。

その椅子に座るよう促され、恐る恐る座った。

 甲冑の騎士が壁に沿って6人配置され、とてつもなく大きなハルバードを手に立っている。

 あの大きなハルバードで首を刎ねられるところを想像し、ロゼッタの胃が縮み上がった。

「彼らはロゼッタ様を守るためにいます。我々もずっと隣についていますから安心してください」エルモンドが耳打ちした。

「ありがとうございます。緊張で手が震えますわ」ロゼッタは手を擦り合わせた。

「この後すぐに陛下が謁見に来られます。そして跪くでしょうが、びっくりなさらないでくださいね。たんなる作法の一つと思っておいてください」アリーチェはロゼッタの衣装を整え、手に教仗きょうじょうを持たせた。「私は控えの間で待機しております——お帰りをお待ちしていますね」にっこりと笑ったアリーチェにロゼッタの震える心臓が少し落ち着いた。

「国王陛下ならびに王太子殿下、王子殿下ご到着されました」神官がドアを開け、客人を中に通した。

 金糸きんしがふんだんに使われた刺繍が、日の光に照らされ煌めき、威光を放つマントを羽織った国王陛下を先頭に、金色こんじきのローブを羽織った王太子殿下、その後ろに深緋色こひきいろのローブを羽織った2人の王子殿下が続いて入ってきた。

 王太子殿下はロゼッタと歳があまり変わらなさそうで、2人の王子殿下はロゼッタより少し幼く見える。とはいえ、堂々とした威風にロゼッタの心臓は再び震え出した。

「聖女様、お会いできて至極光栄に存じます。コロニラ国王リナルド・ファルコニエーリです」

 ロゼッタの前で立ち止まった陛下と3人の殿下は跪き頭を垂れ、それぞれ自己紹介をした。

「王太子アロンツォ・ファルコニエーリです」

「第2王子サルヴァトーレ・ファルコニエーリです」

「第3王子ジュゼッペ・ファルコニエーリです」

「顔を上げてください」敬語は必要ないと言われたが、ロゼッタはどうしても出来ず、このくらいで許してもらった。

「コロニラ王室から1億ヴァルと、国所有の鉱山を2つお送りさせていただきます。どうぞお納めください。聖女様におかれましては、この国の憂いを取り除いていただき、有事の際には聖獣使いとしてこの国をお救い下さいますよう。心よりお願い申し上げます」

「期待に応えられるよう善処します」

 王太子アロンツォが発言した。「聖女様は読書家でとても博識だと伺いました。いずれ談笑させていただきたく存じます」

「はい、その機会を楽しみにしています」

 来た時と同じように4人は足並み揃えて退出した。

 ロゼッタは情けないくらいに大きく息を吐き出した。まるで今まで息を止めていたと言わんばかりだった。

「とてもお上手でしたよ」エルモンドは歯をみせて笑った。

「もう、笑わないでくださる。こんな心臓に悪いことはこれっきりにしてほしいですわ」

 重鎮を招いて行われる聖女の即位式が、一番緊張を強いられるだろうがエルモンドは、言わないでおくことにした。まだ少し先の話だし、せっかく一息つけたのだ、今から気に病ませる必要はない。

 ロゼッタは王宮に戻り、楽な格好に着替えてから昼食を取ることになった。緊張のあまり朝食はほとんど喉を通らず、お腹が空いてもう一歩も動けそうになかった。

 人に見られなが食事をすることに慣れていないロゼッタは、アリーチェとエルモンド、ジェラルドへ一緒に席について欲しいと願い、4人は快く受け入れた。

「王室は本当に1億ヴァルと鉱山を私にくださるのかしら」

「そうですよ」ジェラルドが答えた。

「1億ヴァルって、想像もつかないわ、だって私の1年のお給料が2万ヴァルよ、5千年も働かなくちゃいけないわ気が遠くなる話ですわね。いったいどうやったらそんな大金使い切れるのかしら」

「それだけ重要な役割を担っていますし、正当な対価ですよ、ドレスとか宝石とかいっぱい買っちゃいえばいいんです。落ち着いたらロゼッタ様が行きたがっていた、お洒落なオートクチュールに行ってみましょう」サンドイッチを口に頬張りながらジェラルドは言った。

「ジェラルド卿、口の中は空にしてからお話しください」

「すみません……」

 ジェラルドはアリーチェに全く頭が上がらないらしい、剛強な男が小さくなっている姿は見ていて面白いとロゼッタは思った。きっとジェラルドは他者を思いやれる優しい人に違いない。

 陛下や殿下たちとの引見は、忙しい人たちだろうし、形式的な挨拶と一言二言交わすだけで滞りなく進められたが、王妃陛下や王女殿下はそうはいかないだろう。

 怖い方たちじゃないといいなとロゼッタは心から願った。

 昼食を食べ終わり、少し休憩を挟んでアフタヌーンティーに行く準備が始まった。朝も侍女たちが総出で支度を手伝ったが、今回はそれにも増して気合いが入っていることが、ひしひしと伝わってくる。

 アフタヌーンティーなんて貴婦人がすることで、ロゼッタは参加したことがなかったので、侍女たちの気迫に押されっぱなしで、得体の知れない恐怖心が徐々に積もっていった。

 芽吹の季節ということもあって、銀糸ぎんしの刺繍が施されキラキラと輝く、若緑色わかみどりいろのドレスに、真珠とエメラルドをあしらったジュエリーと、白い花で作られたヘッドドレスで侍女たちはロゼッタを着飾っていった。

 特別美人でもないし、平凡な顔に平凡なスタイル、いまいちパッとしないというのは自分でも分かっていたが、流石は王宮の侍女たちだ、まるでお姫様のように美しく仕立て上げた。

 支度を終えて部屋をでると、待機していたエルモンドが驚いたようにロゼッタをじっと見つめてきた。

「エルモンド?何か変かしら、侍女たちが一生懸命着飾ってくれたのだけど、やっぱり似合わないかしら」初めてのドレスに胸を弾ませていたが、エルモンドの反応に悄然とした。

「いいえ、とてもお似合いです。あまりにも美しく、言葉を失ってしまいました。まるで女神のようです」

「要約すると惚れちゃいそうってところですね」

「ジェラルド!いい加減なことを言うな!ロゼッタ様に不敬だぞ」

 赤くなったエルモンドを見て、ロゼッタは上機嫌になり頬をほんのりと染めた。

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