私と友人で、なんか非日常で戦ってる少女の話をする

まらはる

変身少女ウィザードみさとちゃん

「ンゥッヒョー!! 変身少女ウィザードみさとちゃんの触手緊縛感電シーンたまらねぇ!!」


 今日は最悪すぎる友人の趣味の告白を聞いた日だった。

 ちなみにこの場合、「最悪」はそれぞれの単語すべてにかかって修飾している。

 日本語は便利だ。

「なぁお前も見てみろよ。こいつはここ10回の戦闘で最高と言われた前回の戦闘を上回る極上のピンチシーンだぜぇ」

「未成年の少女が痛めつけられてるシーンを解禁が毎年恒例の行事になってるワインみたいな評価をするな」


 ワンルームのカーテンを閉め切った部屋の奥にあるモニタは、1人の少女が傷つきながらも懸命に戦う映像が流れている。

 戦うといってもプロレスやらボクシングやら空手やらみたいなスポーツの話ではない。

 固いアスファルトの地面や鉄筋の通った建物をクッキーのように砕けるほどの暴力をぶつけ合う戦いだ。

 少女はスポーツどころかショッピングにも向かない、まさしく少女趣味といえるような装飾のドレスを身にまとう。

 対する怪物は、巨大な電柱から電線の触手が生えたような様相で、体長は少女のざっくり十倍はある。

 言ってしまえばまさしくテレビの中でしか見ないような、ありえないタイトルマッチだった。

 電柱の怪物は、触手を巧みに扱い、少女の手足をがんじがらめに縛って身動きを封じている。電線からは当然のように電流が激しく流れており、少女の体は激しく痙攣している。かわいらしい衣装もところどころ焦げており、痛々しさを増している。

「みさとちゃんはねぇ! 頑張り屋さんなんだよぉ! こんな状況でもあきらめなくてぇ! あ、今ほら街をめちゃくちゃにした電柱のアバレールへの怒りから自力で拘束を解いたぁ!! イェッヘヘヘヘ」

 炭酸ジュースを片手にあぐらをかいたオッサンみたいな観戦スタイルで、友人は目を異様に爛々と輝かせて力説と実況をする。

 その様子に、隣に座る私ががドン引いてることに気づいていない。

 モニタでは実況通り、少女は怪物を睨みつけて力強いセリフを吐いたかと思えば、全身に力を込めて自らにまとわりついていた電線の触手を引きちぎった様子が映し出されている。

 再び徒手空拳の格闘でもって電柱のアバレールを圧倒する。最後に少女は極大な光の束を集めて放ち、そしてついにはアバレールは倒され、戦いの後には電柱が一本残った。


 ちなみにアバレールというのは怪物の総称だ。何かしら日常生活に存在する物品を模しており、ビルほどの体躯を持っているのが外見の共通点だ。

 似たような怪物はここ数ヶ月ほど時々街に出没しては、先の少女……変身少女ウィザードみさとちゃんに倒されている。

 変身少女ウィザードみさとちゃんもまた、同時期に現れた非現実的としか思えないような存在で、中学生ほどの見た目でありながら、アバレールを上回る身体能力を持つ。

 もっともその情報は半ば都市伝説と化している。事実を裏付ける物的証拠がどこにも残っていないからだ。

 人々の記憶には残るのだが、怪物が現れると周囲の電子機器に異常をきたし記録ができず、破壊の痕跡も怪物を倒せば消えてしまう。

 そういう結界みたいのが、あるらしい。

 先ほどの映像の戦いが終わった後、アバレールになった電柱も含めて、破壊された街並みは元通りに戻った。まるでそんな非日常はなかったかのように。

 長々と説明したが要するに「日常の裏側で人知れず戦う、噂のヒーローと怪物」が、この町には現実として存在している。


「どこから聞いたものか……」

 平日の今日、大学の講義が終わり、予定のなかった私は友人に「見せたいものがある」と誘われるまま、友人の借りてるアパートの一室に来た。

 一見ごく普通の大学生の一人暮らしの部屋に見える。家具の少なさから、散らかり具合まで平均的だ。

 でもそこの住人は平均値を逸脱していた。

「なんで私にこれを見せたんだ?」

 聞きたいアレコレをすっ飛ばして、結論を確認する。

 たぶんそうすれば逆説的に聞きたいアレコレも含めて説明してくれると思って。

「いや、お前もこういうの見て興奮するタイプだと思ってさぁ」

「しないが?」

 そんな趣味はない。

 せめて非実在青少年ならば、多少はうなずいたかもしれない。

 少年少女が逆境に立ち向かう姿を描いたフィクションに、何度か心を動かされたこともある。

 だが、特に昨今の社会は未成年は保護されるべき世論が通常であり、自分もそれに強く賛同している。

「むしろ、こういうのを見ていると反吐が出る」

「おいおいおいおい」

 友人は困惑した様子だ。どこに?

「お前とはさ、結構趣味が合うと思ってたんだけどなぁ? いや合わない部分でも楽しく喋れてたし、否定しなかったじゃんお互いに? チョコにナッツ入ってるのアリナシで一瞬荒れた時も『10回に1回は違う方食べてみるか』って最終的にどっちもなったじゃん?」

「あったなそんなこと」

 ちなみに私の方がナッツいらない派だった。チョコはチョコの味を楽しみたい。

 フルーツのフレーバーなどは良いが、ナッツの食感は無粋だと思っていた。

 だが、友人との討論で「悪くはない」と思うようになったので、飲食物を持ち込めるカラオケに皆で行く時などには、買うスナックの候補に入れている。

「そういうレベルの話じゃないんだよ、コレは。私からすりゃ否定しかない」

 現実で誰かが苦しんでいる話だ。

 見過ごすことが罪になる話だ。

 スナック菓子や映画の好みとか、もしも宝くじ当てたらどうするとか、ゲームで最高クラスの回復アイテムをいつ使うとか。

 そういったいつもの話では、ない。

「待って待って待って待って。いや、勘違いしてない、ひょっとして?いや別に人を傷つける趣味はないよ? SかMかでSとかでもないし? 人が死んだら悲しいし、大けがなんてしてほしくはない。漫画アニメゲームでも鬱エンド嫌い、ってのも言ったろうがよ?」

 それはそうなのだ。

 この友人は、その辺の倫理観は善性のはずなのだ。

 通学途中で倒れてる人を見かければ、講義に遅れそうでも声をかける。

 買い物でお釣りを間違えて多くもらえた場合でも、ちゃんと店員に申し出る。

 当たり前の善人、であるはずだ。

「だからさ、こう、ハッピーエンドというか。元気の出る話が好きなんだよ。っていうのも前に言ったか?」

「知ってる、覚えてるよ。だから二人で映画行くときはその辺下調べしてから行ってたろ」

「そうそう。でもその辺細かくは話してなかったっけかな。厳密にいうと、めっちゃ辛いコトに立ち向かってひっくり返すハッピーエンドが好きなんだよぉ! 心身ともにギタギタのメタメタにされてそれでも歯を食いしばりながら立ち上がって巨悪を討つ、みたいなぁ!?」

「……それが、これ、ということか?」

「そうそうそうそう! やっぱ話せばわかるよねぇ!」

分かっていない。趣味嗜好が一つ、開示されただけだ。

何の説明にもなっていない。

「というわけで、自主製作? しちゃいました」

 自主製作。

 小説を好きな人が小説を、映画が好きな人が映画を必ず作るわけではない。とはいえ趣味の消費の延長に、生産側に回ることは珍しくないだろう。

ただ――――

「何を作った?」

 構造が見えてくる。何を言わんとするか察してしまう。

 それでも勘違いの可能性を求めて聞く。

「うーん、ざっくり言うなら『全部』?」

「……ッ」

 もっと詳しく聞くべきだ。まだまだ誤解の余地がある。

 そう思いたかった。

 でも、結局どれだけ聞いても補足にしかならないだろう。

 画面越しとはいえ見せられたものが現実ならば、信頼すべき友人が作ったのもまた現実なのだろうから。

「あー、全部ってのは少し嘘だ。結界の中でも動いてくれる撮影のカメラは既存品を改造したものだし、アバレール化光射出装置の部品はアキバで買ったし……みさとちゃんはもともと普通の女子中学生だよ」

「ッ……あの子は」

 誰にも知られず戦う少女のことが頭をよぎる。

 全部。まさか、

「みさとちゃんは勧誘したのよ。ちっちゃい猫だったか犬だったか遺伝子いじくって整形してぬいぐるみみたいな見た目にして喋れるようにした生き物に、子どもにしか使えない変身アイテム持たせて、わざと逃がしたんよ。そのうえでアバレールに追いかけさせて、みさとちゃんのところに行くよう誘導してねぇ!」

 

 傷ついたかわいそうな子を助けた?

 守る力のために契約をした?

「怪物を用意したのも、それと戦うヒーロー用意したのも、そこまで含めて全部お前だと!?」

「いぇすいぇすいぇすいぇす。好きなモンは自分で作ってこそだよねぇ! おかげで見たいもんが見られて満足だぜぇ! 俺の発明品で変身した女子中学生がめちゃくちゃ頑張ってギリギリ勝てる強さのアバレールを計算するのは、毎度ながら大変だけどな!」

 友人は愉快そうに笑う。

「お前……何してるのかわかってるのか?」

「もっともらしいセリフを吐くねぇ! でもよく考えてくれよ。どんだけ壊れても傷ついても結局みんな直るし治る。そういうスゴい発明なのよ、アレらは。ついでにアバレールもみさとちゃんの周りでしか暴れさせてないし、時間も放課後が基本で、どうしても日常生活に支障が出そうなら実はこっそり関係各所にフォローもしてる。全方位に問題出てないからさ、十分健全な趣味と思わない?」

 結局治る?

 フォローもしてる?

 アホか。

「あの子が味わう苦しみや痛みは、元に戻ろうとも、癒されようとも、その瞬間は本物なんだぞ!?」

 したことないような声の荒げ方をしてしまう。

「そこはほら、本物だから出る味があるんじゃん。個人的には、変身解除すると傷が全部癒えちゃうのは、少し興ざめだけど……でも、なるべくずっと撮影は続けたいからさ」

 理解できない。理屈が遠い。

 コイツは本当に私の友人だったか?

 サボり癖や怠け癖があって、楽観的で、そのくせ要領はそこそこよくてサラッと何気なく人を助けてしまうような、善人だと思っていた。

 でも、なんなんだコイツは。

「んでさ、まぁ実は本題はもうちょっと別にあってんふんふんふんふ」

 戸惑う私をよそに、話が勝手に切り替わる。

「手伝ってほしいんだよねぇ。いや、ほぼ断られるのはわかってるけど、でも折角だからお前も誘っておきたくてさ」

「誘う? このくだらない映像撮影にか?」

「くだらないなんて言わないでくれや。頑張って作ってるんだし、お前に言われるとちょっと傷つくって」

 モニタの映像のカットが切り替わる。友人が、リモコンを操作していた。

「これねー」

 映し出されたのは、またベクトルの違う見た目の人物だ。

 アバレールと戦う、先の少女ではない存在。

 それは、顔面も覆う兜付きの、薄手の甲冑に身を包んでいる。

 素材はプラスチックなのか、金属なのかは見た目で判別はつかない。

 その人物自身がかなりアクロバティックな動きをしているため、重くはないように見える。

 兜には昆虫のような複眼と触角の意匠があしらわれている。

「正直コイツ嫌いなのよ。アバレールとみさとちゃんの戦いを、何度もいいところで邪魔されてさぁ。たまに代わりにアバレール倒しちゃうし」

「……」

「お、話が読めないって顔してるね。いやそういう演技かなぁ」

 ヘラヘラと笑っている。

 こちらは怒りと蔑みで、何も言えなくなっているだけだが。

「だからさ、手伝ってよ」

「何をだ。察した通り私は手を貸さない。撮影スタッフ増員したいなら他を当たれ」

「いやこれでもスタッフはそこそこいるんだよ。同じ趣味の人間がね。機材管理やら撮影やら編集やら、賢い俺でも全部はできないからさ」

 いつからか、部屋の外に気配を感じた。廊下側にも、窓の外にも。

「お、近くにいるの気づいてるの? じゃあやっぱそっちもなんだ」

「……何のことだ」

「趣味を隠してたの」

 友人は、いやもはや頭のおかしな知り合いは、私を見て、それからモニタに映る甲冑の戦士を見る。

「この甲冑、邪魔で嫌いだけどひょっとしたら同じ趣味なのかな、ってさぁ……か弱い女の子が怪物にやられながらも立ち上がる姿を至近距離で眺めるのが好きなのかな、って? だからもしも興味があって手伝ってくれるなら、逆にいろいろやりようがあると思うんだよねぇ! 仲良いみたいだから、わざと不和ってみたり、一般人巻き込んでみたり? いやがっつり目の前で裏切る流れのシンプルな奴でもおいしいよねぇ!? シナリオは共同で作成しても良いなぁ!」

「だからなんでそれを私に言う」

「とぼけなくていいよ、お前なんだろ?」

 もう一度、私を見る。

 わかっている。

 知られている。

「この甲冑の戦士。お前が変身してるだろ? お前も頭いいしな。ウィザードみさとちゃんのと似たようなの作ったんだろ?」

 ここにきて、遅ればせながら本当の状況を理解する。

 嫌なことから目を背けてはいられない。

 協力要請、というより脅しだ。

 悪の組織の幹部が、迷惑な変身ヒーローの正体を掴んだので、捕獲に動いた。

 その逆は何も知らず、何気ない友人の誘いだと疑いもしなかった。

「それでさ、どうするの?」

「……断ればどうなる?」

「あー、洗脳してみよっかな。一回試してみたいし」

 あまり深くは考えてないようなその言い方が、あまりにも「らしい」。

 この友人が実は別人だったり、さらなる黒幕に操られてるといった話でもなさそうだ。ちょっとした物言いでそう思ってしまった。

「でも、素直に頼みを聞いてくれると助かるな。やっぱ話の合う友人だし、関係切れるのヤだし」

 私も、こいつのことが嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。

 でも、根本的な倫理観が合わない。

「断る。私を手伝わせたければ、力づくで捕まえて、洗脳しろ」

「やっぱりかぁ……」

 軽薄そうな笑みはそのままに、だけど本気で残念そうにしながら、白衣の内側から何かを取り出して立ち上がる。

「コレ、自分用のアバレール化極光装置。割と最高傑作。ウィザードみさとちゃんとの決戦のために作ってたんだ。いつ使うことになるか、わからなかったんだけどね」

 腕輪の形をした、怪物への変身用の機械らしい。使ったら、どんな姿になるのか。

 ただ、アバレール以上の暴力を振るえるようになるのは予測がつく。

「甲冑の戦士は最低上回れるスペックだと思うけど、どうなるかな。他の連中もアバレール化光で強くなってるし」

 この部屋を囲んでいる連中は、どれも人間の形をしていない。アバレール化光は、モノに使うだけと思っていたが、人間や生き物にも使えるのか。

 だが今はそんなことよりも、

「甲冑の戦士、じゃない。名前がある」

 この姿に名前は付いている。

 ただこれは完全に自分でつけて、恥ずかしくて、名乗ってない。

 みさとちゃんにも教えてないため、「鎧さん」と呼ばれている。

「じゃあ、教えろよ。最後にさ」

「教えるよ。最後に」

 私も、変身のためのベルトを取り出す。バックルがバカにデカくて変なスイッチがついてて、普段の着こなしには絶対使えないものだ。

「あー」

「どうした?」

「名前よりも、先に聞いておきたいことがあってさ」

 どっちもどうにも引けない状態なのに、昼休みの終わり5分前みたいな空気で話しかけてくる。

「お前さぁ、みさとちゃんと素面の方でも仲良いよね? どういう関係?」

「あの子の母親が、私の叔母さん。昔から優しくしてもらっててね。だからあの人も、もちろんあの子も泣かせたくない」

「……へー、確かにあの母親、美人だったか。若いころとかなら、更にだろうなぁ。あ、母親使った作戦は、まだしてなかったなぁ」

 それはどういう感情からの思いつきだったのか。

 そこまで問う暇はないし、気分でもない。

 だから、

「「――変身」」


 二人の人間が戦うための異形へと姿を変える。

 甲冑と怪物と。

 狭いアパートの一室なんて吹き飛んだ。

 変身のエネルギーが巻き起こす熱や風の余波と、間を置かず行われた高速戦闘の衝撃で、だ。隣の部屋まで巻き込んだ可能性がある。

 一度距離を置いて見回すと、かつて友人だった存在を含めた全部で5体の怪物を視認できた。その同じ趣味のお仲間も、似たような腕輪と見た目をしている。

 今までのアバレールの強さは調整され、手加減されたものだった。

 じゃああの5体の強さは?考えたくはない。

 私は勝てるのか、勝ちたいのか。

 ……でも、勝つしかなかった。

 自分が、何に怒っているのかわからない気持ちだったとしても。

 せめて私からも説得すればよかったか、とも思いつつも。

 こうなるしかない、とあきらめつつも。

 五対一という圧倒的不利な状況に、頭を回転させつつも。

 つまり今日この瞬間が何もかも最悪だったとしても。


 ……だから、その後どうなったか、詳しく話はしたくない。

 話せるとすれば、何もかも無茶苦茶になったことと、最後には約束を守って、私が変身した姿の名前を伝えたことくらいだ。

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私と友人で、なんか非日常で戦ってる少女の話をする まらはる @MaraharuS

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