第3話

 最初の10分はきちんとした姿勢で座っていたロゼッタだったが、5分過ぎるごとに姿勢が崩れていき、1時間が過ぎた頃には全身が退屈を表現していた。

 そろそろ発狂してしまいそうだと思っていたら、ようやく部屋のドアが開いて室内に10人ほどゾロゾロと入ってきた。

 全員、真っ白な神官の正装に身を包み、金糸で装飾が施されたストールを肩から下げ。首には女神エキナセアの象徴である花を象ったネックレスを下げている。

 ロゼッタは教会には時々行く、くらいの信仰心しか持ち合わせていなかったが、母から叩き込まれた神官様への挨拶はそつなくこなした。

 右手を胸に当て軽くおじきを2度し、神官への挨拶とする。それから、両の手を合わせて深々と礼をすることで、女神エキナセアへの敬意を表する。

 ロゼッタが顔を上げると、白髪頭の、60歳はゆうに過ぎているだろうと思しき男性が、にっこりと笑った。

「私はエキナセア教会、教王を務めておりますパトリツィオ・コルベールと申します。お会いできて光栄に思います。ロゼッタ様、どうぞお座りください」

 ——え⁉教王?最高位じゃない!——

お目にかかるのも難しいような高貴な人が何故ここに?絶対に何かがおかしいと、ロゼッタは警戒した。「とんでもございません。私の方こそお会いできて光栄です」

「突然、何の説明もなく、こんな所に連れてこられてさぞかし戸惑っていらっしゃることでしょう」

「ええ、そうですね。ご説明いただけますか?」

「はい、実は我々エキナセア教会とコロニラ王室は、神聖なる力を持っているであろう子供をずっと見守ってきました。力が発現するその時まで、そして、昨日あなた様が神聖力しんせいりょくを発現なさったと聞き、こうしてご招待させていただきました。エキナセア教会神官一同は、聖女の誕生に立ち会えたことを嬉しく思います」神官たちが一斉に手を合わせ、ロゼッタへ深々と頭を下げた。

「え?……いえいえ、私は聖女じゃありませんよ。何かの間違いです」

「今から18年前、大陸歴1884年10月24日から11月7日に天空で惑星直列が起こりました。言い伝えによると、その惑星直列の間に生まれた子供の1人に特別な力が宿るそうです。それが神聖力なのです」

「聖女様は『国民の誉れドナテッラ様』ではないのですか?」

「ヴェルニッツィ侯爵令嬢ドナテッラ様は治癒の力を持っていますが、聖女の証しである浄化の力はありませんし、精霊や聖獣の召喚もできません。神殿は聖女の宣言をしていませんが、民が聖女だと誤解してしまっているんです」

「だからといって何故私が聖女なのですか?私には特別な力はありませんよ。私は平凡な図書館司書です」ロゼッタはとんでもないことに巻き込まれたようだと感じ、不安に駆られ手が震えはじめた。

「昨日、図書館の倉庫で起きたことを聞き及んでおります。本棚が倒れかかってきた時、聖獣を召喚なされた。推察するにそれはゴールデンロッドでしょう。金色の毛並みで体調が70㎝ほどのイタチのような見た目ではありませんでしたか?」

 ロゼッタは不意に大きな衝撃を受けて、頭の中がガンガンと大きな音を立てているようだった。

「ええ、そうです。——何故それを知っているんですか!?」

「ロゼッタ様からすれば、不快な話でしょうけど、ロゼッタ様は1884年10月30日生まれでいらっしゃいますよね、生まれた時から今日までずっと見守らせていただきました」

「は⁉︎見守ってた?ちょっと待ってください、ずっと監視されていたのですか?」頭から足先まで血の気が引いていって、ガタガタと震え出した。

「お怒りはごもっともです。ですが、どの子供がいつ発現するか分からず、全員を保護するわけにもいかず、この方法を取るしかなかったことを理解していただきたいのです」教王は申し訳なそうな顔で言った。

「もう、もう結構です。これ以上聞いていたくないわ、お引き取り下さい。——いいえ、私が帰ります」ロゼッタは震える足でどうにか立ち上がった。頭の奥で鳴り響く音がどんどん大きくなり、金槌で叩かれているようだった。

「それはできません。聖女になられたからにはこの城から出ると危険に晒されてしまいます」

「そんな!どうして!」滅多に声を荒げないロゼッタだったが、頭は割れそうに痛いし、耳鳴りはするしもう限界だった。半ばパニックを起こしかけ、この10分足らずの会話で10歳は老けて見えた。

「神聖力を他国も欲しているからです。エリンジウム大陸諸国はまだ良いのです、遅かれ早かれ神聖力を持つ者が現れるでしょう。問題は出現しない大陸です。魔族の大陸、ヘリオトープは浄化が上手くいかず、瘴気にあふれています。コロニラに聖女が現れたと知られてしまったら、あなた様を攫いにくるでしょう」

 教王は取り乱しているロゼッタを落ち着かせようと、椅子に座るよう促したがロゼッタは床の上にへたり込んでしまった。

 まるで自分の足ではないみたいに感覚が麻痺してしまったようだった。涙が自然と頬を伝い落ちていく。何が悲しくて泣いているのかもよく分からない、考えようとしても頭が全然言うことを聞いてくれない。見張られていたことに腹を立てていて、そんなことをこの18年間、誰にも気づかれずにやってのけた教会や王室を怖いと思っていて、これから先、私が自由になる日は来ないと知らされて、どんな感情を抱いたらいいのか分からない。

——私はこのまま王宮に閉じ込められる——

「——ああ、そんな、なんてことなの。気分が悪いわ、吐きそう。バスルームに連れて行って」

 エルモンドはロゼッタを支えながらバスルームに連れて行った。

 バスルームの中から聞こえてくる啜り泣きと嗚咽に、エルモンドの息が詰まった。

 バスルームにロゼッタが閉じこもってから2時間が過ぎただろうか、静かになった室内を心配したエルモンドはそっと中の様子を確認した。

 バスルームの床に小さくなって眠っているロゼッタをそっと抱き上げ、寝室に連れて行き、ベッドの上に横たえた。涙の跡が痛ましかった。着替えを手伝う為に待機していた侍女に引き渡し、エルモンドは部屋を出た。

 

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