運動が得意か…勉強が得意か…

果燈風芽

第1話


キーンコーンカーンコーン…。校内にチャイムが鳴り響く。

「はあ…やっと終わった…」

やっと授業が終わったと安堵と共に机に伏せる、一番前の席に座っている彼女はこの学校の女子生徒である。この時間の英語の教科書を忘れ先生にこっぴどく叱られたのだった。教員は彼女の忘れ物のせいか、終始機嫌が悪かったので目の前の席で顔色を伺い気が気でない時間を過ごしていたので溜息が出たのだった。

『あの…』

言いづらそうにおずおずと声をかける男子生徒の声に顔を上げる。彼は後ろの席の男子生徒なのだが、普段会話をすることのない相手だったので何事か珍しいと思った。

『体育の授業だからはやく出て行ってくれないかな…』

ぼそりとした言葉で気付く。この学校、女子生徒たちには更衣室はあるのだが男子生徒たちには更衣室が用意されていないので教室で着替えるのだ。

「しつれいしました!!!!」

急いで出ていかなければならないと気付き、彼女は慌てて教室を飛び出したのだった。



男女別に分かれた体育の授業、今日の男子はサッカーだった。集団の最後尾を走る男子生徒。

『マジかよ……』

彼がどんなに走っても追いつけず足を引っ張っていた。運動神経が悪いのか、特に走るのが遅い彼はボールに触れることが全くできない。走るのを諦めたがパスが回ってきた。だがそれを受ける大事なところでボールを逃してチームメイトから非難を浴びた。

『がんばってるんだよ…』

そう返すもその言葉は言い訳だとばかりに周りから舌打ちされて去られた。彼なりの最善は尽くしているのだどうしようもない。その結果がこれなので体育の授業は苦手だと心底思いながら、授業が終わるまでしぶしぶボールを追いかけ続けた。



数学の授業。指名されたが答えが分からないと彼女は頭を抱えた。

「累乗なんてやってないよ…」

教員に昨日やった復習だと促されたがそれでも分からない無理だとなげやりにぼやく。

「ノート見てもわかんないし」

ふてくされた彼女には答えられないと悟った教員は別の生徒を指名した。その子はあっさりと解いたのでやはり彼女の理解が足りなかったらしい。余りにも心配だったのか、彼女は個別に次のテストまでに提出する課題を出された。

「ガチでやばいやつじゃん…」

手にしたプリントを見て溜息を吐く。出された課題に目を通したが全く分からない。教員は授業でやったところだからと言っていたが本当だろうか。誰かに聞いてでもとにかく提出しなければならない。一人で抱えこんでも仕方ないのだがどうしようと悩む彼女であった。



昼休み。環境美化委員として呼び出された彼はグラウンドに足を運んでいた。今日は校内美化の日で持ち場のゴミ拾いをするのだ。ここは担当の中でも一番遠い持ち場になる。ゴミも大してないのから一人で担当なのだが、一応誰もいないグラウンドの裏側を一回りしていた。

『すぐに終わらせて戻ろう…』

貴重な昼休み。こんなことで消化したくなかった。ゴミを拾うこともなく戻ろうとしたところ、フェンスの真下に黄色い目立つ色の何かが目に入ってしまった。

『ゴミじゃないよな…』

近づいて確認してみるとハンカチだった。風に吹かれてここまできたらしい。

『クラスのあの子のじゃないか』

幸いにも名前が記入してあって誰だかすぐわかった。直接渡せそうだ。戻ろうとしたところで人の気配がする。

「ハンカチ落としちゃったみたいで探していたの」

その声と共にハンカチの持ち主が駆け寄ってきた。大事なものだそうでお礼を言うと彼女はその黄色いハンカチを受け取った。

キーンコーンカーンコーン…。校内に予鈴のチャイムが鳴り響く。今から走っても間に合わないかもしれない。

「ヤバッ、次の授業始まっちゃう」

そう言った彼女は先に一人走っていった。はやすぎる…。



遅れてきた彼が教室に入ったのはチャイム後だったので遅刻だと言われた。午後の授業はホームルーム。近々行われる体育祭に向けてリレー選抜を決めていた。

先に走っていった彼女はすました顔で席に座っている。どうやらチャイムには間に合ったらしい。彼女はクラスの中でもトップを争う運動神経の良さで足も速いのだ。今回のリレー選抜に選ばれるだろう。だがどうやら今回は推薦ではなく、くじ引きで決めるらしい。男女に分けたくじをそれぞれ全員が引いた。確率で行ったら15分の1くらいだろうか。

『いや…嘘だろ……』

当たってしまった。どうして自分がと男子生徒は項垂れた。一方、あの女子生徒はというと足の速さがあるというのに外れてしまったのだ。どうしてこんな方法で決めたのか疑問なのだが結果は出たのである。体育祭が憂鬱になる男子生徒なのであった。



放課後。生徒もまばらになった教室で女子生徒はまだ帰っていなかった。

『居残り勉強するの…?』

今日はやたらと視界に入る彼女が気になる。沈んだ顔の彼女に声をかけてみた。

「居残りだよ」

むすっとした顔で彼女は答えた。手にはなにやらプリントを持っていた。

「課題だされちゃってさ、全然分からないから手伝ってよ」

ひらひらと揺らしたプリントは数学の問題だった。冗談めかしに言った彼女は困ったように苦笑いしている。

『残ってもいいけど……』

大した問題じゃないので少しやれば終わるだろう。頼まれてしまったから付き合おうと彼は決めた。

「ラッキー、ありがとう!」

そう言って彼女は笑顔になった。



自販機でジュースを買ってくることになり一階に彼女は走っていった。

「炭酸が売り切れだ…」

男子生徒のリクエストは炭酸飲料だったのだがどれも売り切れだったので彼女は困惑した。

「一応別のとこも見ていこ」

この学校にはもう一か所自販機があるのでそこを確認してみることにして向かう。時間がかかったが無事に見つかったので自分の分と2本のペットボトルを抱えて彼女は教室に走った。


女子生徒を待つ間、男子生徒はそわそわしていた。

『デートみたい…とか思うのは考えすぎかな…』

彼は異性と二人でなにかをすることに緊張が隠せないでいた。大丈夫、ただ勉強を教えるだけなのだ。深呼吸して気持ちを整える。

『手持ち無沙汰だな…』

落ち着いてくると彼女が戻ってくるのが遅いのに気付いた。彼のスマホは電池が無く、ただ待つのが暇になる。あまりにも遅いので教室を出て、階段の方へ様子を見に行くことにした。




1階の階段下。

「急がないと待たせちゃってる…」

彼女は得意の脚で階段を駆け上がっていく。放課後で人もまばらなので走っても大丈夫だろう。スカートをはためかせながら教室のある3階まであともう少しの踊り場まできた。

「…くん?」

階段の上に男子生徒がいるのが目に入った。迎えにきた辺りやはり待たせてしまったらしい。

「はやく勉強教えて!」

炭酸を持った手をぶんぶん振りながら階段を上る。危なっかしい彼女。

『少し落ち着いて…』

苦笑いしながら男子生徒は呟いた。駆け上がってきた彼女はまるで飛び込んでくるかの勢いで、距離がぐっと近付く。びっくりして身動いだ。

「とりあえずこれ」

はい、と手渡された炭酸飲料を受け取…り損ねた。手が滑ったペットボトルは階段を転がっていく。慌てて手を伸ばす彼女。いや、彼女が落ちてしまうだろうが。咄嗟に男子生徒も手を伸ばし彼女を庇おうとするが一緒に階段を転がっていった。



盛大な音と共に階段を落ちた二人。目の前がチカチカして大きな違和感を感じた。

「くらくらする…」

彼女が起き上がれないまま呟いた。

『特にケガはない??』

彼も意識を取り戻し二人とも大きな怪我がないことを確認する。違和感の正体が分からないままなのだが。

『逃げるペットボトルを追いかけちゃダメだったな…ははは』

苦笑いしながら転がったペットボトルを拾う。視界がいつもと違う。何が違う感覚なのか気付くのに時間はかからなかった。

『つまり…』

理解した彼は彼女の顔をまじまじと見る。起き上がった彼女がどうしたのと不思議そうな顔をする。

『よく見てみなよ…』

事態を把握した二人は互いを指差して同時に叫んだ。

「『入れ替わってるーーーーーー!!!!!!!?????』」



二人が入れ替わったらきっと上手くいく。










【はしるのがはやいからたいいくはとくい】

【あたまがすごくいいのでてすとにつよい】


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