配信10:田村さんの特技

 ネット界隈は依然として賑わっている。鎮火にはほど遠い。なら逆にこれを利用するしかないかな。

 そうだ、彼女には変わらず、配信を続けて貰う。

 アカウントは作り直せばいいさ。

 一応、規約的には問題ない。


 で、その後だ。


 普通に復活しても事態は悪化するだけだ。


「やっぱり、VTuberかな」

「うーん、興味はあるけどね。難しそう」

「俺もそれほど知識があるわけじゃないからなー。やっぱり、生身でいくか」

「せめて、仮面とかさせて欲しい」


 仮面系の動画配信者は、確かにいる。けど、オワコンになりやすいんだよなぁ……。成功者をあまり見ない。それを伝えると田村さんは、がっくりとうなだれた。


「顔は重要だよ。特に女性ならね余計に……ああ、でも顔を出さないで成功している例外もいるな」

「え! いるんだ!」

「うん、ピアノで有名な人がいるよ」

「ああ、それ見たことあるかも! アニメのコスプレとかして、アニソンを弾いたりしているよね!?」

「そう、それ。胸とかフトモモとか体だけ強調させて再生数を稼ぐんだ」

「いいじゃん! それに決定!」

「田村さん、ピアノとか弾けるの]

「…………うっ」


 頭を抱える田村さん。おいおい、楽器は苦手なのかよ。金持ちの家だから、きっと習い事でもしていると思ったけど、そうでもないのか。


「音楽ジャンルはダメか」

「ごめんね、音楽は成績も悪いから……」

「マジかよ。バイオリンは?」

「……無理」


 絶望感を漂わせながら、田村さんは首を横に振った。そうか、そもそも音楽自体がダメらしい。けど、まだ諦めるのには早い。


「音楽といえば、田村さんでも出来ることがあるぞ」

「え……そんなのあるっけ?」

「歌だよ。歌。歌ってみたってジャンルは強いぞ」

「おー! その手があったね!」


 嬉しそうに手を叩く田村さん。もしかして、歌はいけるのか!?


「で、歌唱力は?」

「ふふーん! 歌はいけるよ!」


 自身満々にドヤるところを見ると、これは可能性がありそうだ。ならば試しに、歌ってもらおうか。


「じゃあ、頼む」

「……え?」

「え、じゃなくて、なんでもいいから聞かせてくれよ」

「な、なんでもいいんだよね」

「ああ、なんでもいいぞ。ほら」


 田村さんは、すごく居心地の悪そうにする。けれども、握り拳を作り歌い始めた。……まて。なんで握り拳? って、アレ。なんか声が随分と力んでいるような。



「酒ぇ~~~、ヤケ酒ぇええええええ!! ヤケ酒、酒、酒ぇええええ~~♪」



 んなあああああああああ!?


 な、な、なんだこりゃあああああ!!


 こ、これは……まさか『演歌』か!


 しかも、吉幾象イクゾーかよ。

 なんちゅーチョイスだよ。

 まさか田村さんが演歌好きだとは……予想外すぎた。それにしても上手いな。


「おい、田村。そのヘタな歌を止めろ」


 桜島先生がキッパリ言って止めてきた。いや、下手ではないと思うけどな。


「ちょ、先生。酷いですよぉ!」

「馬鹿者、ここは保健室だぞ。静かにしなさい」


 さすがに怒られちまったな。

 けど、この圧倒的な歌唱力は隅に置けない。これを利用すればバズる可能性も……ねぇか。


 演歌だと、ちと弱いかもなぁ。

 いや、決して演歌を馬鹿にする気はない。むしろ、もっと魅力が広まればいいさえ思う。けれど、ターゲット層がな……お爺ちゃんがお婆ちゃんになっちまうぞ。


「参ったな。アニソンとか歌えないの?」

「Official髭女さんとかなら!」

「超有名アーティスト! 最初からそっちを歌ってくれよ!?」

「えー、だって恥ずかしいじゃん……」


 そんな理由だったのかいっ。

 その後、俺は田村さんに歌を歌ってもらった。

 うむ……悪くはない。

 のだが、演歌ほどの凄みを感じなかった。なんだろう、これでは伸びない気がした。


「無難にゲーム実況にした方がいいかな」

「うぅ、ごめんね」


 田村さんは、ホロリと涙する。

 人には向き不向きがあるからな。

 俺だってたまたま悩み相談が型にはまっただけだからな。俺も初期はゲーム投稿したり、雑談したり、トレカの開封をしたりしたものだ。全部爆死したけどな!


「よし、とりあえずゲームでいっか」

「うん、まずは試してみよう」

「おーけー決まりだな。プレイするゲームだとか決めておくよ」

「お願いね。ていうか、めっちゃ頼りになるね、猪狩くん」


 嬉しそうな上目遣い。俺はそんな彼女の視線にドキドキした。

 ……そうか、俺は田村さんと一緒にいるのが楽しいんだ。こんな気持ちになるなんて思わなかったな。


 こうなった以上、最後まで面倒を見る。そして、えっちな配信・・・・・・で田村さんをもっと人気者にするぞ……!

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