Mの喜劇

 前に誰かが、こんなことを教えてくれた。

 ビジネスでの報告は、まず結論から話すこと。その結論に至るまでの理由や詳細な経緯は、後から簡潔に。


 僕はビジネスマンではないけれど、やはり将来社会に出て勤める以上、こうした先人の教えには素直に従うべきだろう。空き教室にわざわざ集ってくれた三人──すなわち須羽さん、三神さん、それに三神さんが呼び出してくれた田中先輩の顔を、順番に見つめる。

 本当ならばこの場に吉川君も招いた方が適切なのだろう。なにしろ推理を開陳する際は関係者全員を一所ひとところに集めるのが、探偵のお約束ってやつだ。だけど、僕はどうしても、これから語ろうとしている事件の真相を、彼の耳に入れる気にはなれなかった。


 一つ大きく深呼吸をする。それから思い切って切り出す。


「回りくどいことは抜きにして、率直に言いましょう。地下教室の蛍光灯に細工をして、ミドウサマの怪異に見せかけた犯人は──田中先輩、あなたですね」


 名指しをされた先輩は泰然としたものだったが、他の二人の反応は激しかった。須羽さんはたちまち眉を吊り上げたし、三神さんはまるで己が糾弾されたかのように、その顔色をさっと変えた。

 誰もが一斉にてんでんばらばらに喋りだしそうな気配を察し、僕は慌てて両手を上げて制した。「すみません、まずは僕に話させて下さい。疑問があったならば、その都度手を挙げてからにして下さい。誰かを犯人だと指摘した以上、僕も慎重に話を進めなきゃならないんだ。いいですか?」


 助け舟を出してくれたのは、犯人と指摘された当の先輩だった。手を三度打ち鳴らし、動揺を露わにする後輩たちを落ち着かせる。

「聞こえたでしょう。今は喋らないで、黙って話の続きを待ちましょう」


 ベテランの教員顔負けの、堂に入った言葉かけ。ひとつ会釈して、僕は感謝の意を示した。それからおもむろに、昨夜あらかじめ考えておいた段取り通りに話し始めた。


「事件当日、現場の地下教室には埃が積もっていました。足を踏み入れたり物を運び込んだりすれば、その跡がくっきりと見えるほどの埃です。そしてあの割れた蛍光灯の下には、何かを置いた四角い跡が残されていました。地下教室にある机や椅子の足とは、形が違う跡です」


 先輩の顔に、ばつの悪そうな色は浮かばない。相変わらず泰然と構えて、話の続きを待っている。


「天井の低い地下教室です。ある程度の身長があれば、蛍光灯には簡単に手が届いたのに、犯人は台を──おそらくは脚立でしょう──持ち込んでいます。偽装工作の可能性は否定できないけれど、犯人はあまり背の高くない人間だと思いました。次に」


 僕は手元に置いておいたバッグから、二枚のコピー用紙を取り出した。ミドウサマの“警告”に使われた方と、部長が印刷室から持ち出した方。


「皆さん見覚えがありますね? これはあの儀式の日に、床の上に置かれていたミドウサマからのメッセージです。よく見て下さい。裏面のここにインクのしみがあるでしょう? 僕もよくは知らないけれど、印刷機の内部に汚れがあると、こういうしみができることがあるそうです。そしてこっちの紙にも──」


 僕はみんなに見えるように、かつて紙飛行機にされてよれよれになった一枚をかざしてみせた。


「──やはり同じように、インクのしみがあります。これはある人物が、わざわざうちの学校の印刷室から持ってきてくれた、裏紙用の紙です。

 つまり犯人は、こっちの紙と同一のコピー機から排出された裏紙を、ミドウサマからのメッセージに利用した可能性があるんです」


「推測にすぎないわね。踏み台の件も、用紙の件も」


「ちょっ、ちょっと待って」


 先輩の反論を遮ったのは須羽さんだった。困惑の表情を浮かべていながら、それでもルール通りに挙手することは忘れない。「仮に、仮にだよ。そのメッセージに使われた用紙が印刷室から持ち出されたものだったとして──じゃあ誰が、どうやって持ち出したの? 生徒が印刷室に入っちゃいけないのは、香宮君もよく知ってるでしょ?」


 さすがは常に学年五十位以内の秀才。僕よりも早く、そのことに気づいてしまった。もっともだというように頷きながら、僕は続けた。


「そうなんです。普通なら、印刷室に侵入して盗みに入るなんてことはできないし、そんな罪を犯してまでたかが紙一枚を得るなんて、リスクとリターンの釣り合いが取れてない。ところが先輩には、それが可能だったんです。印刷室へ立ち入ることがリスクにならない理由があった。先輩にだけは、ね」


 先輩の眉が、かすかに動いた気がした。気のせいだろうか?


「先輩、失礼ですが、あなたはあまり注意深い方とは言えない。現に踏み台の跡を床に残ってしまっているし、用紙だってもっと慎重に選べば、今日のこの事態は避けられたはずです。あなたは現場に、いくつも犯人特定につながるヒントを残してしまっている。ですがそんなあなたも、あることに関しては極めて慎重に振る舞っていました。今回の事件で起こりうるある二次災害を回避するために、大変に神経を使っていた」


 その二次災害とは。

 喉の渇きを覚える。何か手元に飲み物を用意しておけばよかったと後悔しつつ、僕は先を続ける。


「違和感を覚えたきっかけは、三神さんが見せてくれた動画でした。まず、あの結界。六芒星と外接円を形成するためには、確かにある程度の数のキャンドルは必要だったでしょう。ですが、それにしたって、あれは多すぎた。どれくらいの数が必要になるのか予測を立てられなかったのだとしても、何も全部を律儀に並べる必要はなかったはずです。そうすればみんな放課後の貴重な時間を、地味で大変な作業に費やさなくて済んだのだから」


 あたかも自分の気づきのように開陳しているが、もちろんこれは全て部長の発見だ。その部長は、手柄をすべて僕に譲渡したきり、どこかへ雲隠れしてしまった。やることができるかもしれないと言っていたが、おおかた図書室あたりで午睡をむさぼっているのだろう。


「ではなぜ、僕たちはキャンドルのために骨折りをしなくてはならなかったのか? 言い換えれば、結界はなぜあれほどまでに大きくなくてはならなかったのか? ──先輩。あれは結界であると同時に、安全柵の役割も果たしていたんですね? 僕たちを蛍光灯の破片から守るための」

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