美食のテイクアウト

覇翔 ルギト

『焼肉弁当』


 手元から漂う香ばしいお肉の匂いに誘われ、涎がこぼれてしまいそうになるのを我慢しながら僕は急いで家に帰る。


 僕が今手に持っているのは『焼肉弁当』。それはコンビニやスーパーで売ってる六百円前後の物じゃない。

 なんと焼肉屋で作って貰った出来立てホヤホヤの焼肉弁当だ。お値段は……それを今考えるのは無粋だ。

 

 季節は冬の正月前。冷たい冷気でかじかんだ指先を弁当の温度で温めながら、僕はやっと自宅にたどり着く。


 ……ほんのちょっとだけ弁当が冷めてしまった。僕は弁当をレンジで20秒ほど温め、出来立ての温度を再現してから今度こそ椅子に座って手を合わせる。


「いただきます」


 温めている間に準備したお箸と飲み水の入ったコップを確認し、満を持して僕は弁当の蓋を開く。

 

 ふわっと僕の鼻腔をくすぐるお肉と焼肉屋さん特製のタレの匂い。手に持っていた時よりも濃い匂いに口の中は食事の為の準備万端だ。


 まずはお箸でお肉だけを掴み、ゆっくりと味合うように舌に乗せる。

 その瞬間、口に広がるお肉の脂とタレの甘み。これは醤油のダレかな?


 醤油ダレの塩味がお肉の脂身の甘みを引き立て、口の中にじわっと広がる肉汁は日本人の主食であるアレを僕に要求した。


 そう、『白ご飯』だ。


 お肉を味わいながら軽くタレのかかった白ご飯を口に含む。白ご飯はお肉の油っこさを調和し、お肉の旨味を僕の口の中で最大限に生かした。


 あぁ、日本人に生まれてよかったぁ……。

 

 口に含んだ分を飲み込んだ僕は、一度弁当に付いていたナムルを食べる。豆モヤシのナムルとほうれん草のナムルだ。


 お肉のような脂の多い物を食べる時はやっぱりナムルで一度口直しするのはアリ。バランスは大事だ。

 

 本当ならキャベツやサンチュのような物を食べたい気持ちもある。だげど今は焼肉を食べているのではなく焼肉弁当を食べているんだ。ちょっとぐらい我慢しよう。


 僕はナムルを全て食べ終え、もう一度お肉にお箸を伸ばす。


 先程と同じように先にお肉だけを口に頬張り、そして両方を味合うように白ご飯も口に放り込む。それだけで十分至福であった。


 ……だけど、何かが足りない。こんなにも美味しくて幸せなはずなのに、何かが足りないと僕の欲求が叫ぶ。


「……そうだ!アレが足りなかったんだ!」


 僕はとある物を思い出して素早く席を立ち、冷蔵庫を開けてソレを取り出す。

 食事中に席を立つのはお行儀が悪いかもしれないが、今は勘弁して欲しい。


 賞味期限は……うん、大丈夫だ。本当にこだわりが強い人なら自分で『おろす』のだろうけど、僕にはそこまでの労力を割くリソースは無い。


 僕が求めた物、それは『おろしにんにく』。冷蔵庫から取りだしたのニンニクのチューブだ。


 チューブから出したニンニクをお肉の上に直接乗せる。そうすれば鼻の奥を刺す強いニンニク臭。

 そう!これだコレ!この刺激が欲しかったんだ!!


 僕はチューブの蓋をしっかりと締め、遠慮なくお肉とご飯を頬張る。

 口の中に入った事で更に強くなったニンニク臭と、ニンニクと交わることで新たな味の顔を出すお肉。


 お肉特有の臭みがニンニクで掻き消される事により、引き立てられたお肉の味が更なる食欲を掻き立てる。

 白ご飯もニンニクの甘みとマッチし、それを醤油のタレがひとつの料理として完璧に補完していた。


 飲み込むのが惜しいと感じる程の旨味を感じながら、顎に感じる少しの疲れを癒す様に全て飲み込んだ。


 ……あらら、少し白ご飯が多めに残ってしまった。お肉に夢中になり過ぎたかな?

 

 そんな僕の事を見越してか、有能なこの弁当を考えた人はこの弁当にナムルに加えて『カクテキ』も付属していた。


 最後の一口の為に残した部分以外の白ご飯とカクテキを一気に頬張った。

 カクテキとは大根で作ったキムチ。一般的なキムチである白菜キムチと比べ、大根の甘みが強くあまり辛くないキムチだ。


 つまり、一緒に食べるのは少しご飯で十分。脂っこくなってしまった口の中をカクテキの辛味でスッキリさせ、コップの水を飲んで最後の一口の為に整える。


 ホッと一息着いた後、僕はお箸で最後の一口を放り込む。

 だいぶ冷えてしまっても美味しい最後のお肉もたっぷりと味わいながら、お米の一粒も残さないようにお弁当を綺麗にする。


「ご馳走様でした」


 お弁当の余韻にじっくりと浸かりながら、空っぽの弁当の蓋を閉じてお箸を置き手を合わせる。


 部屋の中に充満するニンニクと焼肉の香りも楽しみながら、今度は何を食べようかと僕は考え始めるのだった。

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