喪主はわたしと赤い薔薇が言った

 ソール・オリエンス本社ビル最上階社長室。



「あら、髪が短くなったのね。前に会った時は黒髪長髪だったのに」

「はい、マダムソフィア」

「綺麗な髪だったのに、もったいない」


 彼は一瞬言い淀んでから答えた。

「駒鳥と一緒に葬りました」


 マダムはちょっと眉を上げた。彼にとってそれは見覚えのある仕草だった。


「良い仕事ぶりだった。あなたに投資したのは正解だったわね」

「研究船一隻と乗船者全員の命が犠牲になりましたが」

「引き換えに、目の上の瘤も消えた。安いものだわ」


 冷酷で非常なところもそっくりだと彼は思った。


「マダム」

「なにかしら」

「駒鳥はあなたのひとり息子だと伺いました」


 彼女は肩をすくめ、赤い薔薇が象嵌された煙草ケースを取り出した。


「その髪型、マッシュっていうのかしら、あなたに似合っている。色も素敵ね」

「マダムは煙草を吸わないとお聞きしました」

「今の立場に収まってから禁煙したのよ」

「以前は愛煙家だったのですか」

「まあ、そうね。随分、昔。赤い薔薇と呼ばれていたころは」


 赤い薔薇。数々の伝説を残し、ある夏の終わりに忽然と姿を消した敏腕エージェント。


「マダムソフィア、あなたが赤い薔薇だったのですか」

「そんなに驚くことはないわ。お芝居で驚いたふりをしているんだったらいいけれど」


 彼は黙ってマダムの煙草に火を付けた。


「感情をいちいち表に出すのは命取りよ。駒鳥からそう躾けられなかったのかしら」彼女はふうと煙を吐いた。「夏の名残の薔薇という詩を知っている?」

「いいえ」

「トーマス・ムーアの詩よ。夏の終わりになって仲間の花がみんな枯れ果て、ひとりで寂しく咲いている薔薇のうた」彼女は彼に赤い薔薇の煙草ケースを差し出した。「あなたもいかが」

「ありがとうございます」

「あの子はね、ほっておいても残り半年の命だったの」

「知っています」


 だから、彼は拉致された時にも抵抗はしなかった。されるがままになった。自らの手で駒鳥の命を絶つことができるなんて願ってもないことだ。駒鳥の命は誰にも渡さない。渡してなるものか。そして願い通りに翡翠は何者ではない何かエックスを残し、青い鳥となって駒鳥と一緒に飛び立って行ったのだ。


 翡翠の抜け殻エックスはふと思った。マダムはだから白羽の矢を翡翠に立てたのだろうか。ひとり息子の命を断つのならせめて愛する者の手に掛けてあげようという親心で。


「マダム、もしかして……」

「だから、そう素直に感情をあらわにするのはおよしなさい。思ったことをそのまま口にするのも。わたしはお金が好きなの。そのためにはなんだって利用もするし、切り捨てるわ。邪魔になるのなら息子だろうとなんだろうと関係ない。消すだけよ。もちろん、その息子の余命がどれだけなんて無意味だわ」



 二人が燻らす紫煙が、教会の香炉から立ち上る祈りのように揺らいでいた。


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夏の名残の薔薇 水玉猫 @mizutamaneko

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