【短編 アラン視点 1-1】

夕暮れ時。

アランは北方、ノイアフェラ山脈にてワイバーン討伐の任務を達成し、無事セントリアの街に帰ってきた。アランの馬には戦闘の勝利を象徴するワイバーンの首が下げられている。


ワイバーンの肉は高値で取引されているが、セントリアの街にまで持ってくるのは少々大きすぎた。だからセントリアの街で比較的高値で取引されているものだけを選別し、残りはエレジア伯に渡したのだ。


アランはセントリアの街の門をくぐると、馬を停留所に置いて世話を任せた。ワイバーンの首を肩に下げ、彼はギルドへ向かうために一直線に道を進んでいく。


ギルドの門に到着したアランは、重い扉を開けて中に入った。熱気溢れる冒険者たちの賑わいが感じられる中、それらには目もくれず彼はギルドのカウンターに足を運ぶ。

カウンターは情報交換やクエストの受付など、冒険者たちが集まる重要な場所である為人だかりができているが――アランは乱暴に人を退けてカウンターの前に立つ。


「討伐依頼達成だ」


アランは冷淡かつ不愛想にそれだけ言い、ワイバーンの首をどんとカウンターに乗せた。

カウンターにいたスタッフは驚きを感じながらも、アランの顔を見て少々お待ちくださいと声を掛けた。アランは舌打ちし、壁にもたれ掛った。


「よおアラン! 今日も絶好調だなあ!」

「…………」

「一人旅は楽しいかあ?」

「…………」

「傲慢で態度がでけぇから誰も組んでくれねぇもんなあ!」


酒を飲んで完全に酔っぱらっている冒険者の一人がゲラゲラと笑いながらアランをからかった。

アランは舌打ちをした。

冷たく、冷静なまなざしで酔っぱらった冒険者を睨みつける。彼の眼差しは静かなる威厳を湛え、まるで風と岩の間に立つ凛然たる戦士のようだ。

周囲の空気が凍りつくほどの緊張が漂い、ゲラゲラと笑いながら立ち上がっていた酔っ払いの冒険者も、一瞬にして沈黙した。その笑い声は消え去り、代わりに息苦しさと痛みが彼の顔に浮かび上がった。


「がぁッ……!?」


いつ、どの瞬間に、どのようにしてそれが起こったのか、それは誰にも分からなかった。

しかし、男が手にしていたガラスのジョッキは割れ、彼の喉元に小石が突き刺さっていた。酔っぱらいは苦痛に悶え、息を切らしながら椅子から転げ落ちる。

仲間がよっぱりに駆け寄り介抱する。


「次は目を狙う」


アランはそれだけ言い残し、再び沈黙する。


「アランさん、ギルド長がお呼びです」

「なんだって?」


不快感を全面に出しながら、アランは厳しい表情で言う。ギルドの女性スタッフは彼の態度におののきながらも、上司からの指示をおそれおそれ伝える。


「ギ、ギルド長がアランさんとお話ししたいことがあるそうでして……。できるなら、お越しいただきたいとのことで……」

「ッチ……。分かった、話を聞く」

「ありがとうございます」


スタッフの案内に従って、アランは二階の一室に向かった。スタッフがドアノブをガチャっと回し、扉を開けると、中には身なりの整った中年の男性がいた。

男は忙しそうに書類や手紙に目を通し、万年筆を手際良く使いながら署名をしていた。机の上には山積みされた書類と堅苦しい文書が散乱しており、彼の周りには仕事の忙しさが滲み出ている。彼の眉間には深いしわが寄り、真剣な表情が顔に刻まれていた。


アランが部屋に入ると、男は一瞬だけ顔を上げ、彼を見つめた。男は長い黒毛交じりの白髪を後ろで束ねており、白く長い髭は編み込まれている。

その目は鋭く、知識と権威を備えた存在のようだ。


そして再び書類に目を落とし、ある程度の所で切り上げると、万年筆を置いて立ち上がった。

男の身長は二メートル以上あり、比較的高身長であるアランですら彼の顔を見上げた。


「仕事をしながらですまねーなアラン。まあ適当に腰掛けてくれや」

「いったい何の用なんだニコラス。お前の部屋なんぞに、呼びやがって」


アランはどっしりとソファーに座り苛立ちを露わにした。

ニコラス・スカイフォージの社長室はギルド内でも一際威厳と風格が漂う場所。重厚感のある木材で作られた大きなデスクは窓際に配置されており、その上には書類や文書が整然と置かれている。デスクの周りには本棚が並び、知識と情報が詰まった書物が所狭しと並んでいた。


部屋全体は天井の照明が明るく照らしていた。一部の向上や施設に限定されるが、電気という物が発明されてから夜の闇の中でも明るく作業ができるようになった。

カーテンは深い紺色で、落ち着きと重要な任務への集中を象徴している。部屋の壁には地図や冒険者たちの勇姿を描いた絵画が掛けられ、セントリアの冒険の歴史と栄光を讃えてた。


ニコラスの社長室は彼の個人的な趣味も反映されている。本棚の隅には古代の宝石や魔法のアーティファクトが展示されており、その輝きは室内に神秘的な雰囲気を与えていた。また、椅子には革張りの高級な座面が使われており、ゆったりとした座り心地を提供している。


現在アランが座っている革張りの黒いソファーも、足を乗せている一枚板で作られた美しいテーブルも全てがギルドの財力を表しているものだ。


「アラン・ストーングレイド、昔からの友人であるお前にしか頼めない事があるんじゃが聞いちゃくれねぇか?」

「内容を簡素に頼む」

「それよりもせっかく顔を合わせたんじゃけぇ、酒でも飲みながら話さねぇか?」


アランの表情は硬いまま一言だけ答える。


「……ノーブル・レガシーだ」

「かっかっか、こりゃまた高い酒を頼みやがるのお。どれどれ……少し待ってろ」


ニコラスは鍵付きの戸棚から上品な造形をしたボトルを一本取り出した。

グラスを用意し、魔法の製氷機から大粒の氷を取り出してグラスに入れる。

高貴さと贅沢さを感じさせるグラスからは深い琥珀色をしたとろみのある液体が注がれていった。

ニコラスは笑みを浮かべながらグラスに注がれた液体を光に翳した。


その琥珀色の液体は光に透かすと赤みを帯び、黄金の輝きがより一層増す。

ニコラスはその美しい琥珀色の液体を眺めながら深い満足感を抱いてた。高貴で贅沢な雰囲気が漂っていて、まるで宝石のような輝きがその液体には宿ってた。


ニコラスはもう一つのグラスをアランに差し出し、向かい側にあるソファーに腰掛けた。

アランはグラスを静かに回し、液体の醸し出す香りを存分に楽しむ。芳醇で華やかな香りが部屋中に広がり、上品なオークの香りとスパイスのニュアンスが感じられた。軽いスモーキーさが香りに深みを与え、その調和の取れた香りが一層魅力的に感じられた。


ニコラスはゆっくりとグラスを口に運び、舌の上でその液体の味わいを感じながら優雅に飲む。

滑らかで豊かな口当たりで、まろやかな甘さが口の中に広がる。

バニラとキャラメルの風味が混ざり合い、穏やかなスモーキーさが鼻から抜けていく。


鼻から抜けるスモーキーな香りは芳醇で華やかな香りである。上品なオークの香りが支配的で、スパイスやドライフルーツのニュアンスも感じられるのだ。全ての香りが完璧な配合で調和していて、深みを与えていた。

口に含むと高いアルコール度数を感じさせないような甘く豊かな味わいと香りが広がり、喉を通すと後味としてスパイスやドライフルーツのような風味を残す。


一口飲んだだけで苛立っていたアランの態度は一変し、上機嫌になった。


「ノーブル・レガシー……流石に美味いな」

「ああそうだ。このウィスキーはたまらなく美味い……美味すぎて入手が困難なんだ。毎年一本仕入れるだけでも骨が折れる」


アランはしばらくの沈黙の後で話す。


「…………で、話ってのはなんなんだ?」

「お前のことだから簡単に話そうじゃねーか。単刀直入に言うと、コッチのミスで高ランクの依頼を低ランクの冒険者に回してしまったんじゃ。今はそのパーティーがグロームスワンプに向かっている筈だからそいつらを見つけて依頼を中止してほしい」

「いつ出発したんだ?」

「二日ほど前じゃ」

「ならもう到着して探索をしている頃合いだ。今から俺が行っても間に合わんだろ」

「問題はその依頼を受けたヤツが貴族のボンボンで、最近プラチナランクになった有力候補なんじゃ」

「依頼内容は?」

「特別依頼で中型のデスクローラーの討伐じゃのお。とある貴族が邪眼を欲しがってるけん依頼価格は目の買い取りを含めて20万フェインじゃ」

「そりゃあまた……大金だな」


アランは酒を一口飲んで、グラスを置いた。


「で、何をどうすればいいんだ?」

「このプラチナランクの冒険者を連れてきてくれないか」

「死んでいたらどうする」

「そこが問題じゃけぇ困ってんだ。誤った依頼をギルドが発行して、その依頼を受けたヤツが死ぬ……これは俺らギルドの信用問題に関わる。この事が表にでりゃ厄介事になってしょうがねぇ」

「つまりお前らの尻拭いをしろってことか?」

「そういうこった。仕事内容自体はヨゴレじゃねぇから安心しろ」


アランは舌打ちをした。


「つまり名目上、俺がその依頼を受けた事にしたい訳だな。仮に死んでいたとしても、グロームスワンプでの任務は死亡率が高いから戦死扱いする事ができる訳って事か」

「その通りじゃけぇこうすりゃ表沙汰になっても言い訳ができる」


アランはグラスの酒を一気に飲み干した。

手のかかる依頼だ……本当に面倒くさい。完全にただの尻ぬぐいだ。

アランはグラスに残った液体を見つめながら回転させると、氷が軽快な音を立てる。


「……コイツのボトルを二本だ。異論は認めん」


アランは残りの液体を飲み干し、ほくそ笑みながら言った。


「おい本気じゃけ!? そりゃねーぜ頼むわ!」


ニコラスはアランの要求に驚愕し、目を開いて言った。


「一本が安くても8,000フェインじゃけ勘弁してくれ……いまは流通量も減って30,000もするんじゃぞ」

「貸し借り無し、これでお相子だ」

「……しゃーねぇーのぉ」

「仕事に取り掛かる」


アランは立ち上がりドアノブに手を掛ける。

後ろの方から酒焼けした声でニコラスが言った。


「上手くやってくれよ」


アランは踵を返し、部屋から出て行った。

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